エピソード『0』
――ロスト・クリスマス事件。
その日、人々は大切な人を失った――
「ゼロォォッッ――!!」
「この、くたばり損ないがァァッ!!」
爆炎と轟音が鳴り響くタワーの屋上。
全身黒衣の男と血まみれの少年が、互いを殺そうと闘っていた。
私は彼らの闘いをただ茫然と眺めていて、大切な人を失った手を見つめた。
断続する爆発音と震動音。
連続する銃声と阿鼻叫喚。
空は赤く染まり、パチパチと爆ぜる音が耳朶に響く。
舞い落ちる粉雪は、炎上するタワーの熱気で、消失していった。
――肺が熱い。
――目が痛い。
――息が苦しい。
熱気でむせて、涙をこぼす。
それは自分がただ苦しいから涙を流したのか。
最愛の人を眼前で失ったからなのか、解らなかった。
やがて二人の争いに決着が着く。
黒ずくめの男は哄笑しながらタワーから落下していき、少年はその様を静かに見守っていた。
――大丈夫か?
少年は、私に近づいてそう言った。
私は彼の言葉に、わずかに頷いた。
――すまない。
彼は涙を流しながら、顔を俯けた。
――何故謝るの?
――俺は、君の大切な人を護れなかった。
――貴方のせいじゃない。多分、誰のせいでも……。
私がそう言うと、彼は「強いな」と微笑んだ。
――だけど君はいま、涙を流すべきなんだと、俺は思う。
――涙なら、いま流してるわ。
私の言葉に、彼はかぶりを振った。
――そういう涙じゃない。……そうか、君はいま悲しみが追いついてないんだな……。
そう言うと、彼はナイフを取り出してかかげた。
――何をするの?
――これから死ぬ君には関係ない事さ。
疑問に思う間もなく、私にナイフが突き刺さる。
暗転していく意識の中、少年が悲しそうな顔で呟いた。
――このまま記憶が、戻らない事を祈るよ……。
意識が暗闇に溶けていき、私の記憶はそこで途切れた。
これが私の冬の記録。
遠い、記憶の底に沈んだ忘却の物語。
後に『ロスト・クリスマス事件』と呼ばれるこの日。
私は最愛の姉を失った――
どうも。サトウタカシあらため、ウミネコです。
見切り発車ですが連載開始しちゃいます。
ピース・メーカー以来ですが、どうかお付き合い下さい。