最終章『Zero・dark・hour』第四話
静寂。
噴水の流れる音が、妙に大きく聞こえる。
陽射しはさほどきつくないのに、嫌な汗がジトッと身体から溢れだす。
結維が花蓮から半歩下がると、帝人が彼女を護るように前へ出た。
「番犬のつもり、帝人?」
「……ッスね」
フフッと花蓮は微笑む。
帝人も結維と同様に、額から脂汗を出し顔は強張っていた。
彼の緊張感が結維にもヒシヒシと伝わってくる。
花蓮が一歩前へ出ると、帝人は即座に懐から拳銃を抜き構えた。
「動くな! 動けば、撃つッスよ!」
「そう構えないで、帝人。私は、結維とお話をしにきただけだから」
「動くなって言ってんだ! 例え、零の兄貴だろうと、オレは撃つ!」
ガチガチに震えながら帝人は言う。
花蓮は彼の警告を無視し、二人に向かって駆け出した。
「ッ! うああぁぁ――――ッ!!」
瞬間、帝人が発泡した。
パンッ、と乾いた音が響き、結維は思わず目を閉じた。
キーン、と耳鳴りがし、「うあっ……!」という帝人の呻く声が聞こえ、結維はそっと瞼を開く。
「――ミカド君!」
帝人は花蓮に組み伏せられ、右腕をねじ上げられていた。
花蓮は帝人の手からこぼれた拳銃を拾い、彼の頭に銃口を突きつける。
「……フフッ。中々やんちゃに育ったものね、帝人。私の背中に隠れて、ビクビクと過ごしていた日々がウソのよう」
「……ッ! う、うるせえ! オレだって、いつまでもあの頃のまんまじゃねえんだッ!!」
「――そう。貴方の言う通り、私達はいつまでも同じままじゃいられない――」
ボキン、と一際盛大な音が鳴る。
帝人が絶叫し、彼の腕がダランと下がる。
「邪魔は入ってもらいたくないの。だから、ゴメンね」
花蓮は、帝人を脱臼させた肩を踏む。
痛みで彼は動けず、苦悶とうめき声がこだまする。
「さて……邪魔者もいなくなった事だし、結維――」
花蓮は怯えている結維に向き直り、拳銃を向けた。
「――貴女は、私と一緒に来てもらおうかしら」
「おねえ……ちゃん……」
震える声は叱られた子供のよう。
目の前で起きた現実に結維は対応出来ず、恐怖で思考が停止しかかっていた。
「……ッ! に、逃げるッス、姐さん! ――ぐあぁぁっっ……!!」
花蓮が帝人を踏みつけた。
「……余計なアドバイスはしないでもらえるかしら? これは――姉妹の問題なのよ?」
「…………へっ、うるせえっ……な!」
ペッと、血が混じった唾を吐き、反抗的な目付きで帝人は花蓮を睨む。
「オレは! 裁也のアニキから、姐さんの護衛を任されてんだ! 例え、アンタに絶対に勝てなくても、姐さんは、オレが護るんだ――ッ!!」
「――見上げた根性ね」
カチャッ、と銃を帝人に向ける。
「なら、当然死ぬ覚悟もあるわよね?」
微笑む花蓮から、帝人は目を逸らさない。
マズイ、と結維は思ったが、身体が言うことをきかない。
眼前で繰り広げられる殺害行為に、結維はペタンと地面に座り込んでしまった。
「……メテ」
「――ん? なぁに、結維?」
「……お願い、もう……ヤメテ……! 私が行けば、それでいいんでしょ!」
「そうね。それで彼の目的は達成。でもね――」
パァン、と乾いた薬莢音。帝人の右手が撃ち抜かれる。
「――私は、貴女の歪んだ顔が見たいの……」
ウフフッ、と恍惚の笑みを浮かべる花蓮。
結維は今度こそ為す術もなく力なく笑った。
激痛に苛まされ、血を流す帝人。
花蓮は――ゼロは帝人を絶対に殺すだろう。
障害としてではなく、ただ愉悦として彼を殺す。
全ては、如月結維を苦しませるために。
結維はもはや、目の前の姉を、姉と認識出来なかった。
『花蓮の面を被った化物』
そう表現するしか他ない。
乾いた笑いがこぼれ、涙がこぼれる。
「さぁて、次でお終いね。あまり時間もかけてあげられないの。――ゴメンね」
