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24話:怖がり少女と泣き叫ぶモノ

お久しぶりです。


 彼は出来損ないである。彼の名前を呼ぶものはいないので、『役立たずの泣き虫の出来損ない』とは彼の呼び名になってしまっている。それはそれで悲しいが、彼はしょうがないと思っている。なぜなら、彼自身、自分のことを『役立たずの泣き虫の出来損ない』だと自覚しているからだ。

 出来損ないの彼は、普段、ひっそりと日々を過ごしているだけだった。もし、周りのものに見つかったら、ひどく苛められるからだ。

 しかし、今回、彼の仕える主人に呼び出された。

『重要な任務である』と彼の主人は言った。

 彼は、その重要な任務を与えられるということに緊張しながらも、興奮した。出来損ないの彼にもできることがあるということを知って、嬉しいのと同時に誇らしかったのだ。彼は必ず任務を遂行しようと、決意を固めた。


 そうして、主人の元から旅立って、迷子になり、1か月になる。



 灯は、のどかな時間が流れる、昼の公園にいた。ベンチに座って、ポップコーンを食べている。なぜ、ポップコーンを食べているかというと、映画を見た後で、その場で食べきれなかったから、公園で食べようと移動してきたのだ。

 ついでにいうと、映画のタイトルは「タートルマン」だ。亀がスーパーマンのように活躍する映画である。誰も一緒に観に行きたがらなかったので、一人で行くことになったのだ。自慢じゃないが、灯はO型だ。一人で行動できないと見せかけて、実は一人で行動できる。いわゆる、「やれば出来る子」なのだ。ただ、面倒なことはやらない。好きなことしかやらない。これは、O型だから、しょうがない。


 さて、キャラメルの味がするポップコーンをいっぺんに頬ばって、ハムスターのように食べながら、広い公園をなんとなく眺めていた灯だが、あるところに注目した。

 大きい犬を撫でている同い年くらいの女の子が、公園の広場にいた。その女の子が驚くくらいに、とても綺麗だったのだ。色白に、長いストレートな黒髪、整った顔立ち、まるで人形のような少女だ。

 灯が少女を惚けてみていると、犬が灯の視線に気づいたのか、駆け寄ってきた。

 灯は、目線を犬のほうへ下げて、そばにきた犬をわしゃわしゃ撫でる。

「ねぇ」と灯は声をかけられて、顔を上げる。


 犬の飼い主であろう、その綺麗な少女が無表情で灯を見下ろしている。

 灯はびっくりして、体を大きく震わせた。

 そして、少女の無機質な表情に、背筋が凍り、動けずにいた。

 少女はまた口を開く。


「・・・友だちになって」

 灯は目を見開いた。


 その綺麗な少女は会田美頬(あいだみほお)といい、灯と同い年であった。

 話を詳しく聞くと、お嬢様が通う女子高に通っており、一般家庭で愛想もなく口数の少ない彼女は友だちがいないという。

 灯は、大変そうだなぁと思いながら、こんな綺麗な子ともなかなか知り合うこともないだろうと友だちになることを承諾して、連絡先を交換して笑顔でその子と別れた。



 灯はもう少しで家につくというところで、見覚えのある変な子どもが灯の家の前に立っていることに気づいた。

 4歳くらいの少年で、頭には竹の笠をかぶり、達磨(だるま)の柄の着物を着ている。

 プルプルと震える手で、豆腐を乗せたお盆を持ち、立っている。

 以前、道端で出会った記憶がある。すれ違う際に、少年が豆腐を落として泣き叫んで、灯も泣き叫んで、逃げたというなんとも情けない話だ。

 また、泣き叫ばれて、誘拐犯と勘違いされて通報され、捕まったりでもしたら、ひとたまりもない。しかし、少年は灯の家の前にいる。少年の横を通り過ぎなければ、家に入れない。


