第一章『学校占拠事件』五話
『トライブ』と名乗る集団が、会館を占拠したのは一瞬の出来事だった。
今朝校内放送があり、急遽全学年の生徒と教師は会館に集められた。
生徒達の間からは、不平不満や文句が飛び交っている。
結維もその一人だ。
何の意味や目的もなく無駄に歳を重ねた人の言葉を、何故聞かなければならないのだろうか。
(早く始まらないかな……)
今か今かと校長の演説を待つ生徒達を、突如、爆音が襲った。
ズズン、と館内全体が揺れ結維は地面に倒れる。
ライトは落ち、暗幕で館内は闇色に染まった。
続いてズバババッ、と連続する銃声音。
館内は、皆の悲鳴と金切り声でおおわれた――
「大丈夫ッ、結維!?」
「うん。しぃちゃんは?」
「私も大丈夫よ! ……何なの、一体?」
倒れた結維に詩音は駆け寄り、結維が大丈夫だと知り安心した。
だが館内は依然と、この事態を困惑する声と悲鳴で充満している。
現状を分析しようと周囲を見回すと、突然壇上にだけライトが点いた。
館内全員の視線が、壇上に注がれる。
そこに黒服と黒のバイザーをつけた人間が現れ、マイクのスイッチを入れてヘッドを叩く。
ちゃんとマイクが機能しているか確認すると、黒服の人間は自らを名乗り上げた。
「我々は犯罪組織『トライブ』である! 訳あってこの学校を占拠させてもらった! 無駄な血は流したくない! 諸君らには、抵抗しないでいただきたい!」
は、犯罪組織? トライブ??
暗闇でよく見えなかったが、壇上に立つ人と似たような連中が、会館の出入口を封鎖した。
学校のレクリエーションにしては、悪ふざけが過ぎる。
だが男は演説を続ける。
「我々は『とある方』の信念に共感して結成された集団である! 我々はその方の考えに従って、暴力を好まない! 故に、諸君らが反抗を試みなければ、目的を達成した後、直ちに諸君らを解放する事を約束する! だが、もし君らが、我々に抵抗をするというならば、我々は君たちに制裁を加えなければならない! 我々は本気である! 諸君らの賢明な判断を信じる!」
以上だ、と男は演説を締めくくった。
シーン、と館内は静まり返るが、その直後「ふざけるなっ!」と生徒達から怒号が上がった。
前方にいる生徒が、壇上の男に食ってかかる。
「こんな扱いされて、抵抗も反抗もあるか! 学校のレクリエーションとか、テレビの撮影なんだろうが、馬鹿にすんじゃねぇ!!」
「別に馬鹿になどしていない。我々には目的がある。その目的を達せば、君たちに危害を加える気はないと、先程宣言したばかりだが?」
「チッ、やってらんねーよ。とっととその壇上から降りろ! テメエで降りられなきゃ、俺が引きずり降ろしてやんよ!!」
フゥ、とマイクから男のため息が響いた瞬間、生徒が切れた。
「テメエ! 馬鹿にしてんのか! 今から俺が、テメエをタコ殴りにしてやっからよぉ!!」
髪を金髪に染めた生徒が壇上に駆け寄る。
「それ以上接近するな。君を殺さなければならなくなるぞ」
「へっ、今更怖気づいてんじゃねえよ!」
「警告したからな」
「ケッ! ボコボコにし――――……」
パンッとこの場に似つかわしくない音が響き、生徒が地面にくずれ落ちた。
男子生徒の脳天から血が流れ出し、赤い池を館内に作る。
黒服の男は銃を抜き、生徒の頭を撃ち抜いたのだ。
惨状を目の当たりにした生徒達が悲鳴を上げる。
その悲鳴は恐怖となり、空間内にいる人達に伝染していく。
絶叫と悲鳴、絶望と不安がクライマックスに達する瞬間、一発の銃声が皆を鎮めた。
「静かにしたまえ! これは粛清である! 彼は我々の警告を無視した! 故に、彼には我々が本気だと知って貰わなければならなかった!」
小さなどよめきとすすり泣く声の中、男は再び宣言する。
「もう一度言う! 我々には目的がある! その目的を達すれば、諸君らは即時解放すると約束しよう! だが君たちが我々の邪魔をするというならば、我々は君たちを排除しなければならない!
繰り返す!
我々は君たちが抵抗をしなければ、安全を保証する! 大人しくしていたまえ!」
黒バイザーの男の演説が終わると、一人の男性教諭がおずおずと彼に話しかけた。
「あの……、貴方がたの目的は、一体何なのでしょうか……?」
黒服の男の視線が教諭に向けられると、彼はヒッと怯える。
「いい質問だ。そうだ。我々は、我々の目的を諸君らに伝えてなかったな」
マイクを取り、館内全員に彼は語りかける。
「我々『トライブ』は、ある女生徒を探している! 彼女を見つければ、それ以外全員解放しよう! その少女の名前は『如月結維』! もう一度言う! 我々が探している少女の名前は『如月結維』だ! 知っている者がいるならば、即刻協力するか名乗り上げたまえ!」
名前を告げられた瞬間、結維は固まった。
隣にいる詩音と顔を見合わせる。
二人とも、訳が解らないというように……。
謎の集団『トライブ』による、如月結維探しが始まる。
結維の心は暗澹とした暗闇に呑み込まれていった――――