最終章『Zero・dark・hour』第二十一話
舞い散る鮮血。
熱く、奔る痛み。
視界の半分が闇に染まり、
もう半分が現実を映し出す。
「……ぐああああっっ!!」
絶叫が轟き、うめき声に変わる。
裁也は地面に蹲り、隣にいる結維を見た。
「………………」
結維の手にはナイフが握られ、刃先からはたったいま裁也を切ったと思われる血が、ポタポタと垂れていた。
彼女の瞳は虚ろで、表情の一切が喪失している。
とても正気とは思えなかった。
「――ッ!」
彼女が再び裁也にナイフを振り下ろしてきた。
裁也は出血する左目を抑え、花蓮の背後に回り、彼女を羽交い締めにする。
「……どうなってるんだ結維ッ!! 何で俺を殺そうとする!!」
「………………」
彼女は無言でジタバタとする。
その力は弱々しく、簡単に彼女を制御出来る。
――だがいつまでもこのままの訳にはいかない。
彼女を放せば、また自分を攻撃してくるだろう。
かといって、このままだとゼロに攻撃される。
ゼロを一瞥すると、奴は特段何をする訳でもなく、ただこの光景を見物してるだけのようだった。
「ふははっ! どうだ、裁也! 愛する者に裏切られる気分は!?」
「……テメエ……!! 何を仕込みやがった!?」
「仕込むぅ? 一体、何のことやら?」
「とぼけるな!! どう見ても、正常じゃねえだろうがっ!!」
裁也の激高に、ゼロは再び指をパチンと鳴らす。
すると、ダラン、と全身の力が抜けたように結維が弛緩し、気絶した。
「それが〝スイッチ〟だよ、裁也。彼女には簡単な暗示をかけておいた。私の合図で彼女は操り人形に成り果てる。……もう、効果はなさないがね」
一度きりだ、とゼロは言った。
「……相変わらず、人を駒のように扱いやがって!! お前は、人間を何だと思ってるんだ!!」
「おいおい。おいおいおい裁也。それは誤解だよ。別に私は、そのガラクタを利用しようとは思わなかった。利用価値がない人間など、ただのゴミだからな」
「テメエッ……!!」
ギリッと奥歯を噛み締める。
怒りで、頭が沸騰しそうだ。
――否、既に限界を超えていた。
「まあそう怒るな、裁也。彼女を利用しよう考えたのはこの私――如月花蓮よ」
「――花蓮ッ!?」
驚愕し、握っている分子刀を取りこぼしそうになる。
――おいおい、いつから人格を自由に切り替えられるようになったんだ?
気絶している結維を地面に横たえ、ゼロに向き直った。
「よく、ここまで来たわね裁也。いや、絶対来るのだからこの言葉は変よね。……待ちわびたわよ、裁也」
「……メッセージ通り、お前を止めに来た。……いま、お前を殺してやる」
「メッセージ? 何の事かしら?」
訝しげに彼女は言う。
裁也はその言葉のニュアンスに、内心驚く。
表情は見えないが、花蓮は本当に知らなそうにしているようだった。
「まあいいわ。ここで貴方を殺してお終い。それでこのお祭りは終わる」
「……舐められたもんだ。俺が何もしないで殺されると思うのか?」
「手負いの獣なんて、簡単に殺せるわ。特に、今の貴方はねぇッ!!」
ゼロが疾走する。
裁也は右目の視界だけで、彼女を捉え攻撃に備えた。
ゼロは真っ直ぐに駆けてきて、左右に移動したりする様子がない。
裁也はこのまま分子刀で無力化しようと、剣を構えた。
「――ッチ! そういう事か!!」
「そういう、事よッ!!」
分子刀を――ただの柄と成り果てた剣で彼女の飛び蹴りを防ぐ。
直後、視界の左側から衝撃。
頭部を蹴られ、裁也は地面に転がる。
「貴方の力は厄介なのよ。だから封じさせてもらった」
くふふ、と笑いが仮面の奥から漏れる。
裁也の右目だけが銀色に輝いている。
左目は閉じたままで、無理に開けようとしても、血が邪魔をして視界を捉えられない。
一から授かった力は、その機能を停止している。
眼の力と柄はリンクしている。
どちらかを失えば、その機能は効果を失う。
結維はたまたま裁也の眼を狙った訳ではなかった。
プログラムされた機械のように、裁也の眼だけを狙って、ナイフで切りつけてきたのだ。
「一の言った通りのようね。片方だけじゃ、力を発揮出来ない」
情報のソースはあいつか!
雇用主の下卑た笑顔がよぎり、裁也は腸が煮えくり返る。
『手出しはしないと言ったけど、口は出さないなんて言ってないよ~』
そんな言葉が脳裏で反響する。
舌打ちし、裁也は立ち上がった。
「――ッ!! どこに行った!?」
ゼロの姿が消えている。
周囲を見回すがいない。
背後から足音が聞こえ、裁也は咄嗟に真横に転がる。
「直感は大したものね」
裁也がいた場所に、ナイフが穿たれている。
あと一歩反応が遅れれば、串刺しとなっていただろう。
「だけど、私が圧倒的に有利」
負傷した裁也の左側に移動するゼロ。
裁也は右目だけで追うが、彼女の動きが速く追い切れない。
(左から攻撃してくるなら、そちらに備えればいいんだろう!)
裁也は左側に注意をさき、構えを取る。
だが予想に反し、ゼロの攻撃は右方から来た。
「……ぐぁっ!」
右腕を切り裂かれ柄を落とす。
ゼロは柄を蹴り、裁也から遠ざけた。
「唯一の拠り所も、これで失ったわね」
「ふんっ。元より、そんな物に頼ってねえよ」
「強がって。可愛いわね」
顎を蹴られ、視界がぶれた。
軽い脳震盪を起こし、膝が折れる。
「そのまま地面に這い蹲りなさい」
「――ッあ……ぐ!」
強烈な一撃が腹部に入り、胃液を吐き出す。
倒れた裁也の頭を、ゼロが踏み抜いた。
――沈黙。
裁也の動作が止まる。
ゼロは裁也の髪を引っ張り、その無様な顔を拝んだ。
「……ぁ――ぅ」
「まるで抜け殻ね。私を殺しに来たんじゃなくて、私に殺されに来たの間違いじゃない?」
「……うる……さ……」
「ハッ! こんなんじゃ、私の気が晴れないわ――だから、私が更なる絶望を与えてあげよう」
裁也を投げ捨て、ゼロは気絶している花蓮の肉体に向かう。
「――まさか! おい、ヤメロ! 花蓮、ヤメテくれ!!」
「私は花蓮じゃない。零だ」
仮面を脱ぎ捨て、ナイフを構える。
裁也は全身の気力を振り絞り、立ち上がる。
零が結維を刺し殺すのを止める為に、駆け出した。
「裁也よ。残された人格であるが、如月結維を殺されるのはどんな気分かな?」
「ヤメロォォッッ――――!!」
必死に駆け、手を伸ばす。
結維の顔を持つ零は、冷徹な瞳で気絶している結維を見据える。
結維にナイフを振り下ろす。
寸前――
「なんてな」
酷薄の笑みを浮かべ、裁也に向き直る。
裁也に刃を向け、零は彼の右目を切り裂いた。
ひっそりと、隠れるように物語を終わらせたいです。




