26話:怖がり少女の友人(中編)
※子供や動物に対する虐待を連想させる描写がありますので、ご注意ください。
灯は暗闇の中にいた。
体がふわふわして、まるでそこに灯が存在していないかのような感覚に陥っている。
もしかしたら、今度こそ本当に幽霊になったのかもしれない、と灯はそう思った。灯は、何度か死にかけているから、そんな考えに至った。いつかは崖から落ちたし、いつかは車にひかれた。今回は熊のような狼のようなよくわからない動物に食べられた…かもしれないのだ。気が付いたら、暗闇に佇んでいたので、可能性は否定できない。
「あっちにいけ」
暗闇の中で、幼い少女の声が聞こえた。灯は声の方へ顔を向け、暗闇の中で目を凝した。そうすると、徐々に人の体の輪郭が見えてきた。
「はやくあっちいけ。でてけ」
灯がふわふわと(まるで体が浮いているかのような感覚だ)声の方へ近寄ると、その声の主の姿かたちが見えてきた。
肌の白い少女がそこにいた。
「はやくあっちいけ!ばけもの!」
少女がそう叫ぶと、急に暗い空間に光が差した。その光のおかげで、灯は暗い空間が狭い和室であることに気づく。光の方に顔を向けると、男性が襖を開けて、和室に入ってきた。
少女は男性を見て、全身を強張らせた。
「また騒いでるのか。嘘をつくのはやめろ」
男性は低い声でそう言うと、少女に向かって手を振り下ろした。
泣きながら謝罪する少女に、男性は無言で、その顔を、その身体を、殴り続ける。
「やめてください!」
灯は、目の前で起こるそれにひどく動揺して、男性の行為を止めようと試みるが、男性は聞こえていないかのように、少女への暴行を辞めない。灯は、少女を守るために、少女の小さい体に覆いかぶさろうとした。
そうすると、少女の体をすりぬけて、灯は気が付いたら、外にいた。
雨が降っている。
クゥン クゥン
小さな鳴き声が聞こえる。
足元を見たら、雨に濡れた子犬がいた。とても小さく、やせ細ってて、泥で汚れていた。灯が子犬を撫でようと手を出した時、後ろから石が飛んできた。
「あっちいけ」
後ろを振り返ると、さきほどの少女がいた。少女も子犬と同じで雨に濡れて、ところどころ汚れており、細かった。
少女は灯をにらんだ後、目線を下げて子犬を見る。そして、少しためらうような仕草をみせたが、駆け足で灯に近づいてきた。そしてすばやく、灯の足元にいる子犬を片手ですくいあげ、灯のほうを見ないで少女は去って行った。
灯が「あ、待って!」と少女を追いかけようと、足を踏み出した瞬間、体が空中に投げ飛ばされた。
ふわふわと浮き、今度はある部屋を見下ろしていた。
少女と犬が部屋にいる。少女は灯に背を向けて皿に入ったミルクを子犬に与えている。子犬が小さな舌を一生懸命動かしてミルクを飲んでいる。少女は、それを嬉しそうに見て笑っていた。
どう力をこめても、体はふわふわと浮いているため、灯はただ浮くことしかできない。
灯が少女に言葉をかけようとしたとき、玄関だと思われる部屋の扉からガチャガチャと鍵を開ける音が聞こえた。
それに、気づいた少女が慌てた様子で、部屋の窓を開けて、子犬をベランダに出す。そして、窓とカーテンを勢いよく閉めた。
玄関の鍵が開いて、扉が開く。入ってきたのは少女を暴行していた男性だった。
「今日はいい子にしてたか?」
低い声で言う男性に、少女は何度もコクコク頷く。
男性が靴を脱いでいた時。
クゥンクゥンという鳴き声がベランダから聞こえてきた。
少女は体を大きく震わせながら、カーテンが開かないように後ろ手で掴む。
「なんの音だ?」
靴を脱いだ男性が、少女のほうへ近づく。
少女はカーテンの布を強く握りしめた。
「どけ」
男性が少女に言うが、少女は動かない。
男性の平手が少女の頬を打ち、少女はよろめいた。
力づくに少女を退かした男性は、カーテンを勢いよく開き、ベランダの窓を開けた。
クゥンクゥンと鳴く子犬を男性は見下ろす。
そして、子犬の首を掴んだ。
「だ、だめ!」
少女が男性に近づき、男性の腕にしがみついた。
男性は強く腕を振り払い、少女の体をベランダのコンクリートに叩きつけた。
そして、男性はクゥンクゥンと鳴く子犬を高く持ち上げ、ベランダからかなり遠く離れている地面を見下ろした。
「お、おとうさん…?」
そう言う少女を男性は一瞥すると、ベランダの柵の外へ、その小さな生き物の体を放り投げた。
灯は空中に浮いたまま動けずに、その光景をただ眺めてることしかできなかった。
少女の悲痛な叫び声。
地面に何かが落下する音。
それを聞き、灯は、ギュッと瞼を閉じた。
「新しいパパとママだよ」
優しそうな男性の声は聞こえた。灯は瞼をそっと開く。相変わらず、空中に浮いている。
見下ろすと、やはりあの少女がいた。
あの少女の前に、男女のペアが立っている。
少女は、人形のように表情をかえないまま、目の前の男女をビー玉のような瞳で見上げた。
「よろしくね」
そう言ってほほ笑む男女に、少女の瞳がかすかに揺れた。
灯が瞬きをすると、また場面が変わった。
灯は、いや、少女は暖かい空間を、ただ眺めていた。
その先には、あの男女のペアがいる。
「うふふ、動いたわ」
「え!?本当に?」
ソファに座っている女性のお腹をそっと触る男性。さきほどの男女だ。
幸せそうに男女は微笑み合った。
少女はそれを静かに見つめ、空虚感を感じながら、ゆっくりと瞼を閉じた。
そして、その場から離れようと、瞼を上げた。
クゥンクゥン
足元から、鳴き声が聞こえた。驚いて、見下ろすと、あのときの子犬がいた。
少女は、その小さい子犬の頭を撫でる。
あはははは
男女の幸せそうな笑い声が聞こえてきた。
少女は、撫でていた手をピタリと止めて、男女がいる空間とは逆の方へ歩き始める。
少女の後ろを歩く子犬は、少女の膝下ぐらいまで、体が大きくなっていた。




