18話:怖がり少女が訪ねるモノ(前編)
灯は、ある美容室の前にいた。
その美容室はガラス張りで、中身が丸見えである。灯は、その窓ガラスに顔を引っ付けて、遠慮なくマジマジと見ているのだ。
窓ガラス側に座る女性は、気まずそうに雑誌を読んでいるが、その事に灯は気づくわけもなく、美容室の中を観察していた。
何故、灯が美容室の前にいるかというと、彼女の前髪に理由があった。
灯の髪は猫っ毛で、そして少し天然のパーマがかかっている。髪の色は黒なのだが、光に照らすと少しだけ茶髪に見える。母みたいに綺麗な黒髪で直毛だったら良かったのだが、髪質は父に似てしまった。
灯は昨日の夜、前髪が長くなっているのに気づいた。いつもは前髪は母に切ってもらうのだが、この日は自分でやろうと思ったのだ。
自分で前髪を切るのは初めてだが、母に出来て灯に出来ないということはない。
灯は根拠のない自信に満ちあふれていた。何故、根拠がないのに自信があるのかというと、灯はO型だからだ。O型は根拠のない自信を持つことがある。そのせいで身を滅ぼすこともあるのだが、しょうがない、O型なのだから。
灯は躊躇いなく、前髪をハサミで切った。
シャキンと気持ちいい音が聞こえ、前髪の半分が切れた。残りの半分もシャキンと切った。鏡を見てみたが、微妙な仕上がりになってしまったことに気付く。
修正を入れるために、迷うことなくハサミで前髪をシャキシャキと切る。
そして、満足のいく結果になり、お風呂に入り、寝たのだ。
それで今日の朝、寝坊をして朝食も食べずに、髪を二つ結びにして、家を飛び出した。
朝のホームルームが始まる時間にほぼぴったりに教室についた。そこにはクラスメイトが席についており、慌ただしく教室に入ってきた灯を見た。
一人の男子生徒が「セクシーじゃないデビ○マンレディーがきた」と呟き、その場にいたクラスメイト全員が吹き出した。
灯は、デ○ルマンレディーが何かわからなかったが、友達に画像を見せてもらって納得した。
昨日の夜は満足のいく仕上がりだったのだが、風呂に入ることで父に似てしまった髪質のせいで癖が出てしまい、おかしな髪型になってしまったのだ。
まさに、デビル○ンレディーのような“Mの字”のような前髪になってしまっていて、さらに二つ結びにしていることでデビルマ○レディーのような髪型が仕上がっていた。
見かねた友人が近くの美容室を教えてくれた。だから、灯は放課後に美容室に来てみたのだ。
早く入ればいいのだが、灯にはそれが出来なかった。
理由は、美容室に入ったことがないからだ。灯は髪を切る時は、ガッハッハと笑うおじさんが経営している床屋に行っている。
なので、おしゃれな美容室に入るのが、なんとなく怖い。ルールやしきたりがあったらどうしよう、と躊躇していた。
だから、こうやって窓ガラスに張り付いて、観察し、頭の中で美容室に入った時のイメージトレーニングをしているのだ。
中を観察していると、男性の店員がいることに気づいた。なかなかおしゃれな店員である。
その男性店員は、座っている女性客に笑顔で話しかけながら、髪を切っている。
その近くには若い女性店員がいた。
女性店員は、落ちている髪の毛を箒で一箇所に集めていた。
その姿をなんとなく眺めていたら、落ちている長い黒髪が蛇のように動いた。
そして、女性店員の箒から逃げるように、するすると移動している。
えっ!?何!?
