アフターストーリー
「貴方、ここで過ごすのが違和感なくなってきてるわね」
「……うるさいな」
月夜に言われ、裁也はそっぽを向く。
皇月夜が経営する病院のベッドで裁也は目を覚ました。
簡単な検査を受けた後、事の経緯について月夜が教えてくれた。
裁也が気絶した後、瀕死状態の裁也に代わって結維が月夜に連絡を取った。
セントパレスチナタワーの救助活動を指揮していたのは月夜だ。
後は彼女が人員を動員し、裁也、結維、……そして、結維の肉体を回収した。
「……とまあ簡潔に話すとこんな感じね」
「簡潔過ぎだろ。……結維や花蓮、零はどうなった?」
「彼女はいま集中治療室にいるわよ。人格の入れ替え中だからしばらく面会謝絶よ。残念だったわね」
「……ふん。まあ無事ならいい」
「そして皇零の事だけど、アイツの人格は完全に消失してる。花蓮の人格は残ってるけど、皇零の人格だけすっぽりと抜け落ちてるわ」
つまりアイツはこの世に存在しない。
月夜はそう言った。
「……花蓮の人格がある、って事は、彼女はまた自分の肉体に戻るのか? もうじき死んでしまう肉体に……」
「ああ、その件ね。それはもう解決済みよ」
「はっ?」
裁也は不覚にも間の抜けた声を出してしまう。
それを見て面白かったのか、月夜は得意げな顔で説明を始めた。
「花蓮の肉体の件はね、私の力で修復可能となったわ。万能細胞と呼ばれるものでね。前は研究段階でマウス実験しか出来なかったけど、あっちでは成功した。そして今回、人間の身体でそれを実証出来た。私は十二分に満足よ」
「………………」
裁也は頭痛を覚えた。
つまり月夜は研究段階だった治療を、花蓮で試したわけだ。
そしてその結果、成功した……
「……失敗したら、どうするつもりだったんだよ……」
「そうなったらそうなったよ。元々、死ぬ運命だったわけだしね。それを結果的に私が救ったわけだから、感謝はされても非難されるいわれはないわ」
「まあ……そうなんだろうが」
納得しないものがあったが、裁也は無理矢理自分を納得させる。
だがそこで月夜が微妙に表情を曇らせている事に気づいた。
「……? どうした?」
「うん……ただね。精神の保証は出来ない。結維の方は問題ないだろうけど、花蓮の方は危ないかもしれないわね」
「……どういう意味だ?」
「長期の間、零と花蓮の人格は同居していた。その結果、記憶の混濁、分裂が進んでた。元の肉体に戻っても、記憶の欠落や障害は残る確率があるわ」
「……そうか」
「『そうか』って、意外とあっさりしてるのね」
「何がだよ」
「私が言いたいのはね、『石杖裁也』の記憶が花蓮から抜け落ちてる……つまり、貴方の事、過ごした日々が忘れ去られてるかもしれないのよ? 貴方、それでもいいわけ?」
――ああ……そういう事か。
「……いいも何も、それで構わないさ。俺の記憶は無くて問題ない。彼女が……花蓮が生きている。それだけで、俺は十分だ」
「ふーん、あっそ。ならいいわ。〝初恋〟はそれでお終いって事ね」
「………………」
恥ずかしい言葉を口にする奴だ。
裁也はポリポリと頬を掻き、気恥ずかしさを誤魔化した。
「さて、と……」
「――ちょ、ちょっと! アンタ、何してるの!?」
ベッドから降りようとすると、月夜が怒鳴った。
「何だよ? まだ野暮用が残ってんだよ、俺は」
「――ッ! アンタッ……!! バカじゃないのっ!! アンタは、まだ視力が回復してないでしょうがっ!!」
そう。
裁也の視界は闇に閉ざされている。
包帯でぐるぐる巻きにされているようで、一切の光を感じない。
「そうか? 耳と直感で何とか歩けると思うんだが……」
「こんの……大バカがッ!! アンタ、自分がどんだけの重傷患者だと思ってんの!! 無理すれば一生目が見えなくなるのよっ!! 解ってんのっ!?」
「……だけどなぁ、会いにいかにと行けないんだよ、俺は」
「アアん? 結維の事言ってんの? あの子ならまだ治療中よ!!」
「違う。結維じゃない」
「じゃあ、誰よッ!!」
「西尾一」
「――ッ!?」
