第一章『学校占拠事件』十七話
学校占拠事件とその顛末。
『トライブ』による竜ヶ峰高校の占拠事件から一週間が経過した。
結局、外部の人間が異変に気づき、警察による強制突入で事件は終息を迎えた。
リーダーを失った彼らは烏合の衆同然で、会館を制圧していたメンバーもあっけなく逮捕された。
竜ヶ峰の生徒や教師は、事件の状況確認や事情聴取をされた後、被害者達の心のケアを優先され、散開した。
結維は詩音と合流し、共に無事を喜び、号泣した。
裁也はそんな二人を前にして、こっそりと姿を消した。
学校占拠事件から一週間。
竜ヶ峰高校は徐々に落ち着きを取り戻しつつ、日常を再開させる。
そして結維は、一週間ぶりに姿を現した裁也に呼ばれ、屋上にいる――――
「……久し振りだね。今まで、どこに行ってたの? お礼、言いたかったのに」
屋上の柵にもたれる裁也に、結維は訊ねた。
裁也は、表情に暗い翳りを残しつつ、
「事件の〝火消し〟に徹してた」
と、告げた。
「火消し?」
「ああ。こういった事件は、それ自体が問題なわけじゃないんだ。直面してる危機は、解決してしまえばいい。本当の問題は、事態が終わった後に待っている」
「………………」
何の事かよく分からない結維に、裁也は続ける。
「いいか? 今回の一件は、世間では〝無かった事〟にいずれされる。現に、今だってそんな大したマスコミ報道をされてないだろ?」
それは確かにそうだ。
あれだけ大規模な事件があったのだ。
日本中が知っていてもおかしくないのに、そんな話を一向に聞かない。
「組織的に報道機関の規制をされてるんだ。今回の事件は〝世間に知らせるには宜しくない〟って事さ」
「……そんな話、あり得るの?」
「権力とお金があれば、ある程度は鎮圧出来る。この二つになびかない者がいれば、口を封じてしまえばいい」
「封じてしまえばいいって……」
その言葉に不穏さを感じ、結維は特に追求はしなかった。
まるで、死人に口なしというように。
「でも、今回の事件で死んでしまった生徒たちの家族はどうなるの? 黙ってるわけにはいかないんじゃない?」
結維の当然の疑問に裁也は頷く。
「彼らは死んでも構わない人間――むしろ、この世から消えてしまった方が、世間が喜ぶ類の人間だった。『トライブ』の連中は、よく知らべてある。入念にね」
「そんな! 死んでもいい人間なんて、この世界に一人もいないわ!」
「君の怒りは普通の反応だ。現実を知らない理想だけを追求した戯言」
「――ッ! 何を……!」
裁也は世間を知らないお嬢様にも理解出来るように説明する。
「初めに、一番最初の殺された金髪の彼。彼は裏で弱者をいたぶっていた。竜ヶ峰の生徒達から金を巻き上げ、家族までも恫喝しその人達の人生を大きく狂わせた。金髪の彼は何も罰せられず、被害者たちは自死を選んだ人達もいる。彼はそんな善良なる人を嘲笑っていた。君は、これが世間で言う正しい人間だと言えるかい?」
「………………」
「もう一人の死んだ彼女。彼女は学校内における売春組織のリーダーだった。
客は竜ヶ峰の教師や生徒、街をうろつく大人達だ。
結構、大がかりな組織でね。小遣い稼ぎにしては稼ぎは上々のようでね、皆秘匿して彼女から甘い汁を吸っていたようだよ。
自分は手を汚さず、目をつけた女生徒の弱みを握って、脅してた。
君は、彼女が世間にいい影響を及ぼすと断言出来るか? むしろ、死んだ事で助かったと言える人間が、多いんじゃないかな?」
「それは…………」
答えられない。
仮に裁也の言う事が本当だとしたら、『トライブ』がやった行為を正義と肯定する事になる。
断じて認められる事ではない。
ないのだが……でも…………。
「……やっぱり、人が死ぬのは、悲しいよ……、石杖君」
涙を流す結維に、裁也は微笑んだ。
「やっぱり君は、優しい人間だ」
彼女の涙を、裁也は指ですくう。
「? 石杖……君?」
「如月結維。君は、前に僕がした質問を覚えているかな?」
コクン、と結維は頷いた。
「君は、自分の日常を尊いというのなら、それを守れ。そして、君の日常を脅かすモノは、僕が排除する」
告げた後、結維から離れ裁也は出口に向かう。
結維は、彼の背中に訊ねた。
「……どうして? どうして、私に、そこまでしてくれるの?」
「――それが、〝約束〟だからだ」
「約束? 約束って、何の?」
裁也はその質問に答えず、別の事を言う。
「如月結維。君は今後、僕に関わるな。――さようなら」
「え? ちょっ――――」
別れを告げ、裁也は去っていく。
結維は彼から確かな拒絶を感じ、その場に縫い付けられたように、動けなかった。
「……バカ。助けてくれたお礼くらい、ちゃんと言わせてよ……」
呟きは宙に霧散する。
あの事件の時に蘇った、過去の記憶。欠落した断片。記憶の底に沈んでいた、大切な何か。結維の失われた過去を結ぶ、ミッシング・リンクである石杖裁也。
「フン。次に会った時には、絶対にお礼を言ってやるんだから」
拳を握り、一人宣言した。
結維は屋上から空を見上げる。
どこまでも澄み切った青空が、上空には広がっていた。
その日。
仮面犯罪者ゼロが復活を宣言した。
日本を、世界を、震撼させる。
事件はまだ終わらない――――
これにて第一章おしまいです。
次からは第二章、始まりますので、引き続き拝読下さい。




