第二章『皇製薬会社の闇』第二十話
「ハァ、ハァ、ハァ……ッ、アイツ、許すまじ!」
裁也に置き去りにされた後、結維はすぐさま彼を追いかけていた。
だが裁也の速度は異常で、常人の結維にはとてもだが追いつく事は不可能だった。
ゼイゼイ喘ぎながら走っていると、少し離れた先から人の大声や、騒音が聞こえてきた。
……あと少しだ。
そう思い、力を振り絞って走るとやっとの事で現地に到着した。
「わっ……ひどい……」
皇の広大な研究所は悲惨な様相を呈していた。
大量の野次馬と、入り乱れる救助活動する人々。
炎上し、瓦解していく建物。
不安で怯える関係者や、焦燥に駆られる消防員達。
結維は、コレと似た光景を、知っている。
(……頭、痛い……)
もうもうと立ち込める白煙を吸ったせいか、はたまた焼け焦げた熱気に当てられたせいか、結維は気分が悪くなり、その場にしゃがみこんだ。
ズキズキと頭が痛む。
脳裏にチラつく見覚えのない風景。
結維とよく似た女性が、誰かに向けて叫んでいる。
翻す黒い外套。
黒い仮面は割れ、ゼロは素顔をさらけ出す。
裁也は泣き崩れ、彼の慟哭が結維の胸に突き刺さった。
そしてこぼれ落とす、大切な人の手――
「……嬢ちゃん! 大丈夫かい!? お嬢ちゃん!!」
ハッと気づき、結維は自分の手を見つめた。
そして声の主を見上げる。
「あ……」
「大丈夫かい!? 具合悪いか!?」
消防員が一人、結維の様態を心配し、肩を揺さぶっていた。
「いえ、大丈夫です……。ちょっと、熱気で気持ち悪くなって……」
「ここは危険だ! 具合悪かったら、あっちに救急車がある! そこで休んでけ!」
「あ――ありがとうございます」
結維がお礼を言うと、消防員はまだ消火活動が終わらない地点へと駆け出していった。
(……そう。あの時も私は、石杖君に心配されて、置いて行かれた……)
結維は立ち上がり、フラフラと歩き出した。
壁沿いに進み、時折、休みながら一歩一歩足を動かす。
(あれは、全くの偶然だった……。そう、私はあのホテルの外で、ライブをしていたんだ……)
失われた記憶の断片が、次々と繋ぎ合わさり、過去のエピソードを構築していく。
脳は過負荷で既に悲鳴を上げていたが、結維は追憶を中断しなかった。
(……ライブをしている最中に、爆発が起きたんだ……。避難しようと思ったら、そう……あの人を、見た――――あぐっ!)
頭痛が悪化する。
脳が軋み、文字通り頭が割れそうだ。
呼吸は荒くなり、自分がまともに歩けているのかも定かではない。
(……私は、あの人を追いかけた……。ホテルに入っていく、あの人を……。そして、石杖君に、逢ったんだ……)
膝がガクガクと震え、結維は壁にもたれかかる。
喘ぎながら見上げると、空は真っ赤に染まり、灰色の雲をたなびかせていた。
(石杖君と一緒に、ゼロの側にいるあの人を、私は、助けようとしたんだ……。そして、私のミスで、石杖君をピンチに追い込んだ……。でも彼は諦めないで一人で、ゼロを追い詰めた……)
涙が滲んだ視界で、黒い影が映る。
(……ゼロは、死にそうになった彼は、あの人を人質にとり、裁也を脅した……。そして、無用になったあの人を、ゼロに心酔していたあの人を……、アイツは無情にもタワーから突き落としたんだ……)
黒い影が結維に近寄ってくる。
黒のフェイスメットを脱ぎ、意識が朦朧としている彼女の頬に、そっと触れた。
(……すんでの所で、私はあの人の手を掴み取った。……でも、ゼロは、私を――私達を嘲笑いながら、私の手を踏みつけたんだ……!)
結維は、彼女の手に触れる。
昨日の様に思い出される出来事に涙し、ニ年振りにその人の手を握った。
(……私は、この人を殺した……。私が、手を離さなければ、この人は死ななかった……! 裁也も、悲しまなかった……!)
結維は、彼女にもたれかかり、胸に顔をうずめた。
「……ゴメン! ゴメン、お姉ちゃん……! 私、お姉ちゃんを、助けられなかったよ……!」
結維は自らの姉に、過去に自分が犯した罪を懺悔した。
裁也に封印された過去は、如月結維にとって、とても耐えられるものではなかった。
だから石杖裁也は、頑なに如月結維の過去を閉ざして置きたかったのだ。それが、彼の優しさだとも知らずに……。
姉は――如月花蓮は微笑んだ。
「いいのよ、結維。お姉ちゃんは、妹を護るものなんだから」
優しく頭を擦る姉は、二年前と変わらずに柔らかい口調で結維の耳元で囁いた。
「……おね、え……ちゃん……――――」
結維は花蓮に抱かれながら、微睡みの安寧へと落ちていく。
如月花蓮は、最愛の妹を手中に収め、ほくそ笑んだ。
黒いマントを羽織った花蓮は、まさにゼロの姿そのもの。
花蓮は結維を抱えながら、皇研究所へと姿を消していった……。
睡眠時間を最低六時間とらないと、パフォーマンスが低下すると一般的に言われている。
どっかの芸能人は三時間睡眠で大丈夫だと聞いて、随分羨ましく思った。
三時間睡眠に挑戦したが、結局、無理だった。
自分なりの睡眠方法を定着させないと、やっぱりダメなんだよなと思う。
ボーっとしてたら全然書けないのでビックリした昨日だった。




