第一章『学校占拠事件』十三話
「ねえ結維。貴女には『信じるもの』はある?」
信じるもの?
それは自分自身だと伝えた。
「そうね。貴女には、〝歌〟があるものね。だから自分に自信を持っていられる……」
でも、私には何もないと眼前の女性は言う。
結維は困りながらも、逆に問いかけた。
「そう……。そうね。私は、自分を信じられない。それだけの自信を自分に持っていないの……。だから私は、『信じるもの』を他者に委ねた。他人の持つ夢に憧れたの」
?
でも、それじゃあ、自分の夢は持たないの?
眼前の女性は結維の質問に笑む。
「彼の夢が、私の夢なの。彼の持つ思想が、私の思想。彼の描く未来が、私にとっての未来。私は――彼に焦がれた。共感した。最早、彼が私にとっての私。この意味、解る?」
謎掛けのような彼女の言葉に、結維は首を振る。
「つまりね、私は彼と一緒の夢を見ているの。私の『信じるもの』は、彼。彼は、もう私にとっていないと困る存在なの」
恋をしているって事?
「う~ん、恋とは少し意味合いが違うけど、まあそんな所かな」
そうなんだ。でも、少し寂しいかな。
「大丈夫。彼も大事だけど、貴女の事もそれ以上に大切だから。たった一人の、妹だものね……」
彼女は結維の頭を優しく撫でる。
結維は微睡みの中で、彼女の顔を見ようとするが、光が眩しくてよく解らなかった。
その光は段々と光度を増して、結維を彼女を飲み込んでいって――――
「――ッ!!」
結維は手を伸ばしながら、起きた。
何かを掴もうと――水中で溺れる人間が空気を求めるような切実さがあった。
(大事な事だったと思うんだけど、何だろう……?)
額に滲んだ汗を拭い、周囲を見回す。
……見覚えのない部屋だ。
壁の材質などから見ると、竜ヶ峰高校には間違いないのだろうけれど。
(……普段、来ない部屋なんだろうな)
存外、自分が普段接している場所以外、知らないものだ。そこに用がなければ、行く必要もない。二年間通っている高校だが、結維は竜ヶ峰の全貌を把握しているわけではなかった。
(……結構高いな。三階……いや、四階くらいかな?)
窓から見下ろす景色の高度で、自分が今いる場所を推測する。
四階は確か、音楽室や使ってない資料室、屋上に通じる階段くらいしかなかったと思うのだが……。
(う~。じゃあ、ここって、使ってない資料室?)
シーン、と恐ろしいくらい静まり返った空間で、結維は一人身を震わせる。
そして、どうして自分がこんな場所にいるのか、記憶を検索し始めた。
「――そうだ。私、トライブって連中に連れてこられたんだ……」
直前に別れた詩音の泣きそうな顔、裁也の呆然とした表情を思い出す。
そして結維が連れてかれる時、ロゼが『トライブ』のメンバーに食って掛かっていたが……。
(しぃちゃん、大丈夫かな? あと、先生も今頃どうしてるんだろ?)
結維は二人の身を案じたが、裁也の心配はしなかった。
どことなく、彼はこういう鉄火場を乗り切れそうな気がした。
(石杖、裁也かぁ……。何か、見覚えあるんだけど……、何だろう?)
以前どこかで会った事があるのだろうか?
例えば、路上のライブで見かけたとか。
例えば、街中ですれ違ったりしたとか。
はたまた幼い頃一緒に遊んで、その記憶が脳のどこかに引っかかってるとか。
(そして二人は劇的な約束をしていて、運命的な再会を果たすのよ)
クスクスと笑って現実から逃避する。
その後、ハァ~と現実を直視し、ため息を吐いた。
……こんな事をしている場合ではない。一刻も、この場から脱出しなければ。
結維は立ち上がり、窓に駆け寄った。
ロックされている鍵を外し、窓をガラッと開けて、身を乗り出す。
ビュウッ、と風が吹き、結維の髪の毛が視界を遮った。
地面は遠く、当然だが飛び降りれば即死ものだ。運が良くて、大怪我だが……。
(無理無理無理無理ッ!! 絶対に死んじゃう! 死ぬ自信しかないんですけどっ!!)
かろうじて結維一人分が通れそうな足場はあるものの、運動が得意でない自分には厳しいものがある。それに、他の部屋の窓の鍵が掛かっていたら、またこの部屋に戻って来る羽目に陥る。
(う~……、やっぱり無理かぁ)
絶望的な気持ちで、床にへたり込む。
他に脱出する場所がないか確認すると、出入口が目に入った。
当然といえば当然か。でなければ、結維をこの部屋にどうやって入れたのか分からない。
――私ってバカだなぁ。
そして監視する人を付けてない敵はもっとバカだなぁ、と思って扉に近付く。
「…………開かない」
鍵が掛かっていた。
結維を監禁しているのだから、結維が逃げないように手配するのは必然。
自明の思考の帰結に辿り着かない結維は、ムゥー、と唸りながらドアノブを何度も何度もガチャガチャと動かし、扉を開けようとする。
だが鍵が掛かっている扉は開くこと無く、諦めようとした。
その刹那――
ガチャリ、と扉が開いた。
ラッキーと思い、外に出ようとすると、正面に佇む人に、突き飛ばされた。
背中を打ちつけ、頭をさする。
「ちょっと! 何すんのよ――って……、せ、先生ッ!?」
「やっぱり、貴女はそうやって威勢が良くないとね」
結維を突き飛ばしたであろう、先生――ロゼはそう言った。
ロゼ・シュタインバーク。
結維の担任である彼女が、黒い外套を羽織り、金髪をたなびかせ部屋に入って来た。
続く。まだ続く……。
自分の構成能力の低さに、ビックリしてます。




