最終章『Zero・dark・hour』第十三話
「――――――ッ!!」
裂帛の気合とともに振るわれる分子刀。
その一閃は、一の首を容易く刎ねる。
「あはっ! いいね、裁也!!」
だが宙に浮いた一の首は笑って言った。
両断した傷痕から、黒い霧が滲み出し一の首を結びつける。
「――――――ッ!!」
裁也は動じず、分子刀を連続して振るう。
銀の眼の力を発動させ、一の全身をなますに変えていく。
切り刻まれる一の身体。
しかし噴き出すのは赤い血ではなく、黒いシミのようなもので、手応えを感じなかった。
「そう――その銀の眼は、あらゆる物を破壊する物理現象だね――」
「ッ!!」
一の身体が人のカタチを止め、黒い泥へと変貌する。
泥の中から一の声が聞こえ、酷く不気味だ。
「――アアアアッッ!!」
金の眼を発動させる。
分子刀の刀身は霧散し、一の精神に牙を剥く。
西尾一も生物ならば、肉体と精神を繋ぐ糸があるはずだ。
裁也はそれを狙い――そして、間違いだと知る。
一の蠢く泥は、一瞬静止した後、即座に行動した。
泥の奔流が、水流となって裁也に飛来する。
「……確かに金の眼は、精神を断つ力だ。だがなぁ裁也、金の眼の力も、銀の眼の力も、元を辿れば、俺に元々備わってる力の一部だぞ。自分のモノだった力に、この俺がやられるわけねぇだろうがぁっ!!」
泥は散弾となり、裁也を襲った。
真横に跳び、泥を回避するが、その泥は容易くコンクリートの壁を破砕した。
その破壊力に、裁也はゴクッと唾を呑み込んだ。
風穴が空いた部屋に、風が通り抜けていく。
「……裁也、今からでも遅くねえぞ。お前は俺に反抗した。だが、俺はお前を許そう。だから俺の手元に戻れ」
黒い泥が、人のカタチを再び形成する。
そこには表情はなく、ただ泥人形があっただけだったが。
「……それで如月結維はどうなる? ゼロは? 皇零の野望を放っておく気か、お前は」
「クハハッ! あんな小物、その気になれば簡単にひねり殺せるさ。嬢ちゃんは、んー、まあ、そうだなあ。運が悪かったって事にしておこう」
「……ふざけるなよ」
一である泥人形は肩を竦めた。
「ふざけちゃあいないさ。お前はあの嬢ちゃんに執着してるようだからな、いっそ消えてもらったほうが、こちらとしては都合がいい。
しかしねぇ。あの石杖裁也が、ただの人間の女に惚れるとはなあ。俺はてっきり皇の月夜辺りが、お似合いだと思ってたんだがね」
「月夜もお前の眷属だろう? 何故アイツを俺のように仕立てあげなかった」
「月夜か? アイツは埒外だ。俺の気まぐれで金の眼の能力を与えたが、使いこなせてないだろう? そもそも、皇の家系の根幹は『王』だ。何かを支配するのに向いている性質なんだよ。王は、そんな無闇やたらに民を殺したりしない。誰も、自分を支える者がいなくなるからな。その点お前は、特別だ」
「特別?」
「そう特別だ。お前は――お前ら『石杖』は人を殺す能力に特化している家系だ。俺が、お前の両親を殺したのは、もう知っているだろう?」
「……ああ」
その事実を一から教えられた時、裁也の理性は吹き飛んだ。
腸が煮えくり返り、一に飛びかかったのを今でも鮮明に覚えている。
自分を拾った恩人が敵であるとは、夢にも思わなかった。
――結果は、こてんぱんにやられ無様な姿を晒して終わったが。
それでも裁也はその時に、自分に誓った。
必ず、この悪魔を殺してやる、と。
自分の全てを、運命を変えた悪魔を殺してやると、他ならぬ自身に、そう誓った。
「『石杖』の中でも、お前の親は相当厄介だった。よりによって、この俺を脅かす程の存在でな。奴らのせいで、俺も何度か死にかけている」
「………………」
