2.力強い手
主な登場人物
リートン・ファグダス 中年太りの怪力親父。豪快で真っ直ぐな性格。曲がったことは大嫌い。彼の手にかかれば直せない船はないとか⋯⋯。
カイトたちの住むこの島--ラウエルスは、この辺りでは一番大きな島だ。そしてラウエルスを囲むように点在する十の島々を含めた島群こそ、ハルバッハ王国だ。
主要産業は造船で、街の至る所に造船所が散在する。特に港付近ではその数を増やす。
今カイトが向かっている教習所は港に隣接しているため、歩みを進めるにつれ工場の数が増えていく。
*
--道中、見慣れたボロ工場が目に入った。
「まだ時間に余裕があるし、ちょっと寄ってくか」
中に入るとこれまた見慣れた風景が飛び込んでくる。
ただ、いつもなら船が数隻並んでいるのだが今日は一隻も見当たらない。
「やめちまったのか?」
と不安そうに呟いた瞬間、背後から凄みのある聞き慣れた声がした。
「カイトか? おお、やっぱりそうだ! 元気にしてたか? 最近こねぇから飽きたのかと思って心配したじゃねぇか!」
両手を掴まれ上下に激しく振られる。痛い。
「ははっ、おっちゃんは相変わらずだね。最近は船の試験勉強で忙しくってさ」
リートン・ファグダス--見事な中年太りのここの大将だ。家の近くというのもあり、彼の工場には昔からよく遊びに来ていた。カイトが船の構造に詳しくなったのもここのお陰だろう。皆にはファグと呼ばれているが、カイトは昔から『おっちゃん』と呼び慕っていた。
「もうそんな歳だったか! で、取れたのか?」
「これからだよ。その前にちょっと寄ってこうと思ってね」
「ってぇことは次に来る時には客になってるってわけだ!」
ファグが豪快に笑う。
「そういえばおっちゃん、船が一隻も見当たらないけどなんかあったのか?」
カイトは工場へ入った時に感じた不安を口にした。
「あぁ、最近この辺りにも造船所が増えてきてなぁ、客足がばったり減っちまったんだ」
「そうか⋯⋯」
これで生計が成り立つのだろうか? 通い慣れた場所なだけに、この場所がなくなるのは嫌だと思った。
「なぁに、昔からウチを利用してくれてるやつらは今でも来てくれる。『あんたの腕はラウエルス一だ』なんて言って褒めてくれるんだぜ? なにも心配はいらんさ」
ファグのすました顔からはそれが本当の事なのか、心配をかけたくないだけなのかは分からない。しかし、少なくとも前半の言葉は嘘ではないだろう--とそこそこ長い付き合いであるカイト思った。
「俺は新しく出来た造船所に通わせてもらうとするよ」
少し意地悪を言ってやったが、ファグはそれを笑いながら聞き流した。
「そうだカイト、このあと一隻入る予定があるんだが見に来るか? どうもかなりの年代物でスクラップにしようかと思ってるんだが」
「スクラップされるとこでも見てろって言うのか?」
「そうじゃねぇよ、持ち主にはもう乗らねぇから好きにしてくれって言われてんだ」
それがカイトになんの関係があるのだろうか? と首をかしげると、
「どうせ船、決まってねぇんだろ? ボロでもいいってんならスクラップはやめておめぇにくれてやるって言ってんだ。ラウエルス一のワシの整備付きでな」
「--なっ!」
カイトは船の事など何も考えていなかった。試験勉強で頭がいっぱいだったのだ。
いや、たとえ考えていたとしても、船というのはそう簡単に買える金額ではないことは確かだった。
「おっちゃんありがとう! この恩は一生忘れない!」
カイトは瞳に涙を溜めながら、両手で恩人の手を掴みぎゅっと握った。
シワだらけだが、ゴツゴツとしていて力強い手だった。