0-2 AD2,034
影虎と呼ばれた赤ん坊の行方。
西暦2,034年、冬の寒さが体を凍えさせる夜の出来事。
「……うー、さぶさぶ。ったく、大将もジーさん達も頑張るねぇ。古代遺跡調査の為の掘削機開発で政府に出向なんて」
とある町工場の技術者として働く青年が雇い主の事を愚痴りながら、缶コーヒー片手に家路につく。
菱倉鉄心、26歳。
頭にタオルを巻き、くたびれたジャンパーを着た冴えない青年だが、技術者としての実力は彼の雇い主も一目置いている。
現在午後八時、普段の鉄心ならば未だに残業している時間帯だが、今日は少々変わった事があった。
先週発見された古代遺跡。そこで政府主導による調査をすることになった。そして彼が大将と呼ぶ雇い主が機材開発を請け負ったためだ。
それにより工場のベテラン技術者達が遅くまで開発会議(とは名ばかりの大論争)を繰り広げていた為、鉄心は早々に退社を命じられ、現在に至る。
見所があるとはいえ鉄心は未だ新米の粋を出ない見習い。そんな大仕事を請けられる筈もない。
「ま、俺はちまちまモノ作れりゃいいんだけどさ」
缶コーヒーを啜りながらぽつりと呟く。
のんびりとした足取りで彼の住まいであるアパートを目指していると、通りがかった公園にふと気になった。
「……ん?」
何やら声が聞こえる。
子供の…否、赤ん坊と言っても差し支え無い位に幼い声だ。
「………こんな時間に子供?」
午後八時、とっくに子供は家に帰っている時間だ。
これは只事ではないと鉄心は公園に足を踏み入れる。
「だ…あだぁ…!」
「ど、どこだぁ?」
赤ん坊の声を頼りに鉄心は歩を進め、ドーム型の滑り台の前で立ち止まった。
声は小屋のようになった滑り台の根本から聞こえる。
「………なっ!?」
鉄心は恐る恐る滑り台の下を覗きこむと、驚愕に目を見張った。
「あだ、あぃぃ!」
中には黄金色の髪の赤ん坊が裸に布を包まれただけで横たわっていた。
鉄心の顔を見た赤ん坊はきゃっきゃと笑顔を見せる。
「こんな真冬に裸で放ったらかすってどんな虐待だよ!?」
「だっ!?」
思わず鉄心が叫ぶと、赤ん坊は笑顔から一転、顔をくしゃくしゃに歪ませる。
「あ、やっべ…!」
「ぅ、ぅぅ、びぇえええええん!!」
「お、おお~!よ~しよしよし!泣くな泣くな~!」
予想に違わずぐずり出した赤ん坊を鉄心は慌てて抱き上げてあやし始めた。
「ほーれほれ、たかいたかーい!ベロベロバー!」
「う?……きゃきゃ、あーい!」
滑り台から引っ張りだされ、目の前であやし始めた鉄心に赤ん坊は数秒呆けたかと思うと、すぐさま笑顔になった。
「……落ち着いたか。………って、この寒さで随分平気そうな顔してるな、坊主」
「あい?」
赤ん坊が泣き止んで一安心した鉄心は、目の前の赤ん坊の違和感を冷静に見定める。
現在の気温は摂氏五度を切っている。普通の赤ん坊どころか、大人でも下手すれば凍死するレベルだ。
にもかかわらずこの赤ん坊は寒さなど知らぬ顔で笑顔を向けている。
「……普通の赤ん坊じゃ、ねえのか?」
赤ん坊を見てそんな考えが過ると、赤ん坊を包んでいる布に目が行った。
『影虎』。
この二文字だけが刺繍されている。
「かげ…とら?もしかして、坊主の名前か?」
「あだ?」
赤ん坊は鉄心の言葉に不思議そうな顔を見せた。
影虎。
成程、確かにこの黄金色の髪は虎に見えなくもない。
「…………………」
数瞬、鉄心は考える。
恐らくこの影虎は捨て子だ。
目撃してしまった手前、見て見ぬふりは出来ない。
警察に預けるというのが無難だろうが、捨て子をわざわざ引き取りに来る両親など居ないだろう。
そして十中八九孤児院に預けられる。
親の愛情を知らずに育つ苦痛はよくわかる。
……鉄心自身も捨て子だった。
当時の鉄心はひどく荒んでいた。所謂不良だった。
バイト生活を経て高校を卒業したが就職先は見つからず、今働いている町工場に拾われていなければ、今頃鉄心は野垂れ死にだっただろう。
だったら。
「………なあ、影虎」
「だ?」
鉄心が静かに口を開くと、影虎は再び不思議そうな顔を見せる。
「お前、ウチに来るか?」
「………あい!」
影虎は元気よく声を上げた。
この時はこの赤ん坊……菱倉影虎が人類存亡の鍵を握る事になるなど、まだ誰も知る由もなかった。
そして時計の針は16年の未来へ進む。
最後の一文に関してはツッコまない方向でお願いします。
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