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閑話:怖がり少女の兄が還るトコロ(兄視点)



※前話と重なるシーンがいくつかあります。











 

 (れん)は、あまり他人に興味がない。といっても、異常な程ではない。

 良く言えば冷めた人間、悪くいえば情緒が欠けた人間、と言えばいいのだろうか。

 親しい友人はいるし、友人以外とも適度にコミュニケーションを取る。

 しかし、蓮は他人に対して、何かしらの感情を抱くことなど、あまりない。


 いや、なかった。

 なぜ、そのような話をするかというと。

 珍しく、(れん)は目の前の人間に、憤りを感じていたからだ。

 蓮が睨みつけた男は、その視線を少しも気にするそぶりを見せずに、にこりと微笑んだ。

 いけ好かない、と蓮は、心の中で吐き捨てた。



















『灯が迷子になったときに提灯をもった着物の男が助けてくれたんだってさ。親父、お袋、心当たりある?』


 父と母にそう尋ねた時、2人の表情がサッと変わったことに、蓮はすぐに気付いた。


『提灯をもった着物の男・・・まさかな』


『あはは、そんなまさか』


 父と母は、顔を見合わせて、ひきつった笑みを見せた。その時から嫌な予感はしていたのだ。


『明日、お父さんの実家に帰る。準備をしとけ』


 いつもは見せない固い表情の父を見て、蓮は、嫌な予感は当たっていたことを実感する。

 母は天涯孤独だということは聞いていたが、父の実家は違和感を覚えるほどに話題が上がらなかった。

 その時点で、父の実家には“良いこと”はないのだろう、と思っていた。

 そして、その予想は当たっていた。



















 まず、父の実家であるという屋敷の敷地内に入った瞬間、“人にならざるモノ”の気配がたくさんあることに気づいた。

 玄関には“お七”という名の蛇女がいた。時折、蛇特有の細長い舌をぺろりと出して、嫌な目で(あかり)(れん)を見る。

 (あかり)と何故か引き離されて、髪をひかれるようは思いになったが、母と一緒だから大丈夫だろう、と自身を言い聞かせて、お七について行った。


 廊下を歩くと、たくさんある障子の部屋から、コソコソと話す声が聞こえる。

 蓮は耳を澄ました。


 タマキ ダ

 タマキ ガ カエッテキタ

 オイシソウ

 ウシロ ノ オトコ モ オイシソウ

 アレ ハ タベテイイカ

 ダメダ

 オヤカタサマ ニ シカラレルゾ

 クスクスクス


 最悪だ。

 父の実家は、化け物の巣窟だった。

 父の横顔を盗み見ると、顔面蒼白で冷や汗をかいていた。

 なるほど、怖がりな父は、確かに帰りたくはないだろう。父の様子がいつもと違ったのは、そのせいだ。

 蓮はそう決めつけた。


 しかし、数時間後、本当の理由を、“いけ好かない従兄弟”から知ることになる。




 蓮と父は、囲炉裏の部屋に案内された。お七は静かに姿を消した。

 蓮と父は、囲炉裏の周りに座り、暖を取る。


「親父、灯とお袋はどこに行ったんだ?」


 蓮がそう聞いたら、父は「ああ」とだけ答えて、ぼうっとしている。


「聞いてんのか?」


「ああ」父からの反応は、それしかない。


 やはり、いつもの父ではない。

 異常を感じつつも、無理に深追いはしないことにした。

 しばらくすると、廊下から元気な足音が聞こえてきた。品のない足音は、明らかに、灯のものだ。

 案の定、お七に案内された、灯と母が部屋に入ってきた。


 灯は蓮を見ると、慌てた様子で蓮のそばに身体を寄せて、隣に座る。

 囲炉裏に手をのばし、暖をとろうとしているその横顔は、いつもより青白かった。髪の毛も濡れている。

 “なにか”に何かされたのか、冷やっとしたが、聞いたら、禊に行っていたらしい。


