第二章『皇製薬会社の闇』第二十七話
崩れる皇研究所。
月夜は、気絶している弟の帝人と共に崩落していく室内を呆然と眺めている。
何のために生き、
何のために死んでいくのか。
その意味が月夜には解らなかった。
皇の家に生まれ、競争に敗れ死にゆく自分を嘲笑う。
沢山の人間を貶め、大量の人間を死に追いやった。
皇の古巣にいるジジイどもも、ロスト・クリスマス時に、一挙に殺す事に成功した。
月夜は皇の実権を握り、その頂点に立った。
過酷な生存競争に勝ち、皇の栄華を握る――と思っていた。
だがそれは勘違いだった。
ただ一人。
幼少の頃から絶対に勝てない人間が一人いた。
ソイツは社交性に長け、容姿端麗、頭脳明晰、高いカリスマ性を持ち、神様に選ばれた人間だと月夜は思った。
皇零――月夜の兄。
月夜は、そいつだけには絶対に勝てず、それゆえに絶対に勝ちたい相手だった。出し抜きたかった。
ゼロという謎の犯罪者を作り、日本を混乱に陥れようと提案したのは、月夜が最初だった。
面白可笑しく賛同し、兄は月夜の提案に――罠に嵌ってくれた。
月夜は兄を殺害しようと、大掛かりな事件を作り、舞台を提供した。
悪魔である西尾一の噂も聞いており、直接交渉して彼とも協力を取り付けた。
西尾一は、皇零の美味なる魂を。
皇月夜は、皇零の魂の抹殺を。
お互い、望む条件であり、それを呑んだ。
それが後に、間違いだとも気付かずに……。
「……私の手じゃ、負えなかったんだなぁ……やっぱり……」
皇月夜は、完全完璧、緻密で用意周到に練った計画を実行した。
それが『ロスト・クリスマス事件』。
だけど大きなイレギュラーが二つあった。
一つは兄である皇零。
彼は月夜の掌の上で転がしているつもりだったが、その実、月夜を操作し自分の有利になるよう誘導していた。
皇零のバイタリティーは、月夜が制御出来る程、甘くはなかった。
結局、月夜は兄に一度も勝つ事はなかった。
そしてもう一人。
最大のイレギュラー石杖裁也。
月夜でさえ手に負えなかった皇零を追い詰め、一度は死に追いやった少年。
彼は計画の枠外からきた存在であり、一も特に情報を寄越さなかった。
そいつが最大障壁と知ったのは、セントパレスチナタワーで単独で乗り込んできた時だ。
零が上手く事をいなそうとするタイプなら、石杖裁也は完膚なきまでに叩き潰す破壊者だ。
フィクサーと呼ばれながらも、調停者としての平和的な解決じゃなく、全てを壊し解決を試みる無法者。
現に、こうして月夜が持っているモノも破壊された。
残されたのは死の運命。
天井にヒビが入り、月夜と帝人の頭上に建材が落下してくる。
落ちてくる瓦礫を見つめながら、月夜は自らの死を受け入れた。
目を閉じ、瓦礫の破片がパラパラと月夜に降りかかった。
……破片? 瓦礫の塊ではなく?
不審に思い瞼を開ける。
「……まだこんな所にいたのか、アンタ」
そこには、気絶している如月結維を抱えた石杖裁也が佇んでいた。
右手には分子刀を携えている所を見ると、それで瓦礫を粉々に粉砕したのだろう。
月夜は、ギリッと奥歯を噛み、仇敵を睨んだ。
「うるさいわねっ! そんなのアンタに関係ないでしょ! 放っといて!!」
「……そりゃ、ほっとくさ。俺は帝人を回収しにきただけだからな」
無様に寝転がっている帝人を裁也は拾い上げる。
見ると、裁也は満身創痍でアチコチから出血していた。
特に左肩と、脇腹から流れ出る血の量は尋常じゃない。致命傷にもなりかねない、と月夜は愉快になった。
「……ハハッ! なにアンタ! やっぱりアイツに負けたのね!」
「フンッ……」
裁也は不愉快そうに鼻を鳴らした。
「そのざまを見ると、ボロ負けしたのね! そりゃそうよね! なんたってアイツは私の最高傑作なんだから、アンタ如きに負ける筈がないのよ! ザマーミロ!」
月夜は裁也が命を救ってくれたのにも関わらず、彼を罵倒する。
それが、自分の心を護る唯一の方法だというように、裁也を貶した。
「それで負けたアンタは逃げてきたわけね! その結維って子も悲惨ね! これからアイツに殺されるんだから! すぐに追いついてきて、アンタ達二人を殺すのよ!」
「……ヤツは来ないよ」
裁也の言葉を、月夜はその意味を理解するために数秒を要した。
「……どういう事?」
「ヤツは逃げた。だから来ない」
「んなっ……!」
皇零が逃げた!?
あの何をやっても完璧な、神様に選ばれた人間が!?
一度ならず、二度も同じ敵に敗北を喫するとは…………。
月夜は傷だらけの少年を見上げる。
今にも死に体な彼は、神様に選ばれた男よりも凄い存在なのだろうか?
