第一章『学校占拠事件』十六話
「すぐに撤退するわよッ!!」
ロゼは屋上に着くさま、声を張り上げて部下に命令した。
『トライブ』のメンバー達は、ロゼの有り様を見て動揺した。
「だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫ではない!! 触るな!! 馬鹿者がッ!!」
メンバーの一人が心配するも、ロゼは無下にする。
屋上に待機する飛行機に、さっさと乗り込むよう命令した。
「如月結維を乗せたら即時退却! さっさと動きなさい! 遅れたら――〝死神〟に殺されるわよ!」
真顔のロゼに、メンバー達は信憑性を感じ、ゾッとした。
そしてテキパキと動き始める。
やっと動き始めたメンバー達に苛立つと、不意に通信機が震えた。
ロゼは画面に表示される番号を視認し、チッ、と舌打ちする。
出たくないが、出資者の機嫌を損ねるわけにはいかなかった。
「――もしもし」
『おっそーい! ロゼったら、出るの遅すぎ!!』
――まだ三コールしかしてないだろ。
怒りで相手にそう言いたかったが、胸中で済ませる。
『私の電話にはすぐに出てって、いつも言ってるじゃない!』
「はぁ、申し訳ありません」
『謝っても許さないんだからね! ――それでそれで、首尾の方はどうなったの? うまくいった?』
「――ええ。八割ほどは上手くいってます。如月結維も既に手中に収めているので、後はそちらに向かうだけです」
『そうなの? おめでとう! じゃあ、もうすぐ彼女、手に入るのね!』
「はい。無事に戻れればですが……」
『? 何おかしな事言ってるの? ――まさか、この私の完全完璧な計画に狂いでも生じてるわけ?』
「いえ、そういうわけでは……――ッ!?」
唐突に、ガラスが砕け散る音が聞こえた。
フィクサー――石杖裁也。
別名――死神。
どんな相手も見逃さない、ゼロさえも殺した男がこちらを見据えていた。
「――ッ!! すいません、電話切ります!!」
『え? ちょ、ロゼ――――』
ツーツー、と虚しい電子音が響く。
通話を絶った直後、すぐにまた電話が鳴り出したので、ロゼは電源を落とした。
出資者の機嫌を窺ってる場合ではない。
このままでは目的はおろか、自身の命さえ落としかねない。
彼女の機嫌を損ねたので、先の命も怪しいが、今は目先の命だ。
石杖裁也が、標的を捉え、疾走する。
「い、行きなさい! 奴を殺せば、十倍のお金を払うわよ!」
メンバーに命令し、ロゼは結維を連れて飛行機へと走る。
裁也に向ったメンバーは、嬉々とした表情を浮かべ、銃を発砲した。
裁也は弾道を完全に読む。
自身の頬に弾丸を擦過させて回避する。
――焼けるような痛み。
だが裁也は駆けるスピードを落とさなかった。
目にも留まらぬ速さで、男の脇腹を一閃する。
「こ、この野郎! 俺様が相手――――…………」
メンバーの一人が倒れたので、もう一人が裁也に向った。
直後、飛来したナイフが男の右腕に突き刺さる。
動揺してる間に、裁也に距離を詰められた。
そして顎を掌底で打ちぬかれ、意識を昏倒させ地面に倒れた。
(あ、あっという間に、二人を倒された……ッ!)
ロゼは恐怖で震える。
この場にいるメンバーは皆、選りすぐりの傭兵なのだが……。
「――私が行きましょう」
飛行機の側にいた男が、ロゼの横を駆け抜ける。
サバイバルナイフを携え、裁也に斬りかかった。
裁也は足を止め、男と剣戟を繰り広げる。
何合か打ち合うと、裁也は懐から何かを取り出し、それで男を払った。
直後、男は動きをピタリと止め、地面に転倒した。
(……な、何をしたの!? アイツは!?)
ロゼは裁也の手元に注視する。
そこには、〝柄〟のようなモノがあるだけだった。
(あ、あんな棒きれで、人を倒したというのっ……?)
石杖裁也の異名――死神。
フィクサーを生業とする彼は、その名の如く人殺しに特化していた。
(こ、殺される……? この私が……?)
