守りたい人:守られる人
独りの世界。
僕にとって公園で寝そべっているだけの毎日が全てだった。
変わらない日常。平凡な日々。
寂しいとは思わなかったし、辛くもなかった。
東京から仕事の依頼も来たけれど、
やっぱりこの公園で子供たちがはしゃぐのを横目に眺めて
だらだらしていたかったから仕事は蹴った。
ベンチに身体を預けながら、今日もぐだぐだしていくものだと思っていた。
あの日を除いては。
僕は、断じてこの物語の主人公ではない。
主役は、彼ら。少年少女らだ。
あくまでも語り部として君たちにありのままを話すこととする。
用意はいいかな?では話そう。
日常に隠された、非凡な世界を。
太陽が痛い。ベンチに寝そべってる僕にとって、夏の日差しは耐えかねるものがある。
まだ、朝の6時だというのにその暖かさと眩しさで目が覚める。
どちらも、僕にとっては不必要なものなのだけれど。
しかたなしにベッドから起きる。僕が一番寝ているのだから別にベッドと呼んでも差し支えないだろう。
軽くストレッチをして、朝一番の行事に備える。まぁ、たいしたことではない。
ーーーーガキが一人、ナイフを持って背後から襲い掛かってくるーーーー
とまあ、その程度のことだ。毎日のことだ。別に特別な事ではない。
変わったことと言えば、最近フェイントを混ぜてきたぐらいか。
今日だと、ベンチの右側から小さな音がした。だからそちらを
振り向かずに反対側にいるであろう健太の右足回し蹴りを右手で止め、
続くナイフ投げによる攻撃を身を引いて、仰向けに倒れ込むようにかわし、
右手で地面をつき、左足回転蹴りをお見舞いする。
「ぐへぇ。」
「左利きなんだから、フェイントは右で良かったんじゃないか?回し蹴りから入らず、ナイフでぶっさす気を放てば相手は止めに来る。」
「そしたら、止められるじゃねえか。避けられるかもしれねぇしよー。」
不満そうな顔の健太。まだ、みぞおちに入った蹴りが痛いのか、さすっている。
少し小柄で、まだあどけなさが残った小学生のような。半袖半ズボンから覗いた彼の腕や足は、いつも木の枝や葉っぱによる切り傷が目に付く。
ここに来てない時は、森の中ででも遊んでいるのだろうか。
「ばーか。何のためにフェイントを教えたんだよ。来ると見せかけて別の動きをするのがフェイントだ。
ぶっさす気を放ちつつ、近距離投擲を狙うんだよ。左利きの癖に右蹴りから動くとワンテンポ遅れるからな。やるなら順番逆だ。」
「ほへぇー。あざっす。つか、今まで右手でナイフ俺使ってたんだけど。なんで左利きってバレてんだよ。今日初のお披露目だぜ?ガックシって感じなんだけど。」
「俺には両利きを目指して特訓しているようにしか見えなかったもんでな。隠してたなら悪かった。」
「ちぇー。また来るっす。」
投擲したナイフを木から引き抜き、公園の入り口へ向かう。入れ替わりに女の子が入ってこようとするが、健太の持つナイフにギョッとして小走りで駆けてきた。
「ななななな、なんなんですあの子はー。ニヤニヤしてるし、ナイフ振り回してるし、怖いですよもう。話しかける勇気はないですねー。」
麦わら帽子を深くかぶった少女は、プクッと頬を膨らませながら、入口の方を睨んでいた。多分、視線が合ってたら縮こまってしゃがみ込んでしまいそうな。
そんな気弱な中学生の雰囲気を醸し出している。蚊にさされないための長袖なのか、オシャレなのか、どっちにしろ、健太といい香奈といい、朝早くからいつもご苦労な事だ。
ちなみに、スカートの下の足には蚊に刺されの跡はないので安心する僕であった。
「それでそれでですねー。今日も浮浪者さんの為に朝ごはんを作ってきてあげたのですよ~。」
「これはこれは、いつもありがとう。おかげで生きていられるよ。」
「数日は食べなくても生きて行けるような体に見えるのですけどねー。早く職についてくださいねー。」
「この公園を管理してるのだから、ちゃんと仕事はしてるんだけどな。」
「またまたー。ささ、一緒に食べましょ。」
彼女が作ってきてくれるおにぎり。二人分いつも作っていて、僕はここで朝食を採ることになる。
俺は差し出されたおにぎりをちらりを見て、右側を選び、すぐ食す。
うん。おいしい。
彼女は僕の食べっぷりをいつも嬉しそうに眺めている。
「いやー。今日も素晴らしかったです。また私も腕によりをかけて朝ごはん作らなきゃ!って思ったですよー。」
