第一章『学校占拠事件』三話
「じゃあねー、結維! また明日学校でねー!!」
「うん、しぃちゃん! またねー!!」
手を振って駅で別れる。
改札に入っていく詩音を見送り、完全に姿を失った後、結維は深くため息を吐いた。
「疲れた……」
げっそりとして、近くのベンチに座る。
ロゼの説教から解放された後、すぐさま駅前のカラオケボックスで詩音と合流したが、待っていたのは詩音の叱責だった。
『遅い!!』と言われ、罰としてYUIの歌、フルコースを歌い、更に詩音に付き合ってフリータイムギリギリまで歌っていた。
おかげで喉がガラガラで痛い。こんな事じゃ、プロ失格だ。
結維は近くの自販機でお茶を買い、痛めた喉を潤した。
ふぅ、と軽く息をついてバックから白い仮面を取り出す。
「さぁて、それじゃあ本番と行きますか」
仮面をつけ、立ち上がる。
そして結維は駅前で歌を奏で始めた。
自身の詩を。
自分の歌を。
アンダーグラウンドの歌姫――YUIとして、ストリートライブを開始した――
「ふああぁぁっ……」
如月結維はクラスの自席で大きくあくびをした。
「何よ、結維。どうしたの? そんなにでかいあくびしちゃって」
「う~ん……。昨日、疲れちゃったから寝足りないんだよぉ……」
「疲れちゃってって……。何よ、だらしないわねぇ。オールしたわけじゃないし、昨日は早めに切り上げたじゃん」
「うん……。まあ、そうなんだけどさ……」
そう言って結維は目を閉じて机に突っ伏す。
そんな結維の態度に詩音は呆れ、ため息を吐いた。
「もう、だらしないんだから……。そんなんじゃ、彼氏できないぞ」
……うるさいなぁ。
結維は寝返りを打ちながら考える。
しぃちゃんは今しか出来ない青春を、というモットーで、恋に、遊びに精を出している。
如月結維にとって、青春は〝歌〟が全てだ。
結月詩音はミーハーな所があって、ネットシンガーの『YUI』に憧れているようだが、それも時間が経過すれば忘れてしまう程度の憧れだ。流行りなんてそんなものだ。
でも如月結維にとっては違う。
YUIの正体である如月結維にとって、歌を歌う行為は人生そのもの。
如月結維から歌を奪ったら、死んでしまう。そう自負している。
呑気に彼氏など作っている暇などない。
だって私は、私の歌をもっと皆に聴いてもらいたいのだから――――
結維が心の中でそう考えていると、詩音が「ねぇねぇ」とスマフォ片手に話しかけてくる。
「YUIのファンクラブの情報なんだけどさ、それによると、昨日YUIが駅前でゲリラライブしたらしいんだよね」
「へぇ~、そうなんだ」
「そうよ! きぃー! 悔しいなあ。何でこんなタイミング悪いのよ、もう! アンタ、見た?」
「見てないよぉ。私も、しぃちゃんと別れた後、すぐ帰っちゃったもん。その情報も、いま知ったよぉ」
「だよねぇ……。はあ~……、YUIって、噂だとこの辺の人だっていう話らしいんだけど、なかなか巡り合えないよね……」
「噂だから、しょうがないんじゃないかなぁ? 私は、都内の人だって聞いたし」
「噂はしょせん噂かぁ……。チェッ」
すねた様子の詩音が面白くて、結維は内心で笑ってしまう。
ネットシンガーYUIの事は、詩音に話していない。
下手に話して、話が大きくなってしまうのを怖れてるためだ。事務所の人にそう釘を刺された。
なので、詩音には話せないでいるのが、結維は少し心苦しい。
「あ、そうだ。結維、コレ返すよ」
「え?」
スッと詩音が差し出したのは、昨日結維が詩音にあげたYUIの限定アルバムだった。
「どうして? しぃちゃん、あんなに喜んでたじゃん」
「あ……、いや、まあ、すごい嬉しかったんだけどさ、やっぱり悪いよ」
「そんな事ないよぉ」
「あるって。だって、アンタがどんだけ苦労してこのCD手に入れたのかって考えると、私、受け取れないわ」
販促CDだから、別に苦労してないんだけど。
そう口に出しそうになって、かろうじて呑み込んだ。
渋々と詩音からCDを受け取った所で、英語担当兼クラス担任のロゼが教室に入ってくる。
「ハイ、みんなおはよう。朝のホームルームを始める前に、転入生を紹介するよ」
クラスの皆がどよどよと騒がしくなった。
「ハイハイ、落ち着いて。……それじゃ、入って」
ロゼに促され、教室に一人の男子が入って来た。
いつかどこかで見た事のある、男の子……。
彼は壇上に上ると、はにかみながら挨拶をした。
「石杖裁也って言います。どうかよろしくお願いします」
結維の心は、彼の声を聞いた瞬間、激しく掻き乱された――