花蓮は帝人の心臓部に銃口を押し当てる。
絶対に外さないように。
確実に殺害するように。
如月花蓮は皇帝人を殺すだろう。
「……ケテ」
結維の悲痛なる呟きを聞いて、花蓮はクスっと笑む。
「助けてよぉ!! 裁也――――ッ!!」
引き金を弾く。
正にその刹那――
花蓮の手から銃が弾き飛ばされた。
次いで短刀が驟雨のように花蓮に降り注ぐ。
「――来たか」
鼻で笑い、花蓮は外套を翻した。
短刀は外套に突き刺さり、花蓮は外套を手放した。
鮮やかに宙を舞ったマントの向こう側から、石杖裁也が〝分子刀〟を振りかぶって現れた。
花蓮は僅かに驚き、横へと飛び裁也の剣を回避する。
「――大丈夫か、帝人?」
「タッチャン……!! 待ってたぜぃ!」
脂汗を垂れ流し、帝人は歓喜して裁也を見上げた。
「スマン。出遅れたよ。だけど、結維を護ってくれてありがとう」
「へへっ……! それが、オイラの役目だかんね……!」
痛む右手を突き出し、帝人と裁也は拳を突き合わせる。
――選手交代。
「後は俺に任せろ、帝人」
「……おう」
裁也は一足跳びで、結維の側に寄る。
「立てるか?」
「あ……ううん。腰、抜けちゃって」
スッと差し出された手を結維は掴んだ。
裁也に抱かれ、結維は彼に寄りかかる形でかろうじて立った。
「すまなかったな、色々と」
「ううん。来てくれたから、もういいよ」
そうか、と言って裁也は剣を花蓮に向け、直る。
「……さあ、ここで終いにしよう。皇零」
「………………」
苛烈な視線で睨む裁也とは対照的に、花蓮は憂いを帯びた瞳で裁也を見つめる。
過去の記憶が蘇り、裁也は苛立った。
「その小細工をヤメロ、零!! 俺の逆鱗に触れるだけだぞ!!」
「……裁也」
耳をくすぐる甘い声。
花蓮は裁也に向かって歩き出した。
その無防備な姿に警戒し、裁也は結維を突き放した。
「そこで止まれ! 止まらないと、斬るぞ!!」
叫ぶも花蓮は止まろうとしない。
むしろ、歩きは走りに変わり急速に接近してきた。
「止まれっ! 止まれって言って――――!!」
裁也は言葉を失った。
花蓮が裁也に飛び込み、抱擁する。
そして花蓮は裁也を見つめ、キスを交わした。
熱く、燃えるような情熱的なキス……
流れ混んできた唾液を、裁也は呑み込んだ。
その場にいる誰もが言葉を失った数秒後、二人の唇が離れる。
「……ずっと、逢いたかったよ、裁也……」
「……オマ、エ……。もしかして……花蓮、なのか……?」
動揺し、口をパクパクと開閉させる裁也。
そんな彼を見て、花蓮は今までに誰も見せた事のない笑顔を裁也に向ける。
「そうよ。私は、如月花蓮。貴方がかつて愛した人よ」
裁也の記憶の中に残る如月花蓮の笑顔。
その笑顔は、どこか歪だった…………
昔、某コナミさんから出されたギャルゲーのインタビューで、
「綺麗なお姉さんは好きですか?」
という問いかけがユーザーに向けてあった。
当時、愚かな学生だった自分は、
「大好きです!!」
とよだれを垂らしながら喜んでいた記憶がある。
友人はドン引きし、一人テンション高かった自分。
何でこんな事を書いているのかと言うと、如月花蓮というキャラクターがいるわけだ。
前作のピース・メーカーという作品でも、似たようなキャラが出てきたわけだが……。
綺麗なお姉さんキャラというのは男子諸君の憧れの存在だと思う。
そして、可愛い妹という設定も捨てがたい。
何より、リアルにそういった存在を持っている男子は冷めた視線をするのが世の常だ。
なので、これは永遠の課題だ。
綺麗なお姉さんと、可愛い妹。
世界が滅ぶその時まで、我々男子はその問いから逃れる事はないだろう。
……ああ、学生に戻りたいなぁ。
そんな日々。
p.s.幼なじみの可愛い女子、という設定もいいと思う。




