最終章『Zero・dark・hour』第十九話
「……何故、お前が生きている」
静寂が支配する空間を、裁也の声が切り裂いた。
それはごく当然の質問で、花蓮は不敵に笑った。
「随分とまあ、ご挨拶な質問ね裁也。久し振りに再会したっていうのに、嬉しくないの?」
「――答えろッ!!」
刃物の刀身を現し、首筋に突きつけ脅す。
より明確に脅威を与え、質問に答えさせる為に。
だが、そんな裁也の脅迫行為にも動じず、花蓮は言う。
「大丈夫よ、裁也。貴方は、私から答えを聞かない限り、私を殺さない。見え透いた脅しは、私には効かないわ。それに――」
「……?」
黙り込んだ花蓮に、裁也が訝しむ。
「貴方、優しいから」
「――――――」
微笑む花蓮に、裁也の力が抜けた。
毒気が抜かれた、とでも表現すればいいのだろうか。
裁也はかつての花蓮の笑顔を見て、霊子刀の機能を停止した。
「アハッ、さすが裁也ね。相変わらず、私には甘いのね」
「……ふんっ」
照れるように裁也は花蓮から顔を逸らす。
思い返せば、花蓮は裁也の初恋の人であり、面倒見の良い姉のようでもあった。
「……それで、改めて訊くが……、お前は誰だ? 花蓮か? 結維か? それとも皇零か?」
向き合う裁也の真剣な問いに、花蓮はきょとんとした。
まるで裁也が見当外れの質問をしたようで、破顔した。
「何がおかしいっ!」
「あははっ! だって、裁也。私が誰か解ってないんだもの」
裁也は眉をしかめ、閉口する。
一拍間を置いた後、意を決したように花蓮が言った。
「私は如月結維。正真正銘、貴方と今まで行動してきた如月結維よ」
「――――――」
ぐわん、と視界が歪む。
裁也は酷く動揺し、軽い眩暈を起こした。
「ちょ、ちょっと! 大丈夫ッ、裁也?」
花蓮が――結維が倒れそうになる裁也を支えた。
何故、花蓮の身体に結維の精神が在るというのだろうか。
「裁也は、私が誰だと思ったのよ?」
「……正直、花蓮だと思ってたよ」
「ふーん、姉さんって、貴方と接する時、あんな感じだったのね……」
「?」
微妙に不満のニュアンスを含ませ、結維は言った。
「いや、それよりも、だ。お前が結維だというんなら、何でだ? あっちの結維は、じゃあ誰なんだよ」
「……あれは、間違いなく皇零と、お姉ちゃんよ」
「? だけど、あの身体には間違いなく魂が三つあった。花蓮と零、そして……」
結維、お前だと視線で告げる。
その問いに、結維は軽いため息をした。
「……これは私の直感なんだけど、今の私は如月結維を構成している〝ペルソナ〟なんだと思うの。月夜のようにうまく説明出来ないけど、魂と人格は別物と考えてみて。全ての私を構成する要素は、あっちに持っていかれた。だけど、残された私は〝ペルソナ〟としての如月結維。何だろう、こういうの。〝残留人格〟とでも表現すればいいのかな?」
残留人格――
裁也はそう告げた相手を見つめる。
如月結維としての人格が、この花蓮の身体に宿ったとでも言うのか?
だがそれならば、腑に落ちる。
花蓮の顔をしているが、結維だと言われれば、しっくりくる。
だって、今までずっと彼女と過ごしてきたのだから――
「――でも、時間がない」
「? 時間?」
不意に真剣に言った結維に、裁也は間の抜けた声をだす。
「裁也も知っている通り、この身体はもう朽ち果てる。あの二人が急いでたのもそのせい。身体が死ねば、命も失うのだから――」
結維が服をめくり、皮膚を露わにし、裁也は絶句した。
そこにあったのは、腐りかけていく肉体。
皮膚は再生されず、肉が変色し、どす黒く染まっている。
明らかに、以前見た時より状態が悪化していた。
遠からず、如月花蓮の肉体は死滅するのはもはや決定的とも言えた。
「――そして、私の〝ペルソナ〟も直に消える」
「どういう事だ?」
「解るんだよ。何となくだけどね意識が薄らいでいくの……。〝如月結維〟の大半をあっちに持っていかれてるんだ。〝ペルソナ〟としての私は、この身体から消えていく運命なんだって、何となく解るの。お姉ちゃんが、私の事嫌いだって、この身体が伝えてるもの……」
自虐するように結維は苦笑する。
「それに、遅かれ早かれ、この肉体も終わるもの……。だから、ね……」
「……そうか」
裁也は立ち上がり、結維の手を取る。
「? 何っ?」
「行くぞ」
裁也は結維の手を引き、彼女を連れて行く。
戸惑いを隠せない結維は、
「い、行くって、どこに?」
と言った。
「そんな事決まってるだろ? 如月花蓮の――お前のお姉さんの所だよ」
「い、いや、いいよ……」
「良くねえよ。俺は、お前を助ける。それにお前も決着をつけないと」
「決着?」
「姉妹喧嘩の決着だよ。このまま放ったらかしにして終わらせると、後々、お前、後悔するぞ」
「こ、後悔なんて……」
「するさ。俺がそうなんだ。お前だって後悔するよ。『何でお姉ちゃんは私の事を嫌ってたんだろ』って理由も解らないまま、お前は死ぬまで答えの出ない質問に悩まされるんだ」
「――!」
「なら全部ぶちまけて、派手にやろうぜ。じゃきゃあ結維も収まりがつかないだろ?」
なっ、と裁也が笑うと、結維も頷いた。
「……うん。そう、かもしれない……いや、きっとそうだ。私も、お姉ちゃんとけじめをつけないとダメだよね?」
「そうだな。その為にも、一刻も早くあの二人の元に行かないと」
「うん」
二人は手を握り、扉の前に立つ。
ここから先は、再び地獄が待ち受けているだろう。
あの二人がただ黙って、何もせずに裁也を追わせるつもり等ない。
絶対に罠を張っているはずだ。
裁也は隣にいる結維に言う。
「覚悟はいいか?」
「うん。裁也となら、平気」
そうか、と頷いて裁也と結維は扉を開ける。
暗黒へと続く道に、二人は一歩踏み出した。
棺姫のチャイカが面白くて困っているのだが……。