 運が良いことに、少年の手元の豆腐をじっと見て集中しており、後ろに灯がいることに気づいていない。

 灯は、足音を立てずに少年にそばに寄り、家の前にある門に手をかけた。

 キィィ

 門が開く際に音が鳴った。あ、やば、と灯が思ったのと同時に、少年が肩を大きく震わせた。

 ベチャッ

 豆腐が少年の手元からこぼれて、地面に落ちてつぶれた。

 少年はカチンコチンに固まり、ロボットのようにぎこちない動作で、そばにいる灯を見上げる。

 灯は、とりあえず、少年を見下ろして、愛想笑いをした。


 子供は顔を引きつらせて、涙目で叫んだ。


「きゃああああああああ!」


 灯も、その叫び声にビビって、涙目で叫んだ。


「ぎゃああああああああ!」


 2人は、あたふたして、お互いに別の方向へ、逃げ出そうとした。

 しかし、それは失敗に終わる。灯は完全に開けきれていなかった家の門に顔面をぶつけて、その場に座り込むはめになる。

 少年は、偶然通りかかった人物―――灯の兄に全力で体当たりをして、後ろにひっくりかえり、頭を地面にぶつけて、動かなくなった。



 灯は家の居間で、兄からもらった濡れたタオルで顔を冷やしていた。

 少年は、居間に敷いた布団で、寝ていた。地面に打ち付けた後頭部は、兄が氷枕を準備し、冷やしている。

 灯が救急車とか呼ばなくて大丈夫か心配していたが、灯の兄が大丈夫というので、そのまま家で様子をみることにしたのだ。


「お前、結局あのくだらなさそうな映画を観に行ったのか?」

「くだらなくないよ。面白かったよ!」

「ほー、どんなところが面白かったんだ?」

「まず、主人公の亀が、タートルマンってバレそうなシーンはひやひやとしたよ!」

「ありがちな展開じゃねえか」

「えええー、ありがちじゃないよ。悪の組織がフットボールやっているときに、自分がボールになって潜入するシーンにもひやひやしたし」

「なんだそれは……」


 灯と兄がそんな会話をしているときに、「むぅ……」といいながら、寝ていた少年が、目をうっすらと開けた。

 灯と兄は話すのをやめて、少年を見る。

 少年は、あたりを見渡し、そして、少年を見ている灯と兄に気づいた。そして、少年は目を見開き、口を開けて叫ぼうとした。


「ぎゃああああああああ!」

 なぜか、灯が叫ぶ。

「灯、お前、うるさい」と兄が、灯の頭を軽く叩いた。

「だって……」と灯が涙目で弁解を言おうとしたときに、少年の大きな声が居間に響いた。


「灯様!灯様なのですか!?」と。



 少年は、主人から頼み事をされて、歩き回っていたという。途中、迷子になり、いろいろ苦労しながら、なんとかここまでたどり着いたのだ。


「頼み事って?」

 灯が尋ねると、少年は、体に括り付けていた風呂敷(兄が邪魔だからと彼の枕元に置いていたが)を、開いた。


「これを灯様に渡すようにと、頼まれました」


 そこには、「竜頭(りゅうとう) 灯」と書かれていた、体操服入れがあった。


「あああ―――!それ、わたしのだ!伯父さんにあげちゃったやつ!」

 そう、以前、灯は伯父に会って、話のなりゆきで、その体操服入れと体操服を預けることになったのだ。それが今、少年の手の中にある。


「お前、あの人にいつあったんだ!?」

 灯の兄が、不機嫌そうな顔を隠さずに、灯の手首をつかんで聞いた。


「え?いつだっけ…けっこう前かなぁ」

 灯が首をかしげて言うと、兄はため息をつく。


「あの従兄弟にはあってないだろうな?」

「うん、伯父さんだけ」

「そうか。次会ったときは、絶対に俺に教えろ。いや、会ったときは俺に連絡をしてこい。いいか?絶対だぞ」

「ん――?はい、はい」

 軽く答える灯に兄は再度ため息をついた。そして、兄は、少年に視線を向ける。


「つまり、お前はあそこの屋敷の使用人で、俺たちの伯父が主人なのか?」


「僕のご主人は、(しずか)様といいます。あなた様たちの伯父上だとは知りませんでした。僕は下っ端なので…。でも、静様からは、灯様は(あずさ)坊ちゃまの婚約者だから、くれぐれも粗相のないようにとは聞いておりました!」

 少年はとても良い笑顔で答える。


「こんにゃく?」と灯が首をかしげるのを、尻眼に灯の兄は、少年の言葉に顔をひきつらせて、少年の肩をつかんだ。


「灯はあいつの婚約者じゃないから、鵜呑みすんなよ?」

 威圧感たっぷりで、低い声で少年につぶやく、灯の兄は鬼気迫っている。

 少年は涙目でコクコクと頷いた。


「名前はなんて言うの?」

「いえ、僕は役立たずの泣き虫の出来損ないなんで、名前なんてよばれる価値なんてないんです……」


 灯が尋ねると、少年は悲しそうにそう言った。


「ええ!?役立たずの、泣き虫の、出来損ないなの?」


 灯は、何も考えずに、追い打ちをかけるような発言をする。


「は、はいいいい」

 少年は泣いてしまった。灯はギョッとしておろおろとし始める。灯の兄は、そんな二人を見て、ため息をついた。


「ええと、ほら!えらいなー!とってもえらいなー!こんなにちっちゃいのに、一人でここまで来て、わたしのところまで来れたんだから、とってもえらいなー!」


「ほんと…?」と少年が泣きながら、顔を上げて灯を見る。


「本当だよ!体操服入れと体操服持ってきてくれたおかげで、お姉さんすっごく助かったよー。あずき色のジャージを一人だけ着て体育の授業出てたんだから!すごく恥ずかしかったけど、持ってきてくれたから、助かったー!」