月夜の胸が高鳴り始めた時、裁也が身を屈めた。
何をするのだろうと思いきや、
「よっ……と」
月夜を裁也は抱えた。
「ちょ、ちょっと! アンタ、何すんのよ!」
慌てて言った月夜に対して、裁也はキョトンとしている。
「何って……。お前も連れてくんだよ」
「いいわよ、そんな事しなくて! 私はここで死ぬんだから、ほっといて!!」
「いいや、お前は連れて行く。このまま見捨てたら寝覚めが悪い」
「そんな事、知ったこっちゃないわ!」
「そうだな。だから俺がお前を連れてっても、問題ないな」
「コイツ……!」
「がなるな。俺ももう限界なんだ。死にたいんだったら、こっから出てから勝手に死ね。とりあえず、お前は連れてくぞ」
「あっ……! コラッ! 人の話を聞け――ッ!!」
暴れる月夜も抱え、計三人を連れて裁也は研究所内を駆け出した。
燃える研究所。
崩れゆく建物。
視界は白煙に覆われ、
熱気は肺を焦がしていく。
鼻につく異臭。
様々な薬品が入り乱れ、発火していく。
耳は爆音にやられ、キーンと耳鳴りがする。
地獄ような環境の中、裁也はひたすら駆けている。
止まれば死ぬ。
死神の鎌が、いつでも自分の首を刎ねられるように添えられている。
既に廃墟と化しつつある研究所。
瓦礫が積み重なり、裁也はその中を死に体で辛うじて避けていく。
身体が熱い。
とっくのとうに、限界は超えていた。
アクセラレーターもフル稼働で、臨界点を既に突破。
血を流しすぎて、意識も朦朧としている。
視界は霞み、喉はカラカラだ。
月夜が何か叫んでいるが、裁也には聞こえなかった。
走り、走り、ひたすら走る。
止まるな、止まるな、止まるな、と自分に言い聞かせる。
不意に両親との想い出が走馬灯の様に蘇った。
交通事故が起きた当時も、狭い車内の中で裁也は救いを求めていた。
あの時も今とほとんど同じ状況だ。
ただ違う事は、裁也は駆け巡れる状態である事。
一のような超常現象が救いの手を差し伸べてくれる事は一切合切ないのも、裁也は悟っている。
天は自ら助くる者を助く、と偉人も言っていた。
自らの力で道を切り開かなければ、未来はない。
ハァハァ、と呼吸も乱れる。
気絶している結維の顔を一瞥する。
裁也は既に常軌を逸していた。
今にも倒れそうなのに、倒れないのはひとえに花蓮との約束の為。
妹を護って、と花蓮は裁也に託した。
裁也はその約束を果たす義務がある。
全身を駆け巡るアドレナリンも、そろそろ尽き果てるだろう。
やがて限界の限界を迎えた裁也に待ち受けていた最後の関門――
「…………瓦礫の山か……」
裁也は三人を下ろす。
チャキッと柄を構え、銀の眼を発動させた。
切り崩そうとした刹那、
「アンタ、いい加減にしなさい!」
と、月夜が怒鳴る。
ぼやけた視界の中、裁也は月夜を見た。
「……邪魔、するなよ……」
「アンタ、自分が今どんな状態か解ってんの!? 死ぬわよ、いい加減!!」
首の襟を引っ張られ、裁也はガクンともたれかかる。
「見なさい! アンタ、もう限界なのよ! ここで能力の使用、止めとかないとココから出ても命の保証ないんじゃないの!?」
「…………だろうな」
「だったらっ!!」
グイッと、月夜を裁也は押しのけた。
「……ここで俺は、死ぬわけにはいかない。俺はまだ、如月結維を、助けていない……。死ぬのは、ここから彼女を出してからだ……」
「バカじゃないの! バカじゃないの!? その為に、アンタは死んでも構わないって言うの!? 他人の為に、自分が死んでもいいって言うの!?」
「……そういう、わけじゃないさ……。誰でも、じゃない……。俺が、命を賭して護るのは、如月結維、ただ一人だ……」
「ハァッ!? それがバカだって言ってんのよ!! あの子、他人じゃない!! あの子を助ける価値が、アンタが命を捨てでも助ける価値があの子にあるの!?」
「あるさ。俺を救ってくれた人の妹なんだ……。それだけで、俺が命を捨てるには、十分な理由だ……」
「――ッ!! もういい!! 勝手に死ねッ!!」
裁也の説得を諦めたのか、月夜は腕を組んでそっぽを向いてしまった。
裁也は意外な彼女の一面を知り、微笑んだ。
「悪いな、皇月夜……」
返事は返ってこない。
裁也の双眸が銀色に輝く。
不可視の剣は、銀色の光を帯び、その刀身を現した。
裁也は銀色の剣を振りかぶり、瓦礫の山に向けて振り下ろす。
刀身から銀の光が迸り、空間内を満たしていく。
裁也の意識も眩い光に包まれ、やがて白い闇に呑み込まれた。
霞みゆく視界の中、最後に視たのは如月結維の顔。
花蓮の妹である彼女は、穏やかな寝顔をしていた。
その寝顔に、如月花蓮の面影がよぎる。
――花蓮、約束は護ったぞ――
裁也は微笑みながら、目を閉じた。
真っ暗な闇に世界が染まる。
石杖裁也は無音の闇に落ちていった――――
これにて第二章終わります。
そして雲隠れします。
だ、第三章なんて考えてるにキマッテルジャナイデスカ。




