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閑話:浮遊霊を悪霊にする会

 

 暗い部屋には4人の人々が集まっていた。

 ホワイトボードの横に立つのは、スーツ姿の女性。タイトなスーツであるためか、胸と尻の当たりが少しきつそうだ。

 ホワイトボードの前にあるテーブルを囲んで座るのは、3人の男女。

 茶髪で、耳にピアスをつけている、目つきの悪い私服の青年。

 中肉中背で、眼鏡以外の特徴がない、ブレザーの制服姿の少年。

 黒髪のロングヘアーに、非常に整っている顔をしているが、人形のような無機質さを持つ、セーラー服の少女。


 ホワイトボードには、デカデカと「目標:一匹でも悪霊を増やす!」と書かれており、その下には「桃、黒、赤、青」と書かれていた。


「では、第12回、浮遊霊を悪霊にする会、略してアク会の会議を始めます」


 スーツ姿の女性がそう言った。


「相変わらず堅苦しいなぁー桃ちゃんは。なぁ、赤?」


 茶髪の青年が、隣に座る眼鏡の少年に声をかけた。


「そうだな。と言っても、黒、君は砕けすぎているよ」


 赤と呼ばれた眼鏡の少年は、そう答えた。


「はぁ?そんなことはねぇよ。俺は普通だよ、普通。そう思うよな、青ちゃん?」


 黒と呼ばれた茶髪の青年は、今度は、前に座るセーラー服の少女に問いかける。


「・・・黒はうるさい」


 青と呼ばれたセーラー服の少女は静かにそう答えた。

 茶髪の青年が青筋を立てて、「はぁ?!」と少女を睨む。


「静粛に!私は忙しい合間を縫って来てるんですよ。本題に入ります」


 先ほど、茶髪の青年に、桃と呼ばれたスーツ姿の女性が、そう仕切った。


 この浮遊霊を悪霊にする会、略してアク会とは、そのままの意味の活動をしているグループだ。

 霊を悪霊にするために、計画を立てて執行するのだ。ちなみに霊を悪霊にすることを彼らは“悪霊化”と言っている。

 メンバーは、会長の“桃”という女性、立案者の“赤”という少年、執行者の“黒”という青年と、同じく執行者の“青”という少女で構成されている。

 といっても役職は名だけで、執行者だけに任せるのは頼りなく、大抵、会長・立案者関係なく、時間がある人同士のペアで、執行する。


「最近は全くと言っていいほど、実績を上げることが出来ていません。この前、全国に点在するアク会が集まって行う定期報告会で、私は・・・私は!バカにされたのです!許せません!酷いです!」


