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2話:怖がり少女の壊すモノ

 彼は、思い悩んでいた。

 どうしても好きになれない生徒がいたのだ。頭の良いその生徒は、教師である彼を心底バカにしていた。わざと揚げ足を取ったり、教師の間違いを、それはそれは楽しそうに指摘したり。

 彼自身、教師に向いてないと思っていた時期があった。しかし、その生徒のせいで、ますます自信喪失していた。


 生徒より出来ていれば。

 生徒より頭が良ければ。


 その生徒に嫉妬心をもつようになった。


 そんな中、アレに出会ったのだ。

 彼は強くなった。

 しかし、強くなりすぎてしまった。

 最近は、アレの外し方さえわからなくなってしまった。

 彼は、アレに支配されそうになっていた。















 (あかり)は、真っ暗な夜道を歩いていた。周りは誰も歩いていない。まだ9時過ぎなのに、誰も歩いていないのだ。

 夜道を照らすのは電柱についている電灯のみで、灯のいる場所から少し離れている。

 電灯は、その一つしかなかった。オレンジ色に(ほの)かに光るそれは、時折点滅し、ついたり消えたりする。折つく光りに、蛾が集まり、バチバチと体当たりをしている。


 おかしい、と灯は思った。こんな暗いはずはないのだ。

 何故なら、灯は住宅地を歩いていたはずだった。住宅地なら、どこかの家は絶対電気がついているはずだ。

 しかし、どこもかしこも真っ暗だった。

 まるで、誰も存在していないかのように。


 灯は恐ろしくなったと同時に寒気がして、身を震わせた。

 そして、思い立ったかのように持っていた手提げ袋の中に手をつっこみ、ある物を装着した。

 ある物とはうさぎの耳のカチューシャだ。実は、有名なテーマパークで遊んだ後の帰り道だったのだ。このうさぎのカチューシャはそのテーマパークで有名なキャラクターの象徴とも言える。このカチューシャをつけたら、夢の国に戻ったような気分になり、怖さがなくなるのだろうと灯は考えたのだ。