意識した瞬間、ロゼは恐怖に襲われた。
肉体と精神がバラバラになり、四肢のコントロールが上手く行かず、足を縺れさせ転倒する。
「きゃっ!」
結維の悲鳴を聞き、ロゼは咄嗟にある作戦を思いつく。
「どうやら、終わりのようだな」
追いついた裁也の声を背後で聞いた。
刹那、ロゼは即席の作戦を実行した。
「……何の真似だ?」
「い、いいい、一歩でもそこから動いて見なさい! こ、こここ、このこの、この娘の命の保証はないわよ!!」
「ひ――う……!」
ロゼは銃口を結維の喉元に突きつけた。
結維の表情は恐れで苦悶に歪んでいる。
「ほ、ほぉら、ど、どう!? どうかしら!? 一歩も動けないでしょう!? あ、貴方は、私に負けたのよ!!」
叫ぶロゼに、裁也はため息を吐いた。深く深く、どうしようもない奴だというように。
「ハ、ハハハッ! 蔑むなら蔑みなさい! 勝利すれば、何をやってもいいのよ!! 生き残れば、全てが解決する!! そうよ、全てが……ッ!! ヒヒ、ヒヒヒッ、ヒィーヒッヒッヒ……!!」
ネジが外れた様に笑うロゼを、裁也は半眼で見据える。
そして、先ほどの柄を構えた。
「……勝てば、全てが解決する、ね。……なるほど、アンタの言う通りだ」
「え、ええ! そう、そうでしょ!! それがこの世の真理!! この世界の現実!! 勝者が弱者を喰らう権利を持つのよ!!」
「そうだな。お前の言う通りだ」
「なら、ここから消えなさい!! 敗者が、勝者の前に立っているなんて、目障りだわ!! 私の目の前から、消エロォォッッ!!」
結維に向けていた銃を裁也に向ける。
瞬間、銃は真っ二つに切り裂かれた。
「ヒ、ヒィ……ッ!!」
「……俺は如月結維を助ける義務があるんだよ」
驚愕するのも束の間、裁也の双眸が銀色に輝いている事に気付いた。
「あ、貴方、その目……?」
「本当に、本当にアンタはゼロにそっくりだ。俺に、この瞳を使わせるなんてさ……」
裁也の瞳が銀色から金色へ切り替わる。
「ここまでゼロと君が酷似していると、本当にゼロが復活したと錯覚してしまうよ」
「う……うう……」
ロゼは結維を手放し、後ずさる。
「アンタと彼が違っていたのは、思想だった。奴はどんな手段を使ってでも、達成したい目標があり、その信念に動じる事はなかった……」
「う……ううう……!」
「だけどアンタは違う。アンタは、俺の瞳が変わった位で動揺した。自分が殺されるかもしれないと思って、目的を投げ出した。ゼロの〝ペルソナ〟をなぞらえただけの、模造品……。――お前には、自分の信念を貫く背骨が、無い!」
「ううう……! うううっ……!!」
「だからアンタはここで終われ! ここが、アンタの終着点だッ!!」
「ううッ! うううッ!! ――うああぁああっっ
――!!」
ロゼが反転して走りだした。
恐怖に震え、死に怯え、未来に絶望した。
裁也は彼女を追いかける。
ロゼは逃げる。逃げて逃げて逃げ続けた。
やがて、逃げ続けた先は屋上の落下を防ぐ柵だった。
ロゼはそれすらも乗り越え、崖っぷちに留まる。
飛び込む視界の景色を――――遠く感じた。
かろうじて保っていた理性だったが、それも迫る裁也を捉えて、崩壊する。
――ここを飛べば、ヤツから逃れられる。
哄笑が、腹の底から飛び出てきた。
「フヒ、フヒヒッ! ワタ、ワタシは、アンタに勝つ! 勝つ方法を、編み出したあっ!!」
「……?」
「ソ、ソレを、これ、これ、これから、ショウメイしてやる!!」
「――ッ!? 待てッ!!」
ロゼが何をするか察し、裁也は即座に柄を引き抜き、薙いだ。
だが一歩遅く、ロゼは宙空に飛んだ後だった。
裁也の脳裏に、『ロスト・クリスマス事件』の顛末がリフレインする。
――サヨウナラ――
過去に大切な人を眼前に失った悲しみが押し寄せる。
永遠を約束する空へ飛んだ彼女は、安堵の笑みを浮かべながら、地面へと落下していった――――
「……ッ! 本当に、馬鹿野郎がッ!!」
裁也は顔を俯け、吐き捨てた。
裁也の慟哭が、飛行機のモーター音を切り裂き、澄み渡る空へと吸い込まれていく。
結維はそんな彼を、涙を滲ませながら見つめていた…………。
次で第一章は終わる予定です。




