13話:怖がり少女と悩むモノ(前編)
お姉ちゃん、泣かないで。
僕はいつもそばにいるよ。
どうしたら、お姉ちゃんは笑ってくれるの?
お姉ちゃん、泣かないで。
僕が、お姉ちゃんを笑わせてあげるね。
灯は公園にいた。
公園の池に大量繁殖をしている亀を眺めて、にやにやと笑っている。かなり怪しい人だ。
しかし、隣には兄がいるため、不審者として通報されずに済んでいる。その兄は灯の事を全く気にしていない様子で立ったまま小説を読んでいた。灯の足元には、黒猫がつまらなさそうに欠伸をして寝っ転がっている。
何故灯がにやにやと笑っているのか。答えは簡単だ。黒猫のコタローは人間とも喋ることのできる“ネコマタ”という種類の猫で、人間以外にも色んな動物と喋られるのだ。灯の大好きな亀とも喋られる。
ある出来事を通して、灯と亀が喋られるようにコタローが通訳をしてくれる約束をしていた。そのことを灯はすっかり忘れていたが、また最近思い出して、今日その約束を果たしてもらうために、この公園に来た。
「ねーねー、あの亀に、元気ですかー?って聞いてよ、コタローさん」
灯は嬉しそうに、灯の近くにいる亀を指差して言う。
コタローはぷすっと鼻から音を出して(コタロー流の鼻笑いだ)、亀に向かって何やら呟いた。
目をつぶっていた亀が、少しだけ目を開けて、口を少し開けた。
「コタローさん!コタローさん!なんて言ったの?」
フンフンと鼻息を荒くして、灯がコタローに聞く。
「“んーーー”と言っている」コタローが答えた。
「あはははは!“んーーー”だって!私、亀と喋ってる!」灯は手を叩いて喜んでいる。
「コタローさん、コタローさん!あの亀に、何が好きですか?ってきいて!」
「“あーーーー。んーーーー。んーーーー。かーーーきーーー”と言っている」
「あはははは!お兄ちゃん!柿だって!柿!かーーーきーーーだって!あはははは!」
何故か爆笑している灯。
兄は「そうか、よかったな」と顔も上げずに小説を読みながら答える。コタローもつまらなさそうに、鼻をぷすっと鳴らした。
どのくらい経ったのだろうか。昼間から来て、空が夕焼けに染まるまで、飽きずに灯はコタローを通じて亀と喋っていた。
「そろそろ帰るぞ」兄が言う。
「はーい。コタローさん、亀達に、次は柿を持ってくるね、さようならって言って!」
灯の言葉を聞いて、コタローは亀に向かって呟いた。
亀達は一斉に灯の方をみて、口を少し開けた。その様子に灯はまた目を輝かせる。
「なんて言ったの?コタローさん!」
「“んーーー”と言った」
コタローの言葉に、灯は満足そうに笑った。
その帰り道に、灯は変な声を聞いた。
『したーにー。したーにー。したーにー。したーにー』
キョロキョロと周りを見渡して見るが、灯の近くにいるのは兄とコタローだけだ。変な声がどこから聞こえてくるのか分からなかった。
『したーにー。したーにー。したーにー。したーにー』
やはり聞こえる。灯は急に寒気がした。
兄やコタローには聞こえていないようなのだ。灯だけが聞こえる特別な声なのか?
「ね、ねぇ。お兄ちゃん、コタローさん。変な声聞こえない?」
灯がそう言うと、兄とコタローは首を傾げる。そして兄は耳をすまして、コタローは耳をピクピクと動かした。
『したーにー。したーにー。したーにー。したーにー』
兄はハッと何かに気づき、灯の足元を見て、顔を引きつらせた。コタローも、灯の足元を見て、瞳孔を開き、黒目を大きくした。
私の足元に何かいるの?
