最終章『Zero・dark・hour』第十七話
沢山並ぶ計器類。
異常な多さのカプセル。
豪華絢爛な室内とは対照的に、設備はかつての皇研究所を彷彿させた。
「………………」
一際大きな容器に、見覚えのある人間がもたれかかっている。
顔は見えないが、その姿、形に見覚えがある。
それは役目を――機能を果たした機械のようで、打ち捨てられた廃棄物のようでもあった。
「ふふ……。なぁに、裁也。姉さんだったモノに、興味があるの?」
不敵に嗤う彼女は、裁也が見ていたモノを指してそう言った。
「それはね、私だったもので、もう私じゃないわ、裁也」
口調を変え、如月結維は言う。
「それの役目は終えた。これからは、この身体で私は自らの野望を叶える」
ガッと、拳を握り締め演説する彼女は、かつての皇零とそっくりだ。
もはや裁也には、彼女が誰で、どの人格を保っているのか、判断がつかなかった。
「……お前は、一体、いま誰なんだ?」
問う裁也に、結維はニヤリと嗤う。
「私は誰でもないわ。皇零でもないし、如月花蓮でもない。そして、もちろん如月結維でもない。……でも、そうね。あえて言うのなら――」
ゼロよ。
結維はそう口にした。
「………………」
裁也は金の瞳に色を変える。
彼女の魂を視る為に。
彼女がいま、何者なのかを定める為に、その魂の姿を視た。
「――ッ!!」
裁也は絶句する。
彼女の魂が――無い。
いや、正確には違う。
如月結維の魂は、黒く、淀んでいた。
三つの魂が混ざり、酷く濁っていた。
それは、もはや判別が着かない。
如月花蓮でもなく、
皇零でもなく、
如月結維でもない。
まさか、本当に〝ゼロ〟だとでも言うのだろうか?
皇零の演じた仮面犯罪者。
その架空人格が、自我を持って活動しているとでもいうのだろうか?
「……そんな、馬鹿な事があるわけない」
裁也が霊子刀を振るう。
魂がソコに存在する限り、精神と肉体の接続を切断は可能なはず。
気絶した彼女(彼)を回収すれば、それでこの事件は収束する。
結維の人格を取り戻すのは、また後になって考えればいい。
そこまで考えた裁也だったが、事態はそう簡単にいかないようだ。
「ん? どうかしたの、裁也?」
裁也はもう一度、霊子刀を振るった。
その黒く濁った魂の奥に見え隠れする、微かな光を一閃するために。
だが……
「その攻撃は対策済みよ、裁也」
「……なにっ?」
「一が力を与えてくれたもの。貴方を苦しめる為に、ね」
「…………チッ」
あの野郎、と裁也は舌打ちする。
「少し手荒になるが、勘弁してくれよな」
裁也は結維に接近し、彼女の華奢な手首を掴む。
そのまま手刀を首筋に打ち込む――はずだった。
「――がっ!」
裁也が宙を舞い、地面に叩きつけられた。
伏している裁也の腕を絡めとり、彼を逆に拘束する。
「ふふふっ、裁也。甘いわね。私は、彼らの能力を受け継いでいるのよ」
「……なん、だと……?」
「魂の継承――能力は、記憶は残っているのよ。皇零、という男はよほど優秀な人間だったみたいね」
「………………」
それはそうだろう。
単独で犯罪を起こし、カリスマ性も十二分に備わっていた。
ただの人間であるのに、卓越した身体能力を付加されている裁也と同等に渡り合ってきたのだ。
その力が、いまの如月結維にも備わっているというのなら、それは……
(皇零と、戦っているのと同じ、という事か……)
裁也は肩に痛みが奔るのにも構わず、半身を捻って結維の拘束から逃れようとする。
だが彼女は、腕を足で挟み、裁也の動きを封じた。
「往生際が悪いわね、裁也。貴方はもう戦いに負けたのよ。この身体を私が得た時点で、貴方の負けは確定した。それだったら、大人しく私のモノになったらどう?」
「……ふざける、なよっ!」
「ふざけてないわよ。貴方は負けた。あのガラクタがあそこに転がっているのがいい証拠。この依代に魂をインストールした時点で、私の目的は達成された。後は、私の破滅に付き合いなさい。この建物ごと、私と一緒に滅びましょ」
ニッコリと笑いながら、支離滅裂な事を言う結維。
どれが本心で、どれが虚飾なのか、その言葉に隠されている意味を、裁也は読み取れない。
「――ッうおおおぉぉっ!!」
アクセラレーターをフル稼働。
身体能力を強化し、腕に足を絡ませる結維を投げ飛ばす。
ボキン、と関節が外れる音がしたが、構わなかった。
いまこの事態をどうにかしなければ、裁也の未来もない。
それならば、腕の一本等安い代償だ。
「……無茶するわね」
驚愕を隠さずに結維は言う。
裁也は外れた関節部を押さえながら、結維に急接近した。
そのまま蹴りを彼女に見舞う――
「きゃあああっっ――!!」
「――ッ!?」
裁也は結維の悲鳴を聞き、動作が一瞬停止する。
次の瞬間、衝撃が裁也を襲った。
「ッ! なんだ、コイツら!!」
わらわらと、沢山の人間達が裁也に襲いかかってきた。
カプセルの物陰から、正気を失った連中が押し寄せてくる。
「ふふっ。彼らは『トライブ』よ。ここで集めた人間を洗脳して、ゼロの尖兵としてたわけ。いわゆる犯罪の温床ね」
「チッ!」
肩が外れた状態で、裁也は彼らを相手にする。
本来の力が発揮出来ず、一人一人の相手に手間取った。
「――おいっ! どこに行くつもりだ!」
「? どこって……上よ。ここにいたってしょうがないもの。屋上から、下界の様子でも見学させてもらうわ」
結維は――ゼロは、その場から歩き去って行く。そのまま、裁也の元から消えてしまうように。
裁也は焦燥に駆られ、洗脳された『トライブ』のメンバーと戦いながら、結維の背中を見送った。
今月で終わらせます。