 そして点滅している電灯に、灯は近づいた。


 点く(つく)。

 消える。

 点く。

 消える。

 点く。男の子が電灯の下に立っていた。


「ひいっ!」

 灯は驚いて後ろに尻もちをつく。


 消える。

 点く。至近距離で男の子が灯を見下ろしていた。

 消える。

 点く。男の子が灯に手を伸ばそうとしていた。


「灯! チッ、とっとと消えろ!」


 後ろから灯は呼ばれて、振り返る。兄がいた。呼んだのは兄だったのだ。

 兄は灯に近づくと、灯を立たせてくれた。


「大丈夫だったか?」


「うん。なんだったのかな、あの男の子」


「さあ」


「変質者かな?」


「幽霊じゃないか?」


「えー!そんな冗談言うのやめてよ!けど、本当にお化けかと思った。まあ、お化けなら足ないよね。あの子足あったもんね」


「それよりも、お前なんなんだよ。その頭についているうさぎの耳は」


「え?かわいいでしょ?」


「え?きもい」


「きもいぃ!?」


 灯は兄に会えた安心から、先程の真っ暗な夜道ではなく、いつもの住宅地に戻っていて夜道が明るいことには気づいていなかった。








「今日は兎の塩焼きよー」


「ぎゃあぁ!私は食用じゃありません!!」


 家に帰ったら、灯は母に塩をかけられた。

















 そして翌日の学校の昼休み、灯は資料室にいた。1人ではない。灯が苦手な古文の教師と一緒だ。

 灯がここでなにをしているのかというと、決して逢引などといった甘酸っぱい理由ではない。

 古文の教師に、この前の罰(鼻眼鏡ととんがり帽子とクラッカーを勝手に持ち込んで一人で騒いで逃げた罰)として、資料作りを手伝わされているのだ。


 灯は、この古文の教師が苦手だった。理由は怖いからだ。


 資料室で、2人きりの空間。そこで黙々と資料作りをするのは、灯にとって苦痛だった。


「・・・先生、歌を歌っていいですか?」


「・・・なにをいってるんだ?」


「えっと、ほら。静かだから、BGMに私の歌を提供しようと思って」


「お前まで、先生をからかうのか?」


 教師の顔つきが変わった。

 それは、それは恐ろしい、顔つきに。











「なぁ、最近、古文の先生。殺気だってないか?」


「ああ。なんか、異様に強いよな。前はもっと優しかったのに」


「開きなおったんじゃね?優しいと、教師は続けられないだろ」


「顔つきも変わったもんな」


「そういや、バカリ、この前泣かされてたな」


「ああ、般若がぁぁ!ってな」


「プッ。般若って程、ひどい顔つきじゃ、ないよな」


「バカリは怖がりだからな」














 灯は、般若の顔の教師に、後ずさった。

 友人達は、般若って程の顔じゃないよ、と言われたが、灯にはどうみても、般若にしか見えない。

 そして、徐々に近づく般若の手に、ある光るものがあることに気づいた。

 包丁だ。

 灯はそれを見て冷や汗をかく。


 徐々に近づく般若の顔。彼は何かをブツブツ言っている。異常な様子だった。

 逃げ道を探すが、資料室の扉は教師の後ろにある。灯は後ずさることしか出来なかった。

 般若顔の教師が近づいてくる。灯は、後ろへ後ろへ後ずさる。

 お尻に何かあたった。

 机だ。

 灯は逃げれなくなった。


 灯は全身の血の気が引くのを感じた。

 自分の早い鼓動が大きく聞こえる。


 般若の方を見ながら後ろの机の上に手をやり、武器になりそうな、抵抗できそうなものを手探りで探す。


 般若が、包丁を持った手を、灯の方へ、大きく、振りかぶった。

 灯は目をギュッとつぶる。

 咄嗟に掴んだものを、闇雲に般若の方へ振りかぶる。


ガツンッ


 硬いものを叩いたような音が聞こえた。

 その後に、パリンと割れ物が割れた音と、バサバサとプリントが床に落ちる音が聞こえた。

 そして、教師が呻く声も。

 灯は目をそっと開けた。


 灯が手に持っていたのはコンパスだった。

 床に落ちているのは真っ二つになった般若のお面、そしてコンパスをつかむ時に落としたのだろう、資料や書類や冊子。

 灯は、その落ちている、書類を見てハッとする。

 “ 演劇 鬼の住む処 ”と題名の台本だ。


 もしや、と灯は、冷や汗をかく。

 この古文教師は、演劇部の顧問だったはずだ。


「せ、先生。大丈夫ですか・・・?お怪我はないでしょうか・・・?」


 教師は、呻きながら顔を上げる。般若ではなく、優しい若い男教師の普通の顔だ。彼の身体は微かに震えていた。

 額から、ツゥと血が流れる。


「あああ!先生、血が!血が!本当にすみません!すみません!演技だとは分からずに!すみません!」


 慌てて灯もしゃがみこんで、ポケットに入れていたハンカチを呆然としている教師の額に当てる。

 灯は自慢じゃないがO型だけど、ちゃんとハンカチは必ず持ち歩く。ハンカチがクシャクシャなのはしょうがない、O型なんだから。


「先生も、いきなり演技始めないでくださいよ、もう!!!なんで、脅かすようなマネをするんですか?リアリティを演技に求めたかったんですか?私は演劇部員じゃないから、そんなリアリティさ求められても、本気で怯えることしかできないですよ!え?それとも、私を部員として勧誘しようとしてたんですか!?ええ、私が部員だったら、そりゃ、名演技になるでしょうね!!そもそも・・」