 その時の事を思い出したのか、いきなり泣き始める桃。

 そんな桃に近づき、ハンカチを差し出す青。


「あ、ありがとうー。青ちゃん」


 桃が感動して、青にお礼を言う。

 青は、桃の肩をポンと叩いて口を開いた。


「・・・うるさいからそれで口を塞げ」


 桃は、涙をさらにこぼした。


「青、追い打ちをかけたらダメだよ。こういう時は、たくさん慰めて気分を上がらせてから、一気に落とすのが効果的だ。そうすることでより絶望感を与えることが出来る」


 赤が、笑いながら言う。


「・・・なるほど」


 青がそう答えた。

 桃はしゃがみ込み、ハムスターのように丸くなり、静かに泣きはじめた。


「お、おい。桃ちゃんが可哀想だぜ?」


 黒が顔を引きつらせながら、フォローをした。















 桃は黒に慰められて、なんとか落ち着いた。

 また仕切り始める桃の目元は赤かった。


「ぐすっ、では、実績を上げることが出来なったことについて、反省点をいくつか挙げてください」


 シーンと静まり返る。

 皆、誰も口を開こうとしない。


「反省をいかすことが出来なければ、次に進むことはできません!誰も発表しないなら、1人ずつ発表してもらいます」


 桃の言葉に、黒は「はぁ?」と不満そうな顔をしたが、桃の顔がまたくしゃりと歪んだので、慌てて「おっと、やるやるー!」と言った。


「じゃあ、桃からどうぞ」


 赤がそう言い始めた。


「え?私?」戸惑う声をあげる桃。


「言い出しっぺからやるのが世の道理だよ。さぁ、早く」と赤。


「え?えっと・・・私は仕事が忙しくて・・・」

 しどろもどろの桃。


「仕事が忙しい、のか。黒は休みが月に2日しかないの時もあるらしいけど、もっと忙しいのか。桃は大変なんだね。

 僕や青はこの前なんかテスト期間中だったのに、毎日公園行かされた。あれは大変だったなぁ。けど、桃はもっと大変だったんなら、しょうがないね」


 週休2日で探偵事務所の事務をまったりとやっている桃は、赤の言葉にぷるぷると震えて瞳に涙を溜める。


「ったくよ。仲間割れしても意味がないだろうが!反省云々は関係ねえ!悪霊化に出来なかった理由は一つしかないんだよ!」


 怒鳴る黒。


「・・・謎の少女」


 呟く青。


「そうだ!そいつがことごとく邪魔しやがる!そいつを殺さないと気がすまねえ!」


 黒が興奮し、握りこぶしをテーブルに振り下ろす。

 ドンッという音が部屋に響いた。


「謎の少女が確かに、ここ最近のアク会の活動を妨げになっているようですが・・・私達の決まりごとを覚えていますか?」


 桃の言葉に、赤が答える。


「“人に直接手を加えない”」


「そうです。私達の目的は、“より多くの霊を悪霊化させて、そのことにより人々を恐怖のどん底に突き落とし、脅えながら死んでもらう”ことです。

 私達が手を加えたら、それはただの殺人になってしまいます」


「・・・ならば、悪霊に殺してもらったらいい」


 青が呟く。


「それが出来たら、どんなにいいか・・・。そもそも謎の少女が何処の誰か、ということを調べて探さないといけません。その上、浮遊霊を見つけるのも大変で、悪霊化をするのにも時間がかかるんですよ。

 少女を探す手間を考えてたら、それよりも、ひたすら、より多くの浮遊霊を探して、悪霊化したほうが私は効率的だと思います」


「けど、今までも、あともう少しで悪霊化しそうなヤツを、横から奪われたじゃねぇか!チッ、この前も!」


 黒は拳をワナワナと震わせた。


「この前、とは?」


 桃が首を傾げる。


「ああ、まだ桃に報告してなかったね。黒と僕とで執行していた、虐待されて殺された浮遊霊の“ちさ子”ちゃん。ほら、ほぼ悪霊化してるって話してたでしょ?」


 赤がそう答える。


「ああ!やっと実績があげれると思って皆で喜んでいましたね!それがどうしました?・・・え、まさか・・・」


「そうそう、失敗したんだ」


「え?」


「失敗したんだ。謎の少女のせいで」


「そんなバカな!」


 桃がまたくしゃりと顔を歪めた。


「マジで最悪だったぜ。もう、あれ悪霊化していたよな?」


「そうなんだ。“ちさ子”ちゃんは悪霊になったばっかりだった。だけど、顔を隠した謎の少女に奪われたんだ。それはそれで、僕たちには好都合だった。“ちさ子”ちゃんの記念すべき、最初の殺す人間が、僕たちには邪魔な謎の少女になるんだから。

 そのまま放置してもよかったんだけど、謎の少女があまりに必死に逃げるから、面白くて追いかけたんだ。そして、謎の少女は、“ちさ子”ちゃんのおかげで、崖から転落したのを見た」


「じゃあ、成功じゃないですか!」


「俺たちもそう思って、普通に帰ったんだ。そうしたら、その結果はコレだよ、コレ」


 黒が、新聞紙の切り抜きを、テーブルの上に置いた。

 それを見て青が読み上げる。


「・・・“崖から落として殺して埋めた”と母親が供述。この事件は、○月○日、○○の森に猫が骨を咥えていたのを、偶然通りかかった人が気付き、警察に通報。警察が捜査したところ崖の下に埋められている白骨遺体を発見し、事件が発覚した。この白骨遺体は、当時3歳だった安田ちさ子ちゃんのものだと判明。母親の安田とも子容疑者は、“崖から落として殺した。落としたところに埋めた”と犯行を認める供述をしている”」


「“ちさ子”ちゃんは悪霊化していたんですよね?そうしたら、白骨遺体が見つかっても、何ら問題はないと思うのですが・・・」


 桃が首を傾げて言う。

 赤がため息をつく。


「だから、桃は馬鹿にされるんだよ。もし、謎の少女もそこで死んでいたら、遺体は2つあることになるだろう。けれど“ちさ子”ちゃんの白骨遺体の発見現場に、他の遺体があったことがどこも書いていない。