 昔から、生理や出産があるせいか、血と隣り合わせである女は“不浄のもの”とされている。禊をしたということは、この家も昔ならではのしきたりがあるのだろう。


 なんて、面倒なんだ。

 蓮は、お七が置いていった手ぬぐいを使い、灯の髪の毛をガシガシと乱暴に拭いた。










 灯の身体が暖まってきたぐらいに、着物の娘が部屋に来た。

 その娘は一見普通そうに見えたが、よく見ると、お七と同じく細長い舌をちろりと出していた。

 この屋敷の主は、使用人の雇用条件に“蛇”であることを必須にしているのか、疑いたくなった。それならば、使用人ではなく、使用蛇か。


 案内された部屋に、人間の男が2人いた。

 上座に胡座をかく、着物姿の冷酷そうな壮年の男性。整った顔をしているが、怜悧な印象を持たせる、そんな男だ。

 その隣にいるのは、壮年の男性に似た顔立ちの青年の男性。おそらく息子だろう。

 似ているが、彼は壮年の男性とは違い、穏やかそうな、優しい印象を持った。

 青年の男性は、部屋に入ってきた面々を見て、微笑んだ。


「あ!迷子になった時に助けてくれた人!」


 灯がそう言った。


「なんだ、灯が会った着物の男は、息子の方だったのか・・・」

 と父は、灯の様子を見て、呟いた。

 それで蓮は勘付いた。


 父は灯が会ったという着物の男性を、壮年の男性と思っていたようだ。

 しかし、実際は青年のほうだった。

 そして、青年と灯が偶然にも会ったことで、父は家族を連れて、実家に帰らないといけなくなった。

 父と壮年の男性の話を聞くと、その推測はやはり当たっていた。


 壮年の男性は(しずか)といい、何かしら父との血は繋がっているだろうとは思っていたが、まさかの実兄だった。

 全然似ていない。

 そして青年は、静の息子であり、(あずさ)というらしい。父から見たら甥であり、灯から見たら従兄弟だ。

 梓は、人好きのする顔立ちで、蓮と灯に話しかけた。

 それに蓮が応える。


 灯は相槌を打ちながら、必死に夕餉を食べている。聞いてるフリをして、絶対に聞いていない。

 少し経ってふと、隣を見ると、食べ終わった灯が半目になっている。眠い時の灯の顔だ。


 本能のままに生きる動物だな。

 蓮は、そんな灯に呆れた。

 そして、梓に案内されて、寝室に向かい、灯は寝ることになった。


 しかし、灯が蓮と一緒に寝るとごね始めた。

 きっと、無意識にこの屋敷にいる“人にならざるモノ”に気づいて、本能的に怖がっているのだろう。


「わかった。蓮君の布団をこちらに持ってくるよ。蓮君、布団を運ぶのを手伝ってくれ」


 そう梓に誘導され、蓮は仕方なく梓についていくことにした。














「何の用だ?」


 蓮が梓に問いかけた。

 使用人(否、蛇だがややこしいので使用人と表現をする)がいるこの屋敷で、布団を運ぶのはおかしいと感じたからだ。

 使用人に頼めばいいが、わざわざ蓮に頼んだ。きっと、灯から蓮を離して蓮に用事があったのだろう。


「立ち話をするのもなんだから、俺の部屋に行こう」


 梓は笑いながら、蓮を部屋に案内した。













 梓の部屋だという空間は、何もないところだった。梓は、どこからか酒を取り出し、蓮に「飲むか?」と尋ねた。

 蓮は首を横に振った。


「そうか。残念だ。この酒は、父に内緒で手に入れたんだ。人間も、人間じゃないものも、喉から手がでるほどの、酒だよ」


「それは、恐ろしいな。なんの酒なんだ」


酒呑童子(しゅてんどうじ)を知ってるかな?」


「源頼光が討伐したやつだろ。鬼の頭領である説があるな。酒好きらしいからその名がついた」


「そうそう。その、酒呑童子の秘蔵の伝説の酒だよ。偶然手に入れてね。父にバレたら奪われちゃうから内緒なんだ。けど、さすがに酒好きの酒呑童子が隠しもっていただけある、最高の酒だよ」