「落ち着け・・・・」


 まだ震えている、そして涙目の教師の声にハッとする灯。

 安心感から、多弁になってしまったらしい。


「先生、涙目だ!額、痛いですか?」


 灯がそう言うと、教師は首を横に振った。おそらく、大丈夫だという意味なのだろう。


「先生、本当にすみません。けど、おかしいなぁって前から思ってたんです。わたし、先生のこと優しくて大好きだったし、先生の授業はバカな私にもすごい分かりやすくて好きだったんですよ。私の友達も全員、先生の授業は好きって言ってました。

 古文とは本当に意味がわからないんです。あれは日本語じゃないと思います。けど、先生の古文なら、わかります。けど、最近は、般若の顔になって怖くなってしまって、いつもの先生じゃなくて、おかしいなぁって思っていたんです。

 それが、リアリティを求めて、般若のお面をつけて演技してたんだと分かって。すごく安心しました」


 教師は何も言わずに、灯の言葉を聞いている。


「それで、あの、先生のこと、大好きなんで・・・」


 灯は言葉をそこで切り、もじもじしながら、再度言葉を続けた。


「般若のお面を壊してしまったのと怪我させてしまったのを、許してください!

 すみません!般若のお面のかわりにこれを差し上げます。是非使ってください!」


 灯は土下座した。

 そして、制服の下に隠していたうさぎの耳のカチューシャを教師に差し出す。テーマパークに行ったのをみんなに自慢したくて持ってきたものだ。そこまでは良かったが、また没収されたら困ると思った灯は、スカートの腰のところに差し込んで隠していたのだ。


 フッ、と笑う声が聞こえて、灯は顔を上げる。

 教師が笑っていた。


 許してもらえた灯は、その後、落ちたものを教師と一緒に片付けた。

そして帰っていい、と許可をもらった。

 資料室に出る時に、ありがとう、と教師に言われた。


 廊下を歩きながら灯は考えた。

 あの包丁も随分リアルだったなぁと。













 彼は生徒につけられた額の傷を撫でながら、般若のお面を初めて見た時の事を思い出していた。


 彼は演劇部の顧問であった。それで演劇で必要となった、鬼のお面を探していた。しかし、これがなかなかない。

 そして調べて、骨董品がいっぱい売ってあるという骨董市に足を運んでみた。


 そこで、この般若のお面を見つけたのだ。


 なんと、リアルな般若なのだろう、と感心していた。

 般若のお面を見つめていると、吸い込まれる感覚に陥った。

 そして、この般若のお面を買った。

 演劇でお面を使うのはまた先なので、彼は自分の家に持ち帰って保管していた。それからは、買ったことすら忘れて生活していた。


 ある日、頭のいい生徒にそれはもうひどい反抗をされて、落ち込んで家に帰った。

 そして、何故か、般若のお面を思い出した。彼は、それを取り出して、吸い込まれるようにお面をつけた。

 弱々しくなっていた自分の心がふいに強くなった。そして、生徒に対する嫉妬、怒り、殺意が芽生える。慌てて外した。今のは何だったのだろう、と考えながら。


 心が弱る日が続いた。

 彼は般若のお面をつけるのが習慣になった。そして、ある日、お面が取れなくなった。


 どうしたものかと般若のお面をつけたまま、外に出てみた。しかし、誰も指摘はしないし、視線を感じることはない。般若のお面は普通の人には見えないようだった。


 彼はそのまま生活した。

 この般若のお面をつけることで、彼は強くなっているのを実感した。

 あの頭の良い生徒に何か言われたら、嫉妬、怒り、殺意は芽生える。しかし、強くなった彼に、生徒は気づいたのか、口答えしなくなるようになった。他の生徒も従順に、彼の言うことを聞くようになった。


