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ペルソナ  作者: ウミネコ
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第二章『皇製薬会社の闇』第二十五話

 時間が停止した。

 時の流れが凍結した。

 燃え上がる獄炎。

 むせ返る熱気。

 室内を侵食する白煙。

 パチパチと爆ぜる建材。

 地獄の底の様な風景の中、石杖裁也は言葉を失っていた。

 喉がカラカラに渇き、言葉は途中で止まっていた。

 霞む視界に在るのは、かつて裁也が憧れていた人。

 フィクサーになって、人間らしさを失った裁也に感情を取り戻してくれた人。

「如月……花蓮ッ……!!」

 呼ばれた女性は――ゼロは裁也を踏み躙り、微笑んだ。

 かつての皇零が笑った顔と、如月花蓮の表情が重なる。

「二年ぶり……と言えばいいのかしら? 貴方とセントパレスチナタワーで別れた後からだから、それ位よね?」

 優しく、囁くように降る言葉とは裏腹に、裁也を踏みつける力は強くなる。

「グ……ギッ……!!」

 メキメキ、と頭蓋が軋む音がする。

 頭痛がし、吐き気をもよおした。

「裁也……。何で、私と来てくれなかったの……? 私、貴方を待っていたのに……」

「――ッ!?」

「貴方と私で、ゼロを支えれば、世界だって変えられたのに……、それだけの力が貴方にはあったのに……、どうして、どうして拒んだの……? どうして、私達の道を阻んだの……?」

「……俺はっ、ゼロに共感出来なかったッ……! それだけだ……!」

「――嘘」

 花蓮は裁也を踏むのを止め、苦痛にゆがむ彼の顔を覗きこんだ。

 妖艶に微笑み、自分の唇を指でなぞり、裁也の唇につける。

「貴方は、ゼロに嫉妬していた。――そうでしょ?」

「――――――ッ!」

 裁也の目が大きく見開く。

 自分の心中を言い当てられ、動揺する。

「貴方は、私がゼロと仲睦まじく話している姿を見て、激しく嫉妬した。彼と一緒にいる私を見て、私にも怒りを覚えた。まるで自分だけが知っているお姉ちゃんを、見知らぬ他人に取られた弟のように、ね……」

「………………」

「だから、貴方は私が秘密を打ち明けた時、貴方はその場を去った。当時の私には理解出来なかったけれど、それも今なら分かる……。貴方が、私の事を好きだったっていう事実に」

「………………」

「そして貴方は、私達の夢の前に立ちはだかった。嫉妬にまみれ、怒れ狂い、湧き上がる衝動に身を委ね、私とゼロを引き裂いた……」

「………………」

「分かる、裁也? 貴方が私を殺したのよ? 夢を破ったのよ? 貴方が――私を壊したのよ!?」

「………………」

 裁也は無言で花蓮を見つめる。

 その胸中に過るのは、過去の罪悪だろうか。

「これ以上、私から何を奪うというの!? 結維を――私の最愛の妹も私から奪うの!? 結維の記憶を無理矢理捻じ曲げてでも、私から妹を奪うというの!?」

 ビシッと花蓮は結維を指差す。

 お姉ちゃん、と結維は呆けた様に呟いた。

「……だから、私は貴方を殺さなければならない。妹を――結維を貴方から護るためにもね……」

 花蓮は不可視化の剣を掲げる。

 確かな殺意を持った冷淡な瞳。

 動作に迷いがない花蓮は、裁也を殺すのだと結維は悟った。

「お姉ちゃん! ダメッ!」

 結維は慌てて花蓮に飛びかかる。

「裁也を殺したらダメだよ! そんなの絶対ダメ!」

「……結維、離れてなさい。大事な身体なんだから、不注意で怪我とかされたくないの」

「でも……っ!」

「離れなさいッ!!」

 腕を振り回し、結維を投げ飛ばす。

 背中を打ち付け、苦悶の声が漏れる。

「……ごめんなさい、結維……」

 謝り、花蓮は結維に背を向ける。

 そして裁也の眼前まで寄り、剣を掲げた。

 裁也は顔を背け、自分の最後を直視しようとしない。

 花蓮は、垂涎、陶然、歓喜、愉悦、様々な感情に心酔し、宿敵の死に陶酔した。

 憎っくき宿敵をこの手で葬れる事に、神に感謝した。

 ――祝え。偶然の女神に感謝し、殺戮者である石杖裁也を、この世界から抹消する機会に恵まれた事を祝福しろ。

 ――呪え。この世に生を賜り、人々を支配する事でしか自らの存在価値を証明出来ない皇零に、憎悪の塊をぶち撒けろ。

 呪われた血に福音を。

 結末である死に栄光を。

 悪魔すら超える皇零を、崇め奉れ。

 クツクツと笑い声がこぼれ落ちる。

 王たる自分を一度殺した罪を後悔し、懺悔しながらこの世から去れ、と花蓮は剣を振り下ろす。

 その瞬間――

 

