第一章『学校占拠事件』七話
如月結維が連れていかれ、一時間程経つが、囚われた人達が解放される動きはなかった。
約束が違う、とヒソヒソと話が生徒達の間で交わされるが、裁也はさもありなんと思った。
元より連中は自分らを解放するつもりはないのだろう。
目の前に餌をぶらつかせておけば、無用な時間を割かれる事もないと判断した向こうの作戦だ。
おそらく、『トライブ』と名乗った集団が目的を達すれば、裁也は――否、竜ヶ峰の皆は口封じの為に殺される。
バックには誰がついているのか知らないが、よほどの大物だろう。
学校全体を巻き込んだテロ行為を起こしたのだ。
相当な規模の犯罪者集団であり、重度の狂信者達だと窺える。
テロリスト達は、自らの犯した行為の重要さに気づいていない。
裏で糸を引いている者がいる。それも絶大なカリスマを持つ支配者が先導――いや、彼らを扇動している者が。
そいつが『トライブ』を操る真の敵だ。先程、自分を殴った奴を捕まえても意味が無い。
最早、重度の〝洗脳〟者たちだ。麻薬漬けのジャンキー達と何ら変わらない。
〝そいつ〟の言葉なら、どんな行為も厭わないだろう。例え、自殺しろと命令されても、彼らは喜んで自害する。
そう。かつての犯罪者が出した〝あの時〟の命令のように――――
裁也は脳裏によぎった過去を振り払い、まだめそめそと泣いている結月詩音に声をかけた。
瞬間、痛烈なビンタをもらった。
パアンといい音が響き、皆が何事かと二人を注目する。
「このっ……、裏切り者ッ!! 貴方のせいで、結維が……、結維が連れて行かれちゃったじゃない!!」
「………………」
「何とか言ったらどうなのよ!! 貴方が結維を連中に引き渡したのよ!! 何か、言うことがあるんじゃないの!?」
「……遅かれ早かれ、彼女は奴らに連れて行かれてたよ。もっと、多くの人が犠牲になった後にね――ッ」
もう一度、詩音の平手打ちが入る。
「そんな事を聞いてるんじゃない! 私に――彼女に謝れって言ってんのよ!!」
「――済まない」
再度、ビンタを裁也はもらう。
一撃、二撃、三撃、四撃、と。
回数を重ねるごとに、詩音の力が弱くなる。最後には、彼女はくずおれてしまった。
「アンタが、アンタが……、結維を殺すんだ……! アンタがあぁっ…………」
わんわんと、詩音は枯れ果てたと思った瞳から涙を流す。
裁也は詩音を抱きしめ、済まない、と言い続けた。
それと同時に、嬉しくも感じていた。
如月結維には、彼女を想ってちゃんと涙を流してくれる友人がいる事を、裁也は素直に喜んだ。
かつて交わした〝あの人〟との約束が蘇る。
〝あの人〟との約束を護る為に、裁也はこの学校に転校してきたのだから――
やがてひとしきり泣いた詩音が、
「ごめんなさい」
と言った。
「貴方は、この場にいる皆にとって一番正しい事をした」
「君にとっては、そうではなかっただろうけどね」
「私は、結維の友達だからしょうがない。正直、貴方には腸煮えくり返ってるわ」
「でも、僕がやらなくても他の誰かがやっていた。そうだろう?」
ええ、と結月詩音は忌々しげに頷いた。
裁也は詩音の態度に心中で微笑んだ。
想像してたより、冷静で落ち着いている。そして、如月結維を誰よりも大切に想っているようだ。
「石杖裁也だ」
いきなり名前を名乗った裁也に、詩音はポカンと間の抜けた顔をした。
「正面からの自己紹介がまだだったね。石杖裁也だ。よろしく」
「……結月、詩音よ。モノを結ぶに、空に浮かぶ月。詩は詩で、音は音楽の音よ」
「結ぶ、か。如月さんの名前にも一文字、同じ言葉が入ってるね」
「ええ、そうね。結維とは、名前がきっかけで仲良くなったんだから……」
結維の事を思い出し、詩音の表情が曇る。
裁也は彼女の肩に手を置き、まっすぐと詩音の瞳を見据えた。
「な、何よ? 何か言いたい事でもあるの?」
「結月詩音。君みたいな人がいてくれて本当によかった。如月結維にとっても、僕にとってもね」
「だから、一体、何を言ってるの!」
詩音の怒りに、裁也は一拍間を置く。
そして詩音が驚愕する言葉を放った。
「如月結維。彼女をこれから奪還する」