「なんで、そんなものを偶然手に入れられるんだよ・・・」


 梓は微笑んだだけで、何も答えず、酒を煽った。


「それで、なんの話だ」


 蓮がまた問いかける。


「あの日は暇だった。だから、もののけ道をぶらぶらと散歩をしてたんだ。そうしたら、拍子木の音が聞こえるじゃないか。気まぐれで、その拍子木の聞こえるほうへ歩いてみたんだよ。そして、最近はあまり見かけない“送り拍子木”に追いかけられていた灯ちゃんと出会った」


 梓は、少量ずつ酒を飲みながら言葉を続ける。


「俺は灯ちゃんを見て、すぐに(たまき)叔父さんと(すず)さんの子供だって分かったよ。灯ちゃんの会った時の怯えていた表情と、屋敷のモノにからかわれている怯えている環叔父さんの表情にすごく似てた。顔も鈴さんのもっと若い時にそっくりだ。知らなかったうちに従姉妹が出来ていて、びっくりした。そのことを父に言ったんだ。父も珍しく驚いていたよ」


「・・・話したかったのは、それだけか?」


 蓮がそう言うと、梓は声をもらして笑った。


「蓮君、友達あんまりいないでしょ?」


 蓮は眉をしかめて黙り込む。図星だったからだ。


「意地悪をいったつもりじゃないんだよ。俺も人間の友達は少ないんだ。だから、君と友達になれたらなぁって思ってる」


 その笑顔に違和感を感じた。

 優しい笑顔の裏側で何かを考えている。

 蓮は、梓を見て、そう思った。


「なにが目的なんだ?」


「目的って言い方はひどいなぁ。まぁ、友達にはなれなくても、君とは親しくしたい」


「何故だ」


「そうだなぁ。一番の理由としては・・・

 君が、僕の義兄(あに)になるから、かな」


「兄・・・?どういうことだ」


「今頃、父が環叔父さんと鈴さんにも話していると思うよ。灯ちゃんには、いずれ、この屋敷(うち)に嫁いでもらうんだ。だから君は俺の義兄だ」


「・・・はあ!?」


 思いもしなかった言葉に、蓮は驚きの声をあげた。その蓮を見て、梓は声をもらして笑った。


「俺の嫁になってもらうんだ。彼女はとてもいいね。まさに適任だ」


「ふざけんなよ」


 蓮は梓を睨みつける。

 梓は動じずに、微笑みかけてくる。


「ふざけていない。本気だよ。彼女には、俺の嫁になってもらう」


「なに勝手に決めつけてるんだ」


「まぁ、確かに勝手だね。けど、灯ちゃんがそれを了承するかもしれない」


「了承なんかするわけがない」


 蓮が吐き捨てるように言った。


「君は確かに灯ちゃんの兄だ。血が繋がっていないにしても、ね。だけど、灯ちゃんのことに口出しをする権利はないんじゃないかな?」


「・・・確かにないが、灯は大事な妹だ。こんなところに嫁ぐのは心配だ」


 蓮がそう言うと、梓は愉快そうに目を細めた。


「灯ちゃんはかわいいね。蓮君と灯ちゃんの2人を見てると、まるで親の後をついてまわる雛鳥のようだ。ねぇ、親がそばにいない雛鳥はどうなるか、知ってる?」


「・・・何が言いたい?」


 梓は無表情になった。

 ゆっくりと口を開く。



「灯ちゃんはね、そのうち、死ぬよ」



 蓮は目の前が真っ赤になった。

 そして、気がついたら梓の頬を殴りつけていた。

 梓は頬を押さえながら、「いててて、酒がこぼれたじゃないか」とこぼれた酒を残念そうに見ていた。

 その様子に、蓮が青筋を立ててもう一度、拳を握る。

 それに気づいた梓は、慌て両手を挙げた。降参のポーズだ。


「いやいやいや、落ち着いて。あくまでも可能性の話だよ。君はさ、常に灯ちゃんのそばにいて守ることができるの?」


