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それは、ヒトが言葉を得るはるか以前の話。
その時、ヒト以外の言葉を持つ『モノ』が居た。
遥か天上より顕れしそれは、今正に戦いを繰り広げていた。
ギャリン!という甲高い音と数瞬の後に、ズズン、と巨大な物体が落ちる重い音が響く。
『く…!ぅう…』
緑の平原のど真ん中に落ちた物体はその巨体に見合わぬ高い『声』を発しながら、黄色と黒の身を起こした。
その目の前に、それと同等の大きさの巨体が優雅に降り立つ。
『……ふっ、他愛も無い。どうした、真式にならぬのか?……いや、なれぬのか。貴様自身が封じたのであったな』
低く、気品さを感じさせる声で『言葉』を発しながら、青い巨体は相対する黄黒に手を伸ばした。
『ッ!黙りなさい!貴方こそ真式を出せば容易にわたしを討てるでしょう!?何故素式のままなのです!?』
その手を振り払いながら黄黒は立ち上がり、両の手を鋭い爪へと変えて青と対峙する。
青の巨体は黄黒の態度にやれやれと頭を振り、言葉を吐いた。
『今の腑抜けた貴様に真式を出す必要はないからよ。……それにしても、貴様の考えが理解できぬ。導きを与える『神将』でありながら、何故貴様は我らに背く?』
『彼らは自らの足で立ち上がる『芽』を持ちます!我らが介入すればその『芽』を摘むことと同義だからです!』
爪を振りかざして黄黒は青へと飛びかかる。
青は事も無げにそれを受け止め、黄黒を弾き飛ばした。
『がっ…!?』
『猿共の芽など、我らが導きにより得る益に比べれば微々たるもの。何故にそれを守る』
『自らの足で立ち上がらぬならば、物言わぬ人形と何が違いますか!?彼らは人形に非ず!人間です!』
黄黒の巨体はそう叫んで両爪を光らせ、再び青へと躍りかかる。
『………チッ』
『がぁっ!?』
ごぎゃ、と鈍い音。
青の巨体はその両腕をしっかりと受け止め、蹴りを見舞って黄黒を吹き飛ばした。
『もう貴様に掛ける言の葉は無い。神将の姫巫女虎飛よ、神将機が一つ、神虎を置いて消えるが良い』
『…………』
ギリギリと全身を軋ませながら黄黒の巨体は立ち上がる。
そして身を伏せて両の爪を大地に突き立てた。
『……無様だな虎飛。今更何を…』
『貴方達の好きにはさせません…この神虎も、人間たちも!』
『ガォォォォォォォッッ!!!』
虎飛と呼ばれた声に呼応するように、黄黒が吠える。
『……!?き、貴様、まさか!?』
その咆哮、そして青の巨体の驚愕と共に両爪に輝きが宿り、黄黒の足元の大地を真っ二つに引き裂いた。
青の巨体は上空へ飛び退き、黄黒は大地の底へと堕ちて行く。
『神将機と護神将、我ら神将の半分を失えば、幾ら貴方でもどうにも出来ないでしょう!』
『おのれ…おのれぇフゥゥゥゥフェェェェェイ!!!!!』
『ギャオォォォォォォォォッ!!!』
青は吠えた。
その内部に居る『白銀色の髪を持つ男』と共に。
「………ごめんなさい。貴方を巻き込んでしまいました」
黄黒が堕ちる最中、内部に居た『黄金色の髪を持つ女』は悲しげに呟く。
その言葉を向けられているのは、胸に抱く布の中。
「…あ、だ、あぶ」
女に抱かれた、女と同じ色の髪を持つ男の赤子。
首には髪と同じ色の石が埋め込まれた首飾りが掛けられ、その目は女に対して無邪気に向けられている。
「母を許してとは言いません。…言えません。……そして願わくば、貴方に幸せを」
女がそう呟くと、その額に光が宿る。
二つの菱型が十字に組み合わさり、その中央に『虎』の文字が打たれた紋様。
「時を超えて、良き出会いに巡りあってください。影虎」
「あだ…」
その言葉を受けた赤子は、次の瞬間女の手から忽然と消え去った。
「……貴方にも詫びねばなりませんね、神虎」
『グルル…』
赤子が消えた後、女が言葉を発すると、先程まで人型を象っていた黄黒は獣へと形を変えて『気にするな』と言いたげに唸る。
「ありがとうございます。……では、わたしはしばし眠りに付きます。目覚めがいつになるかは分かりませんが、永い時を要するでしょう。それまで、人々を頼みましたよ」
『ガォォォ!!』
黄黒の獣が吠えると、女は一つ頷き、赤子と同じく忽然と消え去った。
そして時計の針は五百万年以上もの永さを進む。
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