一の名前を出した瞬間、月夜が息を呑む気配が伝わってきた。
「じゃあ尚更よ!! アンタを今の状態でアイツに会わせる訳にはいかない!! 自分がどれだけ危険な事をしようとしてるか、自覚してるでしょ!?」
「してる。だから、決着をつけないといけない。今回の首謀者――裏で糸を引いてた悪魔。アイツとの因縁を、俺は片付けないといけない」
「――それでも、私はアンタとアイツを会わせる訳にはいかない! 主治医としてね!」
パチン、と指を鳴らすと、ドタドタドタと複数の人間が入ってきた。
病室から出ようとする裁也をベッドに押さえつけ、彼をロープでベッドに縛り付ける。
「……おいおい。何するんだよ」
「何するも何も、アンタはここで視力が回復するまで拘束するのよ。――お願いだから、手荒な事、させないで」
フーッ、と裁也は嘆息する。
無理に暴れてもいいが、それはそれで月夜の好意を無下にする羽目になりそうだ。
「……解ったよ。このままお前の指示に従う」
「解ればいいのよ。じゃあ、今日はこれでお終い。明日の朝になったら、また治療するから大人しくしてるのよ」
コクン、と頷いて月夜達は出て行く。
このまま夜になって、警備が緩んだら病院を出よう。
裁也はそう思って、身体を休める事に務めた。
深夜。
病院内の気配が無くなったのを感じ、裁也は起きあがる。
「?」
裁也を拘束していたロープが解けていた。
てっきり、自分を逃亡させないように、鎖でも巻き付かれていると思ったのだが……。
「ふむ……」
拍子抜けだ。
まあいい。
元より、月夜達と事を構えるつもりはさらさら無い。
裁也がベッドから出て、病室を出ようとすると、
「裁也の兄貴」
と、声をかけられた。
気配と声が聞こえた方を裁也は振り向く。
「帝人か……」
「へへっ……こんばんはッス」
人懐っこい声が聞こえる。
この様子だと、どうやら裁也を止めにきたわけではなさそうだ。
「どうした? 何か用か?」
「つれないッスね~。久し振りに顔をあわせたのに」
「俺は、お前にあわせる顔がない。零は、結局の所、俺が殺しちまったからな……」
「……兄貴……」
「だから俺の事を、兄貴とは呼ぶな。お前はお前でちゃんと生きろ。お前はもう――一人前の男だ」
「……裁兄」
裁也が帝人の横を通り過ぎようとすると、何かを差し出された。
「これは……一から貰った柄か」
「はい。月夜にはバレバレみたいでしたよ。『アイツは絶対病院から抜け出すから、せめて武器でも持たせないと』って言ってましたから」
「……やれやれ」
嘆息し、柄を受け取る。
「こんな物、いま持ってても使えないから意味ないんだけどな」
「お守り代わりにはなるッスよ」
「そうかもな」
フッと笑い、柄を脇に抱えた。
「そういえば、結維は?」
「結維姐は無事ですよ。人格の入れ替えも、滞り無く終わりました。今はまあ、人格の安定も兼ねて休養してますよ」
「そうか……」
それが解れば思い残す事はない。
裁也は病室を出ようと歩くが、帝人に声を掛けられた。
「兄貴……もしかして死ぬつもりッスか?」
「……さあな」
「嫌ッスよ、オレ……。まだ、裁也の兄貴と一緒にいたいッス……」
「バーカ。俺が、簡単に死ぬわけ無いだろ? 一も、俺を殺したりはしないだろ」
「なら約束して下さいよっ! 戻ってくるって! オレたちの――結維の姐さんの元に戻ってくるって、ちゃんと約束して下さいよっ!!」
「………………」
裁也は無言で病室を出て、扉を閉めた。
病室から「兄貴――ッ!!」と大声が聞こえたが、裁也はそのまま歩き去っていく。
――帝人、すまないな。約束は出来ない。
包帯で覆われている両眼に裁也は触れる。
眼球が酷く熱い。
まるで意志を持って胎動するように。
誰かの呼びかけに呼応するように。
両眼が目まぐるしく暴れている。
――呼ばれている。
そう確信し、一がいるだろう探偵事務所に足を進める。
待ってろよ、一。
借りてたモノを、いま返しに行くからな。
裁也の両眼が金色に光る。
柄を握り締め、石杖裁也は冬の夜の街へと消えていった――




