最終章『Zero・dark・hour』第十五話
「行っちまったな、裁也の兄貴……」
嗚咽する月夜とは対照的に、帝人は感慨深げに裁也が去った後を見つめていた。
大炎上するセントパレスチナタワーは、過去に見た時と同様で、死への入り口だと思った。
燃え盛る入り口を見ているだけで、帝人は心の底から震え上がる。
そんな死地へと躊躇いなく飛び込む裁也は、既に死人同然だと、帝人はそう感じた。
「う……くっ……! 裁也ぁっ……!!」
泣き崩れている月夜に帝人は手を置く。
面を上げた顔は酷く不細工な顔だった。
眼は赤く、鼻水を流し、口からは涎を垂らしている。
人目も憚らず泣き、美人な顔はまるで台無しだ。
(それだけ、裁也の兄貴を想ってたんだな……)
実の姉の意外な面に多少驚きつつも、帝人はどこか諦観した面持ちだった。
これは成るべくしてなった結末なのだと。
裁也の兄貴は結維の姉貴を選ぶ。
そもそも、あの四人の因果に入り込む余地などないのだ。
帝人のような部外者は傍観に徹して、せいぜい彼らの物語を見守るだけ。
自分の役割を担うべきなのだ。
(俺が裁也の兄貴にいま出来るのはバックアップだけだ)
帝人は座り、持ってきていたパソコンを開き起動させる。
裁也の兄貴に持たせたデバイスに情報を送る事が、帝人のいま出来る唯一の事だ。
「……姉ちゃん、いつまでも泣いてないで、俺達がいま出来る事をやろうぜい。そんなんじゃ裁也の兄貴に顔向け出来ないッショ?」
帝人が声をかけるも、いつもの罵倒は返って来ず、聞こえてくるのは嗚咽だけ。
それでも帝人は話しかける。
「俺らが出来るのは裁也の兄貴の無事を祈るだけだ。結維の姐さんを助けて生還するって信じるだけッスよ。その為に、俺らは二人の帰って来る場所を確保しなきゃなんない」
この事件が始まった時に、二人で話し合ったッショ、と帝人は言う。
「裁也の兄貴は必ず戻ってくるッスよ。それに裁也の兄貴は、人が死ぬのを嫌ってんだ。アンタは、彼らを導いて少しでも被害を減らしてやんないと。
皇の家系に生まれて、幸いアンタはトップに食い込んでだ。過去の贖罪じゃないけど、その後始末は拭わなきゃなんねえんじゃないんスか?」
「………………」
「それに知ってんスよ、俺。つい最近掴んだ情報じゃあ、アンタが医療を学んでるのは、重病だった俺っちを助ける為に学び始めたのがきっかけだったらしいじゃないっスか。
ロスト・クリスマス事件の後も何が理由か知らないスけど、皇財団立ち上げて、寄付金を募ったりしてたっショ? そのお金はどこに行ったんスかね?」
「………………」
「……なあ、姉ちゃん。聞きかじった話しじゃあ、皇の性質は『王様』らしいじゃないっスか。王様って聞くと、下の人達を搾取して嫌われて、挙句憎まれるのが俺の印象だけど、決してそれだけじゃあないと俺は思うんスよね」
「………………」
「愛される王がいてもいい。人々から感謝される王がいてもいい。そう思うんスよ。人々を押さえつけるんじゃなくて、互いに手を取り合ってもおかしくない。
そりゃあ普段は違うッスよ。じゃなきゃ、俺らが何で高い金貰って、不相応な地位について、度を越した暮らしをしてるのか意味が無くなっちまう。
だけど、こんな時には――有事の際には率先して動かないと。じゃなきゃあ、アンタが嫌ってるあの〝老人〟達と一緒ッスよ?」
「――――――ッ!!」
「ハァッ……。まあこれだけ言っても、今の月夜姉ちゃんには意味ないか。たった今、こっぴどく振られ――ッテエ!!」
ボガン、と帝人の側頭部を衝撃が襲い、帝人は地面とキスをした。
何だあ、と思いながら顔を上げると、月夜が腰に手を当て、凛と立つ姿があった。
へ……、やりゃ出来んじゃないの、と帝人が思うと、月夜が声をかけてきた。
「……これより、私が皇の全権限を使って、皆を助けるわ。アンタはアンタの仕事をやりなさい」
「へいへい。言われんでもやりま――ッ!!」
拳骨を頭に帝人は叩き落とされる。
「減らず口はいいから、さっさとやりなさい! 事態は一刻を争うんだから!」
「へいよ、了解ッス」
座り込み、再びパソコンのキーボードを叩く。
「……礼は言わないからね」
月夜はボソッと呟いて、どこかへと電話をかけ始めた。
帝人は聞こえないフリをし、作業に没頭する。
そして思った。
天上天下唯我独尊の皇月夜がお礼を言ったなら、奇跡でも起こるんじゃねーの、と。
空を見上げる。
暗雲が立ち込み始め、今にも雨が降り出しそうな天気だった。
自分にいま足りないものと必要なものは同一だ。
それは〝危機感〟だ。
戸愚呂弟の言葉が思い出される……。




