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002 夜明け前

 学校から帰り、母親に成績表を渡してすぐに自分の部屋に引きこもると、携帯を握りしめながら「それで?」について考えた。

 頭の中でぐるぐる回り、いつの間にか眠ってしまった。

 メールの着信音で目が覚めたのは午前3時で、外を見ると空が青白くなり始めていた。

 見てみると山田さんからのメールだった。

 件名は無題と言うところが山田さんらしい。

 自分が宿題を送る前に、山田さんから先にメールが来たことにちょっと戸惑いながらメールを開く。


 殺した


 妙に物騒な言葉が本文にあっただけ。

 あまりにも物騒だったので思わず口に出して読んでみた。

 「ころした……?」

 おそらくそれはそのままの意味で、山田さんはそんな冗談を言うタイプでもない。おそらくそれは、それ以外の意味をもっていない。

 僕は財布と携帯を手にして家を出た。

 幸い、母子家庭で母親は夜の仕事をしているので、こんな時間に外に出ようともうるさく言う人はいなかった。


  山田さんが住むアパートは、僕の家から500メートルほど離れている。

 自転車ならすぐの距離であり、なぜ僕が山田さんの住んでいる場所を知っているのかというと、日ごろの情報収集の賜だと言って良いだろう。

 断じて、ストーカーなどと言う者ではない。

 薄暗い避け前の町を全力疾走で駆け抜ける。

 夜が明けきる前の冷たい空気が気持ちよかったのだけど、メールの内容を思い出すと気が重くなった。

 山田さんのアパートの前につき、電話をしようか迷ったけども、結局はメールで部屋の前にいることを送った。

 アパートの二階のドアが開いて、山田さんが手招きしているのが見えたので、僕はその部屋に向かう。

 玄関の所で学校指定の小豆色のジャージを着た山田さんが待っていた。

 「あがって。狭くて汚いから、靴は脱がなくていいから」

 「おじゃまします」

 本当に狭くて汚くて、床はカップラーメンの容器とかビールの缶が散乱し他にも生ゴミとか衣類とかが堆積している。

 その中に下半身裸で中年の男が、頭から大量のどす黒い血を流しながら、白目を剥き仰向けに倒れているのを発見した。

 むき出しの股間から色々な藻ものが垂れ流されていて、部屋の中は異臭が充満している。

 「もしかしてだけれども、犯人は、こ、この中にいるっ!?」

 「わたしがやったの。それは一応、お父さんだから」

 「そうだ、救急車を呼ぼう」

 僕が換気のために窓を開けながらそう言うと、山田さんは首を横に振り、どっちかと言うと警察ね、と小さく笑って言った。

 「なんでこんな事に……」

 「そこの金属バットで5、6回ぶん殴ったから」

 「いやいいや、僕は何で何回殴ったのかと言うことではなくて、なぜ殴ったのかと言う事なんだけど」

 山田さんは床に積もり上がったゴミの中からノートパソコンを掘り出すと、電源を入れいくつか操作して僕に見せてくれた。

 「お母さんも、お父さんに愛想を尽かして逃げちゃったし、今はこれがウチの収入源」

 見ると動画ファィルが立ち上がっていて、今より少し幼く見える山田さんが映っていた。

 頭を撮影者に片手で押さえられた幼い山田さんは、お父さん止めてと言いながら涙目だ。

 そこに映りこんだのは、ここにそんなことを書いたなら、削除されてしまうものだった。

 R15指定なんかじゃ追いつかない、R18指定だって今の御時世ならば、運営側も遠慮して頂きたい内容だろう。

 ギリギリの表現で少しだけ書くならば、映像の中で、喉の奥まで一気に突っ込まれた幼い山田さんは、むせてしまってアレをくわえたままで嘔吐していた。

 「アウトー!!」

 僕はそう言いながらノートパソコンを閉じた。

 「それはシリーズ第2作目で、今はパート16を制作中だったんだけど、もうイヤだって言ったのにお父さんが承知してくれないんで、ぶっ叩いたの」

 これは仕方ないなと僕は思った。

 世の中には死んだ方がいい人は必ずいると思う。

 死んで仕方のない人間に、人生を狂わされ続けるくらいなら、そう言う選択肢もあるだろう。

 その時、視界の端で何かが動いた。

 見ると、死んでいるはずの山田さんのお父さんだった。

 気を失っていただけだったのか、こういう人間に限って妙にしぶとかったりする。

 そんな事を思っている隙に、山田さんは横に置いてあった金属バットを手に取ると、豪快なフルスイングでお父さんの頭をはじき飛ばした。

 乾いた良い音が何度も聞こえる。

 外を見ると、すっかり太陽が昇り、夏の陽射しが今日も暑くさせることを告げていた。

 「ちょっと!山田さん!?朝からドタドタ近所迷惑なんですけど!!」

 隣近所の中年の女性の声が、玄関のドアをノックする音と共に聞こえてきた。

 「やばい、財布とか携帯とか必要なものだけ持って逃げよう」

 僕がそう言うと山田さんはもう用意してあると言って、学校指定の手提げカバンを手に取ると、玄関とは正反対の窓を開け、

 「ここから隣の家の屋根を伝って下に降りられるから」

 と言うと、ネコのようなしなやかさで飛び出して行った。

 僕も後に続き、地上に降りた。

 僕だけが自転車を取りにアパートの正面に忍び足で行くと、山田さんの部屋のドアの前で、中年のおばさんが怒鳴っているのが見えた。

 「家賃も滞納してるし、今日という今日こそは、顔を出してもらって話をさせてもらいますよ」

そう言うと、おばさんはノブに手をかけ空いていることに気づいたらしい。

 その後のことを見届けずに、僕は自転車を走らせると、少し先で待っていた山田さんを後ろに乗せ、通勤で人が増え始めた町の中を走り始めた。

 「なんか楽しいわね」

 僕の腰に両手を回してしがみつきながら、山田さんは吐き捨てるようにそう言ったのだった。

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