それは初耳だ。
今は記憶に微かしか残っていない両親の面影。
二人は、優しい――それこそこんな殺伐とした世界とは無縁だと思っていた。
「だが連中も人の子だ。お前、という存在を得てから、連中は堕落した。お前を餌に二人を殺すのは、赤子の首をひねるより簡単だった。そして俺は『石杖裁也』という最強の駒を得たわけだ」
ハハハッ、と大笑する一。
「ふん……。なら、その手駒にこの世から抹消されるのは、想定外だろう、なッ!!」
物陰から飛び出し剣を投げつける。
飛来した刃は、一の右腕に突き刺さり、のけぞった。
裁也は一に飛びかかり、右腕に突き刺さっている分子刀の柄を握り、両断した。
「そう……。その力は例外だったよ、裁也。その、金と銀の力を同時に発動させる能力は、確かにお前固有のものだ。それなら、この俺に――生命の核となる魂を抹殺出来る。だがな――」
「――ッ!?」
一が四散し、泥は水滴となって弾け飛んだ。
その直後、一粒一粒の一の欠片が驟雨となり裁也を撃ち抜いていく。
激痛が全身を駆け巡り、裁也は地面に倒れ伏した。
「――所詮は人の子だ、裁也。人間に悪魔は殺せない」
裁也は痙攣したようにピクッ、と僅かに指先を動かした。
だがそれだけだ。
とても、立ち上がれる状態ではなかったが、それでもまだ一を殺そうと足掻く。
「莫迦が……。俺の身体はある種の呪いで構成されている。人の子が受ければ、三日三晩は動けん。それなのにお前は――」
「うぐ……ッウオオオオッッ――!!」
立ち上がり、一の心臓目掛け渾身の一撃をかます。
心臓をえぐり抜き、いわゆる一を構成している〝核〟を奪い取った。
――これを潰せば、俺の勝ちだ。
そう思いながら、裁也は地面に沈んだ。
既に体力の限界を迎えていた彼は、最後の最後、一の核を潰す事無く倒れた。
裁也の右手から、一は核を拾い取る。
それを飲み込み、核はあるべき場所へと戻った。
「……驚いたぞ、裁也。まさか、お前が俺に届くとはな……」
さすが『石杖』の末裔だ、と一は感嘆した。
そして彼は「褒美だ」と言い、裁也の頭部に手をかざす。
黒い粒子が、裁也の頭部をすり抜け、脳に染み込んだ。
「新たな能力を付与しておいた。『人格の破壊』を、特別に与えてやる。どう扱うかは、お前次第だ。それで、ゼロとの戦いに決着をつけてこい」
一は事務所の天井をぶち抜き、夜空へと浮かぶ。
「……ッ、待て……よッ!!」
宙空に手を伸ばすも、一には届かない。
「因縁に終止符を打て。それが終わったら、お前とまた再戦してやる。それまでは、俺からお前たちに手を出すのはやめておいてやる。
――じゃあね、裁也。僕とまた遊んでよね」
アハハッ、と無邪気に、いつもの一に戻り悪魔は去っていった。
裁也は歯ぎしりし、拳を瓦礫に叩きつけた。
皮膚が裂け、血が滲んでいく。
「……痛ってえなぁっ……」
悔しく、目元を手で隠す。
手の隙間から流れ落ちてくるのは久方ぶりに流した涙だった。
涙は頬をつたい、地面へと零れ落ちた。
夜空を見上げる。
月の、綺麗な夜だった。
ブーン、と一台のパソコンがいきなり起動した。
聞こえてくるのは、ゼロによる犯行声明。
日時、場所、そして裁也へに向けての宣戦布告。
一度それらを耳にした裁也は聞き流す。
映像は終わり、動画は止まった。
何かのバグで起動したか、と裁也はパソコンの作動不良を笑う。
だが、その直後聞こえてくる声に、裁也は目を見開いた。
ジジジ、とノイズ混じりの音で、女性の声が聞こえてきた。
『……ヤ……裁也……』
『私を殺しに来て』
『それで全てが終わる』
『――待ってるわよ』
そう言って、パソコンは役目を終えて、機能を停止した。