すごく笑顔の香奈。この笑顔と料理の腕を他にもっと生かせないのかと一瞬思案してしまうぐらいだった。
少なくとも、毎日浮浪者に与えるものではないとは思う。もったいない。
「ではではー。」
「ああ。では。」
いつものように、顔のすぐ横で手をひらひらさせ、スキップで帰っていく彼女。
彼女が食事している姿も見てみたいとちょっと思ってしまう。
朝のラッシュは大体このようなもので。
午前中は、野球小僧たちがバッドという危ないものを振り回し、ボールという危ないものを投げては打つ。
楽しんでいるようだから、見てて微笑ましいが、途中わざと暴投と見せかけて(あからさまに違う方向なのに)ボールを速球で投げつけてくるあのピッチャーには笑顔も凍る。
いつも避けられているからか、投げつけた後は少し不満げだが、流石に当たってやるほど僕は親切ではなかった。
午後は比較的穏やかだ。猫が大好きな少年少女が遊びに来たり、熱心な剣道部の女の子が素振りをしに来たり。パソコンを片手に公園を通り抜けようとするメガネ君だったり。
ブランコに座りながら、夕方読書しに来る静かな少年だったり。
これが僕のいつもの日常なんだ。まぁ、少しは変わったところはあるかもしれないけれど、そこは目を瞑ってほしい。
だけど次の日。全てが変わったのがこの日だった。
「やあ、生きてるか」
疫病神とよばれる男がやってきた。内心、そろそろ来るだろうなとは感じていたわけだが。
「これはこれは疫病神さん。仕事してない俺ントコにもついに上からお咎めが来ちゃう感じですかねぇ。」
「みたいだな。長い付き合いだったからあんまり死んでほしくはなかったんだが、本部から10人ほど。今日中にはお前を殺しに来るらしい。」
「・・・・それはたいそうな人数で。」
「俺と一緒に仕事に戻るんなら、何も問題はないんだが、多分戻ってこないんだろ?」
「まぁね。この公園でごろごろしたいだけなんよ、俺は。ほっといてほしいね。」
「残念だ。」
「あの世で会おうぜ、疫病神。」
「たくさん道連れにしてけよ、死神。」
正直、自分が死ぬのは怖くはなかった。不安なのは、いつもこの公園に遊びに来る子供たちだ。
元殺し屋の俺だけが闘って死ぬのはいい。10人くらいなら相打ち覚悟で臨めば多分片付けることはできるだろう。
しかし、子どもたちが巻き込まれてしまったら。人質に取られてしまったら。死んでしまったら。
それを考えるならば、無抵抗で殺された方がましかもしれない。
あの子たちには未来がある。
薄汚れた俺とは違って。
ベンチの上に寝そべる。きっとこれが最後の昼寝となるだろう。
朝日が眩しい。いつも痛いと感じていたのはお天道様に顔向けできる人生でもないのに仰向けで寝ていたからだろう。
眠りに落ちる瞬間、祈る。
どうか、今日は子どもは誰もこの公園に来ませんように。
「イタッ。」
中学生に石を投げられて飛び起きた。。
「イテッ。」
二度目だ。
「いてーな。なにするんだよ。」
僕はその中学生に叫んだ。失礼にもほどがある。僕を一体誰だと思っているのか。えと。誰だっけ。
そんなことを思っていた僕だが、いや、実際に叫んでやったのだが、その中学生は全く気にせず石を投げ続けた。
何で僕、石を投げられるのだろう。僕が何をしたっていうんだろうか。
中学生は飽きたのか、10分ほど投げ続けたら、公園を出ていった。
いや、公園の外から投げつけていた。
なんて命中率だ、と思ったらいつもの野球帽のピッチャーだった。
暴投後は不満げだったのに、今日は一発当てることができたからか(寝込みを襲うというズルイ手でも)満足げな去り方だった。
僕の周りには石だけが溜まっていた。
全く、やれやれだぜ。ただでさえ身長が高過ぎていろいろなところにぶつかるというのに。
自分より低い、普段足元にあるような石にまでぶつかるとは。
ベンチから横になった身体を起こそうとしたその瞬間。
「意外とあっけないものだな。世界に三人の死神とよばれた『雨隠鍍』。殺し手10人を返り討ちにしたというのに、所詮は近所のでくの坊だったか。中坊相手にあのざまか。」
「・・・・。」
いつの間にか、ベンチの真横に立っていた疫病神に驚く。だが、思い出す。気配を消してターゲットに近づき気づかれぬまま周囲の人ごと殺す。それが疫病神の所以。
いやそれよりも。
10人を返り討ち・・・・?
