第一章『学校占拠事件』十五話
「うあああぁぁっっ!!」
裂帛の気合を発し、ナイフを振り下ろす。
がぎん、と金属音を奏で、裁也は眼前の敵を蹴り飛ばした。
猛獣の様に這い、四肢を床に食い込ませ、ナイフを口に咥える。
そしてたたらを踏む敵に、跳びかかった。
『グッ……! 調子に乗るなッ!!』
肉迫する裁也の胸にロゼは短刀を突き立てる。
裁也は宙空で身をひねり短刀を躱した。
そして口に咥えていたナイフを手に持ち、一閃する。
ナイフの軌道はロゼの首を目掛けていた。
寸での所でロゼはしゃがみ、死の線から逃れる。
――空振り。
ホッとしたのも束の間、ロゼの側頭部を裁也の蹴りが襲う。
裁也は反転してすぐさま、彼女に蹴りをぶち込んでいた。
バイザーがプロテクターになったが、衝撃は吸収しきれず、ロゼの視界は暗転する。
『チッ……!』
かろうじて体勢を整え、ナイフを投げ捨てた。
ロゼは銃を引き抜き、裁也に向け発砲する。
「どこを狙って撃ってる」
弾丸は明後日の方角に向かい、窓ガラスを突き破る。
バリン、と派手な音を立てて、ガラス片が四散した。
元々、無理な体勢で撃ったものだ。当たるとは、微塵も思っていない。
ただの威嚇射撃だ。
石杖裁也の足を止めるための、フェイク――
『……腕を上げたな、〝フィクサー〟よ』
「そっちの名前も知っているのか? ……誰だ、お前」
『何をとぼけた事を。私は、お前が良く知っている人間だよ』
裁也は怪訝そうな表情を浮かべる。
「それはもしかして〝アイツ〟の事を言っているのか? あの伝説的犯罪者の事を」
『クックック……、そうだよ〝フィクサー〟』
「――ハッ! 莫迦が! アイツは――〝ゼロ〟はな、とっくに死んでるんだよ! お前は偽者だッ!」
『闇から私は舞い戻ってきた! この世界に新たな秩序と法をもたらすために、私は復活したのだよ!!』
ロゼは大仰に外套を翻しながら、拳を強く握り締める。
かつてのゼロと、それこそ鏡合わせのように、真似をした。
「……例えお前が本物だと言い張っても、ゼロは間違いなく死んだ。俺がこの目で、奴が死ぬのを見たんだからな」
『何を言っている? 私はこの通り生きているぞ? お前は、本当に私の〝死〟を確認したのか?』
「タワーの最上階から落ちたんだ。確認するまでもない。アレで生きてるんなら、ゼロはもう人間じゃない。化物の類だ」
『フッフッフ。かつて私は全人類に宣言した。私こそが諸君らを支配する、新人類なのだと!! 私はただの人間ではない! 現存する人間の頂点に君臨する、超人なのだ!!』
「超人、ねえ……」
『? 何がおか――――ッ!?』
不意に、裁也の眼が金色に変貌している事に気付く。
栗色だった瞳は、爛々と黄金の様な輝きを見せ、消失した。
「……ふぅ。安心したよ」
『何を……言っている?』
「お前はやはり、偽者だよ。この模造品がっ」
『――何をおかしな事を!! 私は〝ゼロ〟だ! 私こそが〝ゼロ〟なのだ!!』
「仮面をつけて、黒いマントを羽織って、ゼロの挙動を真似ただけで、本人になれるか? 本物に成りすませられるのか?」
『グッ……! 貴様、私を愚弄する気か!!』
「俺がお前を愚かだと言ってるんじゃない。お前が、自分で自分を愚かだと言ってるんだ。お前はさしずめ、死者の名を語る詐欺者だよ」
『キ、キサマアアァァッッ!!』
ロゼは激情のままに、銃の引き金を弾く。
それと同時に裁也も駆け出した。
弾丸は彼の頭上を通過する。
「――そしてアイツは、滅多に感情に流されるヤツじゃなかった」
『――ッ!?』
裁也のナイフがバイザーを突き破る。
ナイフはロゼの瞼を裂き、破片は彼女の顔を抉った。
『……ッ!? ――イヤアアァァッッ!!』
変声機の声と、女性特有の甲高い声が入り混じった不協和音が廊下にこだました。
ロゼは左目を負傷し、片膝を着く。
真っ赤な血がバイザーの下から流れ落ちた。
「……そして何より、ゼロは女じゃなかった」
砕けたバイザーから覗かれる偽者の素顔に、裁也はいささかの動揺も見せなかった。
跪くロゼに、裁也はナイフを突きつける。
「終わりだ。如月結維を返してもらおうか。そうすればアンタの命は見逃してやる」
「……フッ……ククッ……!」
ロゼのこぼれた笑いに、裁也は訝しむ。
「まだよ! まだ、私は負けていない!」
「? 何を言って――――ッ!?」
ロゼのマントの下から、手榴弾がこぼれ落ちる。
――爆発する!?
裁也は咄嗟に後退し、ロゼから距離をとった。
ボン! 爆発し、白いガスが廊下を覆っていく。
「発煙弾か!」
裁也は息を止め、窓を解放していった。
廊下の空気を循環させ、白濁した気体を外へと逃がす。
白く霞む視界の中を凝視するも、ロゼは既に消えていた。
「チッ……! 往生際の悪い……!!」
床に滴る血の痕を追う。
血痕は、屋上に向かう階段へと続いていた。
「本当に、アンタは何から何までそっくりだよ。ロゼ先生……!」
ロゼとゼロ。
名前まで類似する彼女を――ゼロの亡霊を、必ずこの世界から抹消する――
裁也はナイフを握り締め、駆け出した。
推敲すれば推敲するほど、良い文章が書けるかもという罠に嵌ってました……。
何回も見直して文章を直し、そしてまた元に戻すという愚行。
……物語はそろそろ終幕します。