 彼は、般若のお面と共にあるのに違和感を感じなくなった。それと同時に生徒への殺意が日に日に増していった。

 いつしか鞄に包丁を入れ、持ち歩くことが習慣になった。理由は、生徒にいつ反抗されても殺せるように、だ。


 ある日、ふざけたバカな女子生徒と2人きりになった。その彼女にからかわれた、と彼は思い、彼女を包丁で殺そうとした。

 だが、女子生徒はコンパスでお面を壊した。


 彼は途端に正気に戻った。

 生徒を、殺そうとした。

 その事実に自分が恐ろしくなった。

 ひどく動揺した。


 しかし、女子生徒が彼以上に気が動転していて、その姿を見たら、彼は少し落ちついてきた。

 しまいには女子生徒は土下座して謝り、そして、うさぎの耳のカチューシャを彼に差し出した。

 その意味不明な姿に笑ってしまった。


 謝らないといけないのは、彼のほうだ。彼が彼女にしたことは立派な殺人未遂なのに、彼女は彼の行いを演技だと勘違いしているようだった。

 彼はそれを訂正するかどうか、悩んだ。

 確かに殺人未遂をしたのだが、あれは彼の意思ではなかったような気がするからだ。

 とりあえず、女子生徒を帰して、考えてみることにした。


 翌日に休みをとり、壊れた般若のお面を供養してもらおうと、ある寺に行った。

 そうして、和尚に般若のお面を見せるとひどく驚いていた。

 その理由を聞くと、強い嫉妬に狂った女の霊が宿っている、という。


 何も知らずに買ってしまった彼を和尚さんは、「大変だったでしょう」と心配してくれた。

 これは、とても強い霊だったから、どんなに強い人でも支配されるだろう、とも言った。

 どうやってこれを壊したのか、聞かれ、正直に全てを言うと、「なるほど」と和尚さんは面白そうに笑った。


 そして、彼は和尚さんに、「教師を辞めようと思っている」とこぼした。

 彼は生徒を殺そうとしたのだ。教師の資格なんて、ない。そう思ったからだ。


 しかし、和尚さんは優しく笑って、首を横に振った。そして、こう言った。

 生徒に殺意を芽生えたのは、確実にこのお面のせいだ。どうしても辞めたいなら別だが教師の中でも君にしかできないことはあるんじゃないか、と。


 彼は、そこでお面を壊したバカリというあだ名の女子生徒のことが脳裏に浮かんだ。


 あの女子生徒は素直なのだが、色々と問題児で、他の教師も手を焼いていた。

 なにが問題かというと、バカなのだ。よく入学出来たな、と思うほどのバカなのだ。

 しかし、古文のテストだけは、ずば抜けていい。

 彼はテストを簡単にはしていないし、彼の授業を彼女が理解しているのだと自信を持っていいのだろう。


 彼女も言っていたではないか。“先生の古文なら、分かります”と。


 彼は元々頭が良かったわけではない。しかし、弟に勉強を教えた時にわかりやすい、と言われた。

 それが、教師になるきっかけだった。


 わからない生徒に、わかりやすく説明をしてあげる。これは彼が教師をする理由だ。

 彼が辞めてしまい、他の教師が古文を生徒に教えたらどうなるのだろうか。

 あのバカな女子生徒は、ただでさえ他の教科のテストの点数はボロボロなのに、さらに古文も理解が出来なくなり、破滅へと一途を辿るのではないか?

 そう考えたら、自分がいなければ、と使命感に燃えてきた。


 彼は和尚にお礼を言った。


 そして、また彼は翌日から学校に通勤し、辞めずに今も教師を続けている。

 わからない生徒に、わかりやすく説明して、優しく、笑顔で。

 ちなみにうさぎの耳のカチューシャは思い出として保管している。













家に帰宅した灯。


「あれ?今日は塩かけてこないの?」


「え?だってあんた、今はただの人間じゃないの」と母。


「いや、私の心はうさぎだよ」


「いや、きもい人間だわ」と兄。


「き、きもい!?」




そんな灯が


変質者の男の子と


般若教師にびびった


そんな2日間の話。














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