21話:怖がり少女が踏むモノ(前編)
「もう!その髪の毛!いい加減にしなよ!美容室に行きなって!」
学校の放課後、灯は友人に手を引っ張られていた。
「週床屋に行きますから!絶対、床屋に行きますから!」
必死の形相でそう言いながら、その場に踏ん張って抵抗する灯。
「床屋とかあり得ないから!床屋とか今時の小学生でも行かないからね!あんた、なに?おっさん?おっさんなの?違うでしょ、花の女子高生なんだよ、あんたは!」
「うーん。おっさんはやだけど、ちっちゃいおっさんならいいかも」
「は?また意味不明なこと言ってる!なに、ちっちゃいおっさんって!わしは世界初のしゃべるゆるキャラなんやで〜、ほんまかいな〜が口癖のちっちゃいおっさんのことを言ってるの?あれはね、実物は全然ちっちゃくないから!むしろでかいから!」
「あはは!今のちっちゃいおっさん似てたー!もう一回やって!」
「え?似てた?ほんまかいな〜」
「あはは!上手!かなり似てるよ!」
「ほんまかいな〜。・・・って違う!今から行くからね、美容室!」
「えー・・・」
「何でそんなに嫌なの?」
「美容室のしきたりとかが分からないんだもん」
「そんなのないから!不安だったら、ついて行ってあげるから!お願いだから、髪型をまともにして!あんたの横を歩くのが恥ずかしいのよ・・・」
「ついてきてくれるなら行く」
灯はそう言って、踏ん張っていたのをやめて、身体の力を抜いた。
灯を引っ張っていた友人の重心がぐらついて、友人は「ぎゃあ!」と叫んで転ぶ。
手を引っ張られていた灯も同じく、転んで、地面に頭をぶつけた。
自慢じゃないが灯はO型だ。後先を考えずに、適当に行動をすることが度々ある。そのことでよく怪我をするのだが、しょうがない、O型なのだから。
灯は友人にガミガミと叱られながら、美容室に行く道を歩いていた。
友人の言葉なんて、もちろん右から左へ聞き流しながら、ぼうっと周りの風景を見ていた。
アスレチックがたくさんある公園で、子供達が遊んでいる。
その公園の一箇所のところを見て、灯はギョッと目を見開いた。
ベンチに座る白髪頭の老婆。
それは別に不思議なことではない。
その老婆の隣にいる人の姿が、あまりに異常だったのだ。
黒ずくめの男。
黒のハット帽子に、黒のコート。
黒のズボンに、黒の手袋と黒の靴。
身体は細長く、座高が隣の老婆の2倍程ある。
ゆらゆらと、身体を左右に揺らしている。
黒ずくめの男と穏やかな雰囲気の公園は、不釣り合いだった。
黒ずくめの男のどこか異常な様子に、灯は、恐ろしくなったが、目を逸らすことは出来なかった。
黒ずくめの男は身体をゆらゆらと揺らしている。
ゆらゆら
ゆらゆら
ゆらゆら
ピタッと身体が止まった。
男は灯のほうにバッと顔を向けた。
灯は息を止めた。
男の顔が・・・異常だった。
白い顔に、目がある。
いや、目と言うには間違いかもしれない。
目のある部分は、空洞のように真っ暗だった。
男は灯の方に顔を向けていて、まるで灯を見ているようだ。
灯は、恐怖で身体を動かすことが出来ず、冷や汗が出てきた。
「バカリ?ねえ、バカリ!聞いてるの?」
友人の声に、灯はハッとして顔を友人に向ける。
「もー!聞いてなかったでしょ!」
そう言って怒る友人をちらりと見る。
しかし、気になって、もう一度、あのベンチを見た。
やはり、黒ずくめの男はいた。
しかし、よく見たら、サングラスをかけているのに気付いた。
なんだ、勘違いだったのか。
灯は、安心して、ふうっと息を吐いた。
「こんにちわー。この子の髪型をなんとかしてくれませんか?予約してないんですけど・・・」
友人は美容室に入り、受付の女性にそう声をかけた。
「カットですね。今日は空いているので大丈夫ですよー。そちらに座ってお待ち下さい」
灯と友人は言われるままに、ソファに座る。
灯は初めての美容室に緊張して、表情を強張らせている。
友人は慣れた様子で、ソファの前にあるテーブルに置かれた雑誌を読み始めた。
灯も真似をして雑誌を手にする。
雑誌の表紙にはこう書かれていた。
“モテ髪 愛され髪 徹底攻略!これであなたも皆に愛されてモテモテ人生に!”
モテモテ・・・。
灯はペラッと雑誌をめくった。
雑誌のあるページに釘付けになる。そのページには、ふわふわとした髪型の可愛い女の子が一面を飾っている。
ふいに、灯の頭にある一場面が浮かんだ。
ふわふわの髪型の可愛い灯と手を繋いで歩く、男の人。
逆光で顔がよく見えない。
「バカリ!また、ぼうっとして!呼ばれたよ!」
灯は友人の声で、ハッと現実に戻ってきた。
今のは妄想だったのだろうか。
なんて、恥ずかしい妄想だ。
灯は顔を赤らめながら、立ち上がった。
灯の担当は、男性の店員だった。
茶髪でピアスをつけている。おしゃれな服装の店員は、どことなく目つきが悪い。
灯は、その顔をどこかで見たような気がした。
少し考えて思い出した。先日、外から美容室の中を観察していた時に見ていた男性店員だ。彼の足には、蛇のように動く黒髪が絡まっていた。
灯は、ちらりと彼の足を見るが、髪の毛は絡まっていなかった。
この前見たのは気のせいだったのか?灯はそう思って、彼の顔をもう一度見た。
彼は灯を見て、吹き出した。
「あはははは!なんだ、その前髪!自分で切ったのかよ?」
美容室の店員である彼は、フランクに声をかけてきた。
人によっては不快になる口調だが、灯は逆だった。
美容室が初めてで身構えていた灯は、彼の親しみやすい雰囲気に安心した。
「自分で切ったんだって。黒川さん、なんとかしてー」
友人が男性店員に話しかける。
「おう、任せとけ」男性店員はそう答えた。
「じゃ、頑張ってね!バカリ!」
そう言って、友人は灯の肩を叩いて、離れようとする。
「え?一緒にいてくれるんじゃないの?」
灯は友人の肩を掴む。
「ついて行ってあげるって言っただけで、ずっと一緒にいてあげるなんて言ってないよ。私、ドラマの再放送見たいんだよねぇ。
大丈夫、あとは黒川さんの言うこと聞いとけばなんとかなるから!じゃあね!」
友人はそう言って、逃げるように美容室から出て行ってしまった。
灯は顔をひきつらせた。
「俺は黒川。よろしくな。そんじゃあ、移動するぜ」
そう言って歩き出す黒川という店員に、灯はぎこちない動きでついて行った。