灯は目を見開いて、窓ガラスにさらに顔を引っ付けた。
その長い黒髪はするすると、男性店員の近くに移動した。
美容室にいる人達は、誰もその蛇のように動く長い黒髪に気づいていない。
灯は、なんだか恐ろしくなってきたが、その長い黒髪から目が離せなくなっていた。
長い黒髪が男性店員の足に絡まる。
灯は息を飲み込んだ。
「こんにちはー。髪切りに来たんですか?」
灯は肩を叩かれて、身体をビクッと震わせた。そして、パッと振り向く。
そこには、笑顔の女性がいた。
「私、ここの美容室の店員です。髪切りに来たんですか?」
その女性は灯の前髪を見ながら、そう言った。
灯は冷や汗をダラダラかいた。
「いいいい、いえ!なんでもないんです!私は床屋で!床屋でいいんです!すみません!本当にすみません!では!」
灯は、おしゃれな美容室の店員に話しかけられたことに気が動転して、意味不明な事を言った。そして、その場から逃げ出した。
灯は結局、家に帰ることにした。
髪は美容室ではなく、母に直してもらおうと思ったのだ。
とぼとぼと街中を歩いていた時だった。
「あれ?バカリ?」
そう後ろから声をかけられて、振り向くと、今日学校を休んでいた、灯のクラスメイトの短髪の男子生徒ーーー高村がいた。
高村はこの前、無理やり灯に心霊写真のようなものを見せたグループの1人だ。
彼は、私服だった。コートを着て、首にマフラーを巻いている。
確か学校を休んだ理由は、風邪だった。
彼の顔色は確かに、青白く、どこか具合が悪そうだった。
「どうしたんだ?その前髪」
高村は具合が悪そうでありながら、そう突っ込んできた。
「高村君も風邪なのに、なんで外に出てるの?」
灯は前髪を自分で切って失敗したことを言いたくなかったので、そう返した。
高村は言い淀む。
きっと、風邪だから家から出ちゃ行けません!とか言われて、余計に家から出たくなったのだろう。灯は、その気持ちがすごく分かる。なので、高村には何も言わないことにした。
「じゃ、お大事に!またね」
そう言って、灯は高村から離れようとした。
しかし、それは出来なかった。
灯の腕を高村が引っ張ったからだ。
通常の乙女ならドキッとするシーンではないかと思うが、灯は違った。
この前、高村達から画像を無理やり見させられた時と、同じような気持ち悪さを感じた。
灯は、ウッと口元を抑えて、吐き気を堪える。
高村は慌てて「ごめん!」と手を離した。 それと同時に、吐き気は無くなった。
「バカリに聞きたい事があるんだ」
高村は、真剣な表情でそう言った。
とりあえず、灯は家が近かったので、高村を家に連れて行くことにした。
風邪を引いているらしい高村と、外で立ち話をするのは微妙だと思ったからだ。
家に帰ると、灯の母が居間にいた。
灯の母は、高村を見ると、何故か笑顔になった。そして、お茶とお菓子を持ってくると言って、台所に消えた。
「バカリの母ちゃん、若くて綺麗だな。和風美人って感じだ」
高村が、灯の母をそう褒める。何故か、灯が照れくさそうに笑って、頭をかいた。
「それで、聞きたい事って?」
灯がそう尋ねる。
「ああ・・・。この前、バカリに無理やり見せた写メのことなんだけど・・・。あれ見て、バカリ具合悪くなったよな」
うん、と灯は頷いた。高村は何かに躊躇いながら言葉を続けた。
「あのさ・・・、あれ、どう見えたんだ?」
灯は、首を傾げながら、素直に答えた。
「ええと、確か、高村君の首に・・・」
高村の首を締め付けるような白い手があった。そして、その背後の微かに開いている扉には、覗くようにこちらを見ている女の顔が・・・。
灯がそう言うと、高村は青白い顔をさらに青くさせた。
「本当か?」高村が掠れた声を出した。
灯は頷いた。
高村は、ゴクンと唾を飲み込んで、首に巻いていたマフラーをするすると外した。
それを見て、「ひっ!」と灯は悲鳴を上げた。
「なぁ、バカリ、お前には、これが見えるか?」
そう言う涙目の高村の首を、白い手がしめつけていた。