灯は、兄達の様子を見て、血の気が引いた。そして恐る恐る自分の足元を見ようとした。
しかし、それは出来なかった。一瞬のうちに、兄の肩に担がれたのだ。
兄は、灯を担いだまま、走り始める。
「え?お兄ちゃん!どうしたの?」
「ちっちゃいおっさんがワラワラいた!てか、重い!お前、重い!」
「えーー!私重くないよ!ちっちゃいおっさんって、ゆるキャラのほう?それとも妖精のほう?見たかった!ちょっと見に行くからおろしてよー」
「ダメだ!あれは確実に悪いヤツだ!あー、重い!」
「ちょい悪なちっちゃいおっさん!?重くないってば!」
「そうだ!だから、ダメだ!重い!」
「重くないってば!」
こうして、灯と兄は言い合いながら帰宅をした。玄関に着くなり、灯は兄に投げ落とされた。そこから兄妹喧嘩が勃発した。
灯は、自分の部屋にいた。
机に向かって、ノートに文字を書き込んでいる。勉強をしているように見えるが、灯のことだからもちろん勉強じゃない。
ノートの表紙には、“カメノート”と書かれている。カメノートは、カメの観察日記のようなものだ。灯は、“公園の亀は柿が好き”と書いていた。
カタカタカタカタ
部屋の窓が揺れた。
灯は身体をビクッと震わせて窓を見る。
風だろうか。
カーテンが少し開いていた。
あれ?ちゃんとカーテンを閉めていたはずなのに。
灯はそう思ったが、いや、ちゃんと閉めたつもりで閉めてなかったのかもしれない、と思い直した。
自慢じゃないが灯はO型だ。ちゃんとやったつもりでも、ちゃんと出来ていないことはよくあることだ。しょうがない、O型なのだから。
灯は気にせずにカーテンを閉めるために窓に近づいた。
何気なく窓から外を見る。灯の部屋の窓からは、道路が見えるのだ。
道路には、誰もいなかった。
そしてカーテンを閉めようとカーテンを掴んだ時、灯はある一点を見て息を止めた。
道路を挟んで向かい側の家の屋根に、男の子が立っている。
キャップ付きの帽子をかぶった男の子は、灯をじっと見ている。
灯は震える手で、勢い良くカーテンを閉めた。
そして転けそうになりながら、兄の部屋に駆け込む。
兄は入ってきた灯を見て、かすかに眉を上げる。
「お、おにいちゃん、向かいの家の屋根に男の子が立って見てた。イタズラかな?ストーカーかな?」
灯が挙動不審にそう言うと、兄は自分の部屋のカーテンを開けて向かいの家の屋根を見る。
しかし、誰も、何も、いない。
「本当だよ!見てたんだよ!」
灯が兄に詰め寄って、そう言う。
その灯の頭を兄はポンポンと叩いた。
「わかってる。この家には入って来れないから絶対に大丈夫だ」
兄が優しい口調でそう言う。
また、窓がカタカタと鳴った。しかし、今度は兄がいたので怖くはなかった。
翌日、父は仕事で、母は町内会の集まりで、兄は大学のイベントで家を留守にする。
コタローも何故かいなかった。
つまり、灯1人で家に留守番することになる。
「いいか。絶対に家に人は入れるなよ。もし誰かが来ても居留守をしろ。じっと大人しくしてろよ」
兄はそう灯に言い聞かす。そう言われたら、昨日の夜の出来事を思い出して、ますます怖くなる。
「じゃあ、お兄ちゃんの大学に連れてってよ」
そう灯が言うと、兄は嫌そうに顔をしかめた。
「ダメだ。あいつがいる」
「あいつ?」
「バカ界の王様」
バカ界の王様とは、灯にバカ認定された兄の友人のことである。先日、灯の家に何故か“喋る機能を搭載した壺”を置いていった友人だ。その壺を灯と父が壊してしまい、灯としては、会うのが非常に気まずい。
なぜ壊したコラー!と怒られるだけなら、まだいい。しかし、壺を壊したのなら弁償しろ!なんて言われてしまったら、灯はお金を払いたくないので(正確には貯金がないので払えない)、逃げるしかない。と、なると、会わない方がましである。
「わかった。行ってらっしゃい」
灯は大人しく1人で留守番することにした。