 別の事件として扱われているのかと思って調べても、そんな事件は見当たらない。つまり謎の少女は生きている」


「そんで、少し警察が落ち着いた時を見計らって、“ちさ子”を探してみたんだよ。どこにも見当たらなかった。“消えた”んだよ、謎の少女とかいうバカのせいでな!」


 黒が、口唇を噛んでそう言った。


「そ、そんな・・・。悪霊化したモノがそう簡単に“消えた”なんて・・・」


 桃が呆然とした表情で言った。


「・・・やっぱり、謎の少女を殺すしかない」


 青が静かに呟く。


「あははは!殺そうぜ!」


 高笑いする黒。


「そうだね。もし、頑張って悪霊化しても、今回みたいに簡単に“消えた”りしたら、やるせない気持ちになる。僕も謎の少女を殺すのに賛成だ」


 淡々と赤が言う。


「・・・皆がそう言うなら。でも、どうやって、謎の少女を探しましょう?」


 桃が尋ねた。


「桃ちゃん、探偵事務所で働いてんだろ?なんとかなんねぇのかよ」


 黒の言葉に桃は、首を横に振る。


「私、事務なので・・・」


「・・・役立たず」


 青がボソッと呟いた。

 桃は聞こえたらしく、またしゃがみ込み、肩を震わせた。


「桃、落ち込むのはまだ早い。実は、誰にも言ってはなかったが、謎の少女について知っていることがある」


「本当ですか!?」


 桃は、赤の言葉に、勢い良く立ち上がった。


「本当だよ。まず、謎の少女は“なのはな区”の住宅街に住んでいること。 これは以前、幽体離脱していた男を、肉体には戻さずに悪霊化させようとした計画の際に、邪魔をされていたことで分かった。あそこは住宅地なので、住む者しかあの辺りを歩くことはほとんどないだろう。あの幽体離脱した男はずっといて元の身体に帰れないでいたのに、いきなり“消えた”。多分、謎の少女なのだと思う。

  次に、亀好きであること。これも悪霊化を計画して失敗した“なのはな区”の公園にいた老人の霊から聞いた。他にも聞き出そうとしたが老人は口を割らなかった。だから公園で見張っていたが、僕たちの存在に気付いたのか偶然なのか、謎の少女を見つけることは出来ずに、老人は“消えた”。

  最後は、うちの学校のバカそうな女子高生である、ということだ。これも悪霊化計画を阻止されて、情報を収集して分かった」


「本当かよ!同じ学校なら、すぐに分かるんじゃないか?」


 黒が興奮した様子で言う。


「それが分からないんだ。“氷の王子様”と呼ばれている男子生徒の姉の霊だったんだが、自分の死で塞ぎ込んでしまった弟が気がかりで浮遊霊になっていてな。それで、僕が1人で悪霊化計画をすすめていたんだが、気がついたら姉の霊は“消えて”いたんだ。

  気がかりで、情報を収集してみたら、“氷の王子様”の元に1人の女子生徒が来たらしい。女子生徒は、鼻メガネをつけ、とんがり帽子を被っていたらしい。“氷の王子様”は、その出来事から徐々に明るくなったんだと。僕は、謎の少女と、そのバカそうな女子生徒は同一人物だと思ってる」


「じゃあ、バカそうな女子生徒を探したら、すぐに見つかるんじゃないか?」


「うちの学校は、学力別にクラスが分かれてるんだ。僕は、もちろん優秀なクラスにいるんだが、その逆に、バカが集まるクラスもあるんだ。

  僕には、バカが皆同じ顔に見えてしまう病気がある。だから、謎の少女がバカということがわかっても、バカのクラスにいったら全員同じに見えてしまう。

  ああ、君たちは、分からなくなる時もあるけど、ちゃんと覚えているから大丈夫だよ」


 赤の言葉に、皆黙り込んだ。

 青が口を開く。


「・・・つまり、“なのはな区”に住んでいる亀好きのバカ女子高生を探して、悪霊をけしかけて殺せばいいのね」


 赤は頷く。

 黒は笑った。

 桃は唾を飲み込んだ。

 青は無表情だった。















「へっ へっ へっ うぃー」


 変な声をあげた灯が、たらりと鼻水を垂らした。

 まだ風邪が治っていないのだ。


「なんだ、今の変な声は」


 灯の兄がそう言いながら、灯にティッシュを渡す。


「くしゃみが出そうで、出なかった声だよ」


「ありがとう」といいながら灯はティッシュの紙を取り、鼻水を拭い取った。


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