 灯がそういうと、少年は泣き止み、頬を紅潮させて照れ笑いをした。

 少年の名は「豆腐小僧」というらしい。

 すごい名前だな、と灯は思った。そして、灯はある単語を思い浮かべた。

『名は体を表す』。どこで聞いたかは忘れたが、確かに少年は、まさに名前の通りに見かけるたび、豆腐を持ち歩いていた。なるほど、これが『名は体を表す』なのか、と灯は一人頷く。


「予想はしていたが、やっぱり豆腐小僧か」

 灯の兄はまじまじと、豆腐小僧を見る。


「はい。あの……あなた様は灯様とどういう関係で?」

 豆腐小僧は、灯の兄に聞く。


「おにい―――」ちゃんだよ、と灯が言おうとしたときに、灯の兄が言葉を被せて言った。


「灯と交際している者だ。だから、灯のことは諦めろと、あの屋敷の連中に伝えとけ」

 威圧感たっぷりに言う彼に、豆腐小僧は涙目に頷いた。


 そして、豆腐小僧は、「そろそろ帰らないと……」と言い始めた。そのため、お盆に豆腐を乗せてあげて、頑張って歩く豆腐小僧を、兄と途中まで見送りに行った。

 豆腐小僧はお礼を言って去っていく。その背中が小さくなっていくのを見た後、灯は兄とともに帰宅をする。


「ねぇ、お兄ちゃん」

「なんだ?」

「私とお兄ちゃんって付き合ってたの?」


 灯がそう尋ねると、灯の兄は体を固まらせた。


「あ、あれは……。ああ言わないとだめだったからだ」

「ふうん」

「そもそも、俺たちは兄弟だから、付き合うことも無理だから、冗談だってわかるだろ?」

「けど―――」


 そこまで言って灯は、言葉を切った。一瞬、チラリと灯の兄の背後に視線をやる。

 そして、兄にヘラリと笑って「うん、そうだね」と答えた。その灯の答えに兄は、安心したように息を吐いた。



 優しい子だった、と豆腐小僧は思った。

『ええと、ほら!えらいなー!とってもえらいなー!こんなにちっちゃいのに、一人でここまで来て、わたしのところまで来れたんだから、とってもえらいなー!』

『本当だよ!体操服入れと体操服持ってきてくれたおかげで、お姉さんすっごく助かったよー。あずき色のジャージを一人だけ着て体育の授業出てたんだから!すごく恥ずかしかったけど、持ってきてくれたから、助かったー!』

 褒められたのは、誰かの役に立ったのは、久しぶりだった。何十年以上も前だ。

 静の弟の、環くらいだ。豆腐小僧に構ってくれて、褒めてくれたのは。

『豆腐小僧。俺もよく、あいつらにからかわれている。お前だけじゃないぞ。仲間だ』

『豆腐小僧。お前がいなくなったら、困る。俺だけがいじめられるじゃねぇか…』

『豆腐小僧。一緒に隠れよう。一人じゃ怖いし……』

 その環も結局あの屋敷からいなくなってしまった。


 だから、あの子の言葉がとても嬉しかった。

 あの子が屋敷にいたら、どんなに楽しいだろう。

 梓お坊ちゃまの嫁になってくれたら、どんなに良いろう。

 来てほしい、と豆腐小僧は思った。

 しかし、それは豆腐小僧が決めることではない。

 静に灯に交際している者がいたことを伝えて、指示を仰ぐのだ。

 豆腐小僧は、また使命感に燃えた。そして、少し、駆け足になった。

 つまづいた。転んだ。

 ベチャ

 豆腐を地面に落とした。泣いた。


 きっと、彼が主人の元に帰るのも、きっと1か月以上はかかることだろう。

 しかし、そのことは、だれも知る由はない。




 そんな灯が、


 人形みたいな綺麗な少女と


 豆腐小僧にビビった


 そんな1日の話。


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