第一章『学校占拠事件』四話
HRが終わると、クラスメイト達が物珍しさに、転校生の石杖裁也に群がった。
彼の周囲に集まった皆は、次々と矢継ぎ早に質問している。
「ねぇねぇ、石杖君って~どこから転入してきたの~?」
「天皇寺学園ってところからかな」
「エッ――!! スゴーイ!! 有名人とかその子供がよく入る学校じゃん!! 石杖君って実はセレブとか!?」
「いや、普通の家庭だよ。縁があって入学できたんだけど、仕事の都合で引っ越さざるを得なくってさ」
「へぇ~、そうなんだ~。でも、もったいないねー。一人暮らしとかでさ、向こうの学校にも残っても良かったんじゃない?」
「それも考えたんだけどね。やっぱり放っておけない人がいるからさ、こっちに来たんだよ」
「両親思いなんだね、石杖君って」
クラスの女子の一人にそう言われて、石杖裁也は苦笑している。
そんな楽しげに盛り上がっている光景を、如月結維はジィっと眺めていた。
「どしたの、結維? そんなに転校生の方ばかり見て。好みの男子?」
「いや、そんなんじゃないけど……。ちょっと気になって……」
詩音の質問を上の空で答え、結維は繁々と彼を観察する。
石杖裁也。中肉中背。取り分けて特徴のない男。黒い髪。顔立ちは割と整っている方だが、特別美男子というわけでもない。
どこにでもいる平凡な少年という印象の彼だったが、結維は何処か彼に引っかかるモノを感じていた。
閉じ込めていた――箱に封じ込めていた〝何か〟が、内側から無理やりこじ開けてきそうな感覚を、結維は覚える。
胸がざわつき、居ても立ってもいられない衝動に駆られるのだ。
(そう、まるで炎のような……。急に燃え上がって、やがて消えていく――そんな感じかなぁ?)
授業開始のチャイムが鳴り、教師が入って来て彼の取り巻きは解散した。
結維は授業中、それこそ一日を通して石杖裁也という少年を、この胸のざわめきが何なのか確認するために、ずっと観察していた――
放課後。
如月結維は石杖裁也に校内を案内していた。
ロゼに昨日の罰として、転校生に竜ヶ峰高校を案内する役目を仰せつかったのだ。
(しぃちゃんは嫌そうな顔してたなぁ)
詩音は今日も結維と一緒にカラオケに行くようだったが、そのあてが外れてむくれていた。
その顔が面白くて結維から笑みがこぼれる。
「どうしたの、何かおかしい?」
裁也に話しかけられ、結維は慌てて手を振ってごまかす。
「ああ、ただの思い出し笑い。友達とした会話が面白くって」
「へぇ、そうなんだ」
裁也はそれっきり口を閉じる。
結維は彼を一瞥して、顔を窺う。
クラス内では明るく朗らかに皆の質問に答えていたのに、結維と校内をうろついてる今は、必要最低限のこと以外話そうとしない。
結維が話して、裁也が頷く。彼からの質問はない。
まるで、この学校は知り尽くしているから案内など必要ないというように。
(それに、何処か私の事を拒絶してるよう……)
私の勘違い? 自意識過剰?
すぅーっと深呼吸をする。
結維は意を決して、裁也に話しかける。胸のざわめきを確かめるために。
「ねぇ、石杖……君。私達って、前に何処かで会ってないかなぁ?」
「え? それって、ナンパ? 運命的出会い作戦?」
「もう、茶化さないでよぉ! 初対面の人にこんな質問するの、恥ずか…………」
――初対面?
――初めて出逢った?
――ホントウに?
心の内側に引っかかった、僅かな疑念がささくれ立つ。
何かを確かめるように、黙考していると裁也が話しかけてきた。
「如月結維」
「ハ、ハイ!」
怖ろしく冷たい声に、結維はビクッとする。
眼前の少年から発せられたとは思えないほど、底冷えする冷徹な声。
「君は、いまの自分の生活を気に入っているか?」
「え、ええ……。まあ、気に入ってはいます。しぃちゃんと楽しく喋って、好きな歌を歌えて、両親もいるし……」
「そうか」
裁也が頷くと、結維は「ただ」と続ける。
「自分の現在の生活が、仮初めのような気がする時もあるの……。何か、大切なモノを失ったような、そんな喪失感が……」
「それは、思春期特有のものだよ」
そうなのかなぁ、と言うと、
「君は、君の今の生活が大事だと望むなら、それ以上深く考えない方がいい。後ろ向きにならず、前だけを見て進め」
と裁也が断じる。
何の事か訊ねようとしたが、彼は結維に背を向ける。
「今日は学校を案内してくれてありがとう。また明日学校で会おうね」
じゃあね、と言う彼はさっきまでの冷たい人間じゃなく、教室内にいた〝転校生〟としての顔の彼だった。
結維は裁也の姿が見えなくなっても、しばらくの間その場で、呆然と立ち尽くしていた。
翌日。日本を震撼させる事件が起きる。
謎の集団『トライブ』と名乗る連中が、竜ヶ峰高校を占拠した。
結維の日常は、その日、崩壊した――
明日はちょっとお休みします。土曜に書いて、日曜にあがる予定になってます(多分)。
よろしくお願いします。