6.ペンダントの秘密
新たな登場人物
セイル・ナベリウス 自称?研究者。目的は不明。耳に残る気味の悪い笑い声が特徴。
6.ペンダントの秘密
「私を捕まえてどうするつもり!」
「威勢がいいですね〜」
クククと男は笑う。
年齢は三十歳前後、背は百七十センチくらいだろうか。無造作に伸びたパーマのかかった白髪の隙間から、細く、鋭く、冷たい視線が覗いている。色白の体はまるで肉のないような細さで、黒のスラックスに白のワイシャツ、そしてグレーのベストを身につけた上から、脹脛辺りまで長さのある白衣を羽織っている。
落ち着いた口調とは裏腹に、その男からは狂気が溢れている。
半日ほど前、その男は突如、ファグの工場へ現れた。銃を片手にさげ、笑顔を浮かべながら。
ファグはココナを守ろうとしたが、ココナは自ら男について行く事を決心した。この男は躊躇いなく人を殺せる。そう感じたココナは、ファグを危険な目には遭わせたくなかったのだ。そして男は話通り、ココナを連れて工場を離れた。
ココナは慎重に言葉を選ぶ。
「あなたは⋯⋯だれ?」
「名乗るほどの者ではないと言ったはずですが⋯⋯、まあいいでしょう。わたしはセイル・ナベリウス。しがない研究者ですよ。クックック」
気味の悪い男の笑い声が、船内に響く。
ここは巨大な武装船の中の一室。外に出るだけでも大変そうな巨船の中で、さらに手首を体の後ろで縛られた状態のココナは、とても逃げ出せる状態ではなかった。目の前の男から目を離さずに、じっとこの状況に耐える。
体は震えていて、涙だって堪えている。いつもココナを庇ってくれていた兄も、街を飛び出して行ってから帰ってなかった。ココナは恐怖で頭がおかしくなりそうだった。
「なにが⋯⋯目的なの」
ナベリウスがココナへ近づく。左手で顎を持ち上げ、舌なめずりをする。ココナはぎゅっと目を閉じる。鼓動が破裂しそうなほどに早くなる。
首元をスルリと、何かが抜ける感覚があった。
恐る恐るココナは目を開く。すると目の前のナベリウスは、手に持った何かを眺めている。
「そ、それはっ! 返して!」
ココナは思わず叫んだ。ナベリウスの手には、金色に輝く六角形のペンダントが握られていた。両親の記憶はないが、それは母親の形見だと兄が言っていた。肌身離さず、今まで大切にしてきた物だ。そんな大切なペンダントを、こんな得体の知れない人物に触られてたまるものか、とココナは必死に体をよじり、抵抗しようとする。
「おっと」
抵抗するココナから少し距離を取り、ナベリウスは指をパチンと鳴らした。すると、体格のよい男が二人、船室に入ってきてココナに銃を向ける。工場へ訪れた時にも連れていた、黒い肌の二人だ。
「暴れないで下さい。わたしもあなたのような歳の子を殺すのは趣味ではありません」
「かえ⋯⋯して」
ココナは俯き、涙を堪えながら力のない声を振り絞る。
「あなたはこれがなんだか、ご存知ですか?」
「それは⋯⋯大事なお母さんの、形見⋯⋯だから」
「クックック。そんなつまらないモノの為に、わたしがわざわざこんな事するわけがないでしょう」
ココナは歯をくいしばる。
「これはですね、ある飛空艇の鍵、なんですよ」
聞いたこともない話に、ココナはゆっくりと顔を上げる。
「⋯⋯かぎ?」
「ええ。あなたの父親が持ち逃げした、大事な鍵です。おかげで探すのにひと苦労しました」
ナベリウスはやれやれと肩をすくめる。
「そんなこと、聞いたことない」
「あなたが知る必要などありませんからね。これは価値の分かる人間が持ち、そして使うべきなのです。国を失ったあなた方には、もう必要ないんですよ」
「言ってる意味が⋯⋯分からない」
「分からなくて結構です」
そう言って、ナベリウスは船室のドアへと向かう。
「おっと、しかしまだ利用価値はありそうですね。もう一人、これを持っている人を、あなたは知っているでしょう?」
「お兄ちゃんに何をする気⁈」
兄であるカイトもまた、同じペンダントを持っている事を、ココナは知っていた。ナベリウスの口ぶりからして、そのペンダントも狙っている事は間違いないだろう。
「あなたが大人しくついて来るのなら、その人物には危害を加えませんよ。クックック」
あくまで冷静に、ナベリウスは脅してくる。
「⋯⋯わかった。約束よ」
ナベリウスの言葉は決して信用など出来なかったが、銃を向けられたままの今の状況で、これ以上刺激するのは危険と判断し、ココナは渋々了承する。
「賢い子は好きですよ」
男は護衛を連れて出て行った。耳に残る、気色の悪い笑い声を残して。
「お兄ちゃん⋯⋯」
堪えていた涙が溢れ出す。ココナはただただ、兄の無事を祈っていた。