 できない。

 その梓の言葉に、蓮は口唇を噛んだ。


「できないでしょ。今迄はなんとか逃げきれたかもしれないよ。だけど、君がいない時に、悪いモノに目をつけられたら、どうなる?」


 蓮は黙り込んでいる。


「灯ちゃんは、ここに来たほうが良い。僕の嫁だったら、ここにいるヤツらも何にも手出しはしないし、悪いモノも来ない。守ることができるんだよ。ねぇ、蓮君?君も、灯ちゃんのことを心配してるんだったら、よく考えたほうがいい」


 梓はそう言い、微笑んだ。

 蓮は何にも言わず、いや、言えず、立ち上がり、部屋から出ていった。















 廊下には、ニンマリと笑っているお七が佇んでいた。


「クククッ、よくやった。あの、梓のハナッタレが殴ることができるのは、お前くらいだよ!」


「・・・それはどうも。灯のいる部屋に案内してくれないか?」


「あの娘の部屋には誰も入れないようにしているから大丈夫さ。それよりも、風呂入ってないだろう?風呂入った後に、あの娘のところに連れて行ってやるよ。ついてきな」


 お七はそう言い、歩き出す。蓮は素直にお七の後をついて行った。



















 木で出来た浴槽(いい香りがするから檜だろうか)の湯につかり、蓮は先ほどの梓の言葉を思い出していた。


『灯ちゃんはね、そのうち、死ぬよ』


 蓮は舌打ちをして、ダンッと風呂場の壁を殴った。

 それと同時に、風呂場の外に通じる窓から、何か気配を感じた。

 失念していた。

 ここは化け物ばっかりいる屋敷なのだった。


 蓮が窓のほうをよく見て、耳をすませる。

 窓には、複数の獣の耳の影がうつっていた。


 バレタ?

 バレタカ?

 イヤ バレテナサソウ ダ

 ヨカッタ

 ワカイ オトコ ノ ハダカ ヲ ミルノハ ヒサシブリ ダカラナ

 アズサ ハ ミセテクレナイ カラナ

 コレヲキニ イッパイ ミヨウ

 ソウダ イッパイ ミヨウ

 スコシ アジミヲ シタラ ダメカ?

 アホウ ソレハ サスガニ バレル


 オレハ ムスメ ノガ ミタイゾ

 ムスメ ハ ダメダ モウネタラシイ

 ザンネンダ

 アア ザンネンダ

 スズ ハ ミセテクレナイカラナ

 ザンネンダ

 アア ザンネンダ

 ケド ムスメハ アズサノ ヨメニ ナルンダロウ?

 アア ソウカ

 ソウシタラ ミホウダイダ

 ワカイ ムスメ ノ ハダカ ミホウダイダ

 タノシミダ

 タノシミダ


 蓮は熱湯を洗面器に入れて、窓を開けて、それを勢いよく、獣の耳のほうにかけた。

 すぐさま窓を閉める。

 ギャアギャアと悲鳴が聞こえた。


 効果があったようで、よかった。

 そう思いながら、蓮はすぐ、風呂から上がる。









 お七に案内されて、灯の寝顔を見て、蓮は決心した。


 こんなセクハラ化け物だらけの屋敷に、灯を嫁がせるわけにはいかない、と。

 そのためには・・・。

 蓮は思案しながら、夜を過ごした。



















 帰りの新幹線で、蓮に、灯はコソコソと耳打ちをした。


「ねぇねぇ、何しにお父さんの実家に帰ったのかなぁ?」


「さぁな」と蓮は答える。


 こいつは、なんて気楽なんだ。

 蓮は、そう思った後、梓のことをまた思い出し、不機嫌になった。

 それを見て、灯は首を傾げた。




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