1.雨の降る朝
主な登場人物
カイト 伝説の地を探し求める少年。船の知識に関してはそこらの大人より詳しいが、操縦技術は素人同然。
ココナ カイトの妹。料理が得意で、日々レパートリーの数を増やしている。実は兄のことが⋯⋯。
第一章 1.雨の降る朝
いつもより早く、カイトは目を覚ました。
両手を目一杯頭上に向け、大きな欠伸とともに伸びをする。
寝起きはいい、体の不具合も見当たらない。
「うし、頑張りますか」
気合の言葉を放ちベッドから起き上がると、窓の外から地面を打ちつける音が聞こえてきた。まさかとは思いつつカーテンを開け、二階から音の出どころを確認する。
予想通りの光景だった。上空から絶え間なく落ちてくる雫が、アスファルトの地面を跳ねている。
「雨⋯⋯かよ」
先ほど気合いを注入したばかりの心に早くも雲がかかる。
--ふと、街の上空に目をやると一羽の鳥が飛んでいた。しかし様子がおかしい。鳥にしては妙な飛び方をしている。
「なんだあれ?」
同じ高度を保ちながら横へゆっくりと移動している。正しく表現するならば"浮いている"と言った方がしっくりくるだろうか。
カイトはぼんやりとする目を軽くこすり、改めて"謎の鳥"を確認する。しかしそれはその場から忽然と姿を消しており、上から下へと通過していく雨粒と、少し薄くなってきた雲だけが瞳に映った。
「なんだったんだ、いったい⋯⋯。あ、やべ急がないと」
*
着替えを終え、ペンダントを首からかける。
中心になにかの模様が彫られた金色に輝くペンダント。見た目以上に重量感があり『高く売れるかも?』と考えたことがないわけではない。が、幼い頃に父親から『大切なものだから絶対になくしちゃだめだぞ』と言われ渡されたのだ。
カイトは父親のことがあまり好きではなかったが、あまりに神妙な面持ちで言われたことが気にかかり、寝る時以外は常に身に付ける癖がついてしまった。
なのにその父親はというと、ペンダントを渡してきた翌日から姿を消した。
母親が亡くなったのもその少し前のことだ、なにか関係があったのかもしれない、とカイトは思う。
毎月生活には困らない額の仕送りはしてくれているし、別に捨てられたわけではないのだろうが。
*
一階へ降りると、なんとも美味しそうな香りが漂ってきた。
「おはようお兄ちゃん! もう少しでできるからちょっと待っててね!」
長い髪を揺らしながらエプロン姿で朝食を作る妹の姿があった。
「悪いなココナ、本当なら今日は俺の当番なのに」
「いーのいーの、気にしないで! それより試験、落ちないでね?」
「試験かあ⋯⋯」
本来なら聞きたくない単語ではあるが今日は違う。
それもそのはず、今日の試験はカイトが小さい頃から憧れていた冒険者になる為に必要な試験なのだ。
といっても、ただの船免許の試験なのだが。
カイトが冒険者を目指すようになったきっかけは、父から聞いた話だった。
父と唯一親子らしい会話をできた話、それは伝説にまつわる話だった。絵本にも歴史の教科書にも載っていない伝説の世界、その世界の話を父はまるで本当に存在するかのように語ってくれた。
もしかするとただの作り話だったかもしれない。しかしまだ幼かったカイトはその話を信じ、そして今でも探し求めている。
だが、この島だけで調べられることには限界があった。手がかりなんてものは何一つ見つかめていない。なので冒険者になり、世界を渡り新たな情報を集めながら伝説の地を目指す事を夢見てきたのだ。
「なにボーッとしてるの?」
「ハッ!」
と我にかえる。
「ホットサンドとコーンスープ、あと野菜のサラダ。どれも自信作です、えっへん!」
「あいかわらず料理うまいよなあ。妹じゃなければ結婚してほしいくらいだ」
「ヘ、ヘンなこと言わないでよ!」
顔が真っ赤である。かわいい。
カイトは妹のことが好きだ。もちろん家族として--だと思う。たぶん。
顔立ちはまだ幼さが残っていて少し丸みを帯びた輪郭。かといって太っているわけではなく、むしろすぐに折れてしまいそうなほどに華奢な体。カイトと同じ紺色の、腰まで伸びたさらさらの髪。くりっとした大きな瞳は彼女の女としての最大の武器だろう。
端的に言ってとても魅力的な女の子なのだが、いかんせん恋愛などしたことがないカイトにはこの感情が『ライク』なのか『ラヴ』なのかは判断のしようがない。
そしてやはり、妹だという事実は揺るがない。
「半分くらい本気なんだがな?」
「し・ま・せ・ん! っていうか半分は冗談なんだ⋯⋯」
声が尻すぼみになっていき、後半はなんて言ったか聞き取れなかった。
妹の自信作を平らげ玄関を出ようとすると、
「お兄ちゃん、これ」
何かを渡された。
「御守り?」
「うん、事故とか怪我とかしませんようにって。あ、あとお祝いにケーキ作って待ってるから早く帰ってきてね!」
「受かる前提⁈」
「あれ、落ちる人ほとんどいないって聞くよ?」
腕を信頼してくれるのはありがたいが、万一にでも落ちてしまうと帰ってきづらくなってしまうではないか。そう考えると、急に教習所へ行きたくなくなってきた。
「大丈夫だよ! 御守りあるし!」
不安な気持ちを悟られた。いや、顔に出ていたのかもしれない。
それより、先ほどは事故や怪我のためと言っていたが⋯⋯たった一つで大した効力をお持ちのようだ。
だがしかし、グーサインを突き出し曇りのない笑顔を向けてくるココナを見ていると、そんな不安もいつの間にか消えてなくなっていく。
「ありがとう、行ってくるよ」
「行ってらっしゃい、気をつけて」
妹に見送られながら、カイトは玄関の扉を開く。
地面を打っていた雨はすっかり止んでいて、空には燦燦と輝く太陽が顔を出していた。