 花蓮の剣が弾かれた。

 

「――ッ!? 何ッ!?」

 続けて嗤い声。

 足元から聞こえる、愚者を嘲笑う死神の哄笑。

「石杖……裁也……?」

 黒く淀んだオーラを纏い、石杖裁也が立ち上がる。

 金と銀の双眸で、如月花蓮を見据えている。

 瞳の奥底は、暗く、虚ろだ。

「……お前……皇……零か……」

「ッ!?」

 花蓮の心臓が、ドキリ、と跳ねる。

 石杖裁也には、如月花蓮の身体に皇零の人格が備わっているとは言ってないが……

「……ックック。何だ、お前皇零か……。花蓮の顔をした、皇零なんだな……」

「馬鹿な事言わないで! 何で私が、彼だと言うの!? どこからどう見ても、如月花蓮じゃない!?」

「成る程、成る程……。それはそうだ。容器は花蓮だからな……。人は皆、外見で全てを決める……」

「な、何を……!」

「だけどな、俺にはこの〝眼〟がある。一からではない、俺だけのオリジナルの力……」

 ギラつく金と銀の瞳。

 車輪の様に重なり合い、その視線は魂の在り方を視ている。

「……そのカラクリがどうなってるのか、俺にはさっぱり解らない……。だが一つ確実に言える事がある。お前は、如月花蓮じゃない。紛れも無い皇零だ!!」

 分子刀を裁也は振るう。

 花蓮は、ギリギリで躱す。

「や、やめてよ!! 私を殺す気!?」

「……視えるんだよ。俺にはお前のペルソナが……、皇零の、ドス黒い、薄汚れた魂がなあ……!!」

 獣の咆哮を上げ、裁也が迫る。

 花蓮は――皇零は、剣を構え打ち合う。

 一撃、二撃、三撃……。

 裁也が振るう剣は、重くのしかかる。

 一発一発に、怒りと憎しみが込められ、今の肉体では裁也の力に対応しきれない。

「ウオオオラアアァァッ!!」

 ガギン、と一際盛大な音を放ち、花蓮の手から剣が弾かれた。

 蹴りを見舞われ、花蓮は呻く。

 眼前には、可視化した剣の切っ先を突きつけられた。

「チェックメイトだ、皇零」

「……本当に差を着けられたものだな、石杖裁也」

「その姿と声で、俺の名をさえずるな。――反吐が出る」

「反吐が出るついでに、私が死ぬ前にどうしてこうなったのか興味はないかな?」

「ないね。知りたくもないし、知ったら――呪われそうだ」

「フッ……そうだな」

 殺せ。

 裁也に言うと、彼は剣を振り下ろす。

 だが――

「ダメェッ!!」

 ――結維が乱入し、裁也の腕にしがみつく。

「ッ!? 何するんだ! 放せ!!」

「お姉ちゃんを殺さないで!!」

「話を聞いていなかったのかっ!? コイツは、花蓮の皮を被った皇零なんだよッ!!」

「そんなの、分かんないよッ!! だって……! だってぇ……! お姉ちゃんは、お姉ちゃんなんだよッ!?」

「だがコイツは、ゼロだ! ここで逃せば、更なる悲劇を呼び起こすぞ!」

「で、でもっ……!」

 結維の悲痛なる叫び。

 せっかく逢えた姉を殺そうとする裁也と、結維が相争う姿に、花蓮はほくそ笑んだ。

 二人は気付いてないが、花蓮には確信している事がある。

 それは――

「――グルアアアアッッ!!」

 狂気に駆られたロゼが燃え盛る室内に飛び込んできた。

 ――来たか。

 花蓮は立ち上がり、ロゼに呼びかける。

「ロゼッ! プログラム通りに持ってきたか!?」

 ロゼは腕に抱えている、在るモノを花蓮に届ける。

 花蓮は首肯し、

「ではフィクサーと戯れろ!!」

 と命令した。

「グルアアアアッッ!!」

 ロゼが裁也に襲いかかる。

 結維を突き飛ばし、裁也はロゼに腕を噛まれた。

「チッ……!」

 裁也がロゼと戦っている間に、花蓮はヘリが待機している出口へと逃げていく。

「お姉ちゃん! 待って!!」

 結維の叫びで花蓮は振り返った。

 ……スペアは大事だが、今はこの命の方が大事だ。代替品はまた見つければいい。

 花蓮は思考を切り替え、崩落する研究所から立ち去った。

「お姉ちゃん、待って! お姉ちゃん! お姉ちゃ――ん!!」

 結維の叫びが虚しくこだまする。

 皇研究所。

 崩壊していく建物は、ゼロの墓地ではなく、裁也達の墓場へと貌を変えていった――

夏まゆみさんが書いたビジネス書『エースと呼ばれる人は何をしているのか』を知っているだろうか?

今、読んでいる最中ですが色々と身のためになると思っています。

小説家たるもの、色々な本に手をだすべきだと思っている今日この頃……。

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