「いや、ちょっと待ってくれ。僕は何も」
「冗談だ。上にはそう報告しておく、ということだ。こんなことになるとは俺も思ってもみなかったが。」
渋面で吐き捨てるように話す彼は、どうやら不機嫌のようだ。
「すまん。僕には何が起きたか分からないんだ。今までずっと睡眠状態を継続してたから。説明してくれよ。」
「ああ、情けない話だが、昨日、殺し屋10人がそろいもそろって任務放棄宣言だと。俺の仕事がお前の抹殺から、10人の後始末に変わったんだよ。面倒くさい話だ。」
昨日よりも疲れた顔をしている疫病神、よく見ると、額から血も流れている。気づかれぬまま任務を終える彼が傷を負っている。10人の殺し屋と戦闘したのだろうか。
にしても、10人全員が放棄とは、僕も死神としての悪運がついているのかもしれない。
1人でもこの公園に、来ていたら、僕はあっさり殺される覚悟だったのだから。
ん・・・・?昨日、、、だよな。
「任務放棄したのは昨日なのか?」
「ああ。昨日だ。まったく、疫病神が登場して、去って、次の日また現れても誰も死んでないなんて前代未聞だぜ。」
「・・・・。」
つまり、おれは昼寝ではなく、ほぼ一日中寝ていたのか。
珍しいことがあるものだ。本当に子どもたちは公園に誰も来なかったのだな。
僕が寝ているときは、ある程度僕に近づく気配を察知すると目が覚めるように体が習慣化している。
疫病神のように気配を完全に絶つ例外もいるわけだが。
公園に居憑いてからは、入口に誰かが足を踏み入れただけで僕は目が覚めるようになっていた。
一日中寝ていたということは、昨日は誰も訪れなかった、ということになる。
嬉しいような、寂しいような。
そこで僕ははっ、とした。
今まで寂しいという感情はないと思っていた。
独りの世界だと思っていた。それが普通だと思っていた。
殺し屋を営んでいた時も、この公園に住み始めた時も。そう思っていた。
ところが今はどうだ。寂しさを感じてしまっている。
一人が、独りでないことが当たり前と思ってしまっている。
「・・・・く、クククククッははははははっはは!」
「ど、どうした。殺し屋の本性でも思い出したか?」
「いや、逆だよ。もう僕は殺し屋には戻れないみたいだ。守りたいものができてね。奪われないように必死にはなれるけど、奪うことに必死には、もうなれない。」
「そうか。守りたいものか。だがな、守られているのは本当はむしろ」
「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。」
「っっっ!!・・・・チッ。」
入口の方から誰かの叫び声がした、と思った瞬間、疫病神の姿が消えていた。しかし、入口の方にも誰もいなかった。
「流石公園の守り神。んで流石俺。フェイントの仕方、アレ、完璧にマスターしたぜぃ。」
ナイフ少年が後ろに立っていた。確かにあの叫び声は彼のモノだと思っていたが。
フェイントということは、入口に気を向けさえるため、スピーカーか何かを公園の入口に仕掛けておいたのだろうか。
「さっきいた幸薄そうなおっさん。見事にフェイント嵌ってたな。クシシシシ。」
すごく嬉しそうな少年は、さっきまで疫病神が立っていた場所からナイフを引き抜いた。
そのナイフについた血を眺め、左手での投擲の成果を眺め、うんうん、としきりに頷いている。そして、僕の方を流し目で睨む。
「『野球帽の悪魔』から聞いたぞ。一日中寝てたんだって?せっかくみんなで示し合わせて、誰も昨日は公園に行かないようにしてたのに。
どういう反応するか楽しみにしてたのに寝てたのかよー。つまんねー。俺も石投げつけてやりたかったわ。」
なるほど。僕はほっと胸をなでおろした。良かった。誰も巻き込まれたわけではなかった。
「浮浪者さん~。朝ごはんですよー。」
香奈の声がする。
「一日中寝続けるとは面白いデータが取れたものです。またサプライズはしてみたいですね。」
メガネ君の声もする。
「どーでもいいからもう公園使っていいか?大会近いんだけど。」
「大将、どうせ暴投の振りでまたぶち当てたいだけっしょ。付き合わされる俺らの身にもなってよ。」
「さっさと野球しよーよ。」
野球のガキどもの声もする。
「読書の時間間違えたかな。お兄さん、朝はいつもこんなに人多いの?」
読書少年も来てくれている。
見ろ、こんなにも僕には幸せに囲まれている。
「何が独りの世界だよ。俺にもこんなに仲間がいるじゃねえかよ。雨隠鍍。」
終




