I arrive at the snowy district
夢をみた。
あの日の夢だ。周りは全て朱に染まっていた、それは人間の血の色だったのか、それとも炎の色だったのか。
闇夜には月が浮かんでいた、それすらも紅かった。月が緋色に染まるのが合図だったはずだ。
……、肩疼く。痛みが、教えてくれる。ただ、身を任せればいいのだと、そう言っているようだ。
委ねてしまえばきっと楽になれる、けれど彼女はそうはしなかった。必死に抗った、だが相手の「力」は強大で凶悪だった。
エレンには他者よりもその力は秀でていた、けれども結局はただの人間だ。その相手、「神」とされるそれに敵うわけもない。
風が、吹いた。生ぬるく、気持ちが悪い。全てにまとわりつくようだ。エレンは叫んだ。
「もう、やめて!!!!こんな、もう……!!」
そんなものは届く訳も無く、そしてすべては朱に染まった。強風が吹き、意識が持っていかれるようだ。
もうそこからは、曖昧でよく覚えていない。思い出すのも辛く感じるので、寧ろ好都合だったのかもしれない。
まどろみから引き上げられるように、身体を揺さぶられて目を覚ました。
あぁ、そうだ、あれは夢だったのだ。過去にあった間違いの無い現実の――
「ねえちゃん、もう着くぞ」
先ほど、笑談で盛り上がっていたろう、そのうちの男が顔を覗きこんでいた。はっとして目を逸らす。
「あ……、起こしていただいてありがとうございます」
ぼんやりとしている場合ではなかった。
ひとつ、礼をして立ち上がった。男は、いや、と言っていたようだが、それ以上は何もいわず仲間の元に戻っていった。
こちらが余所余所しいので、きっと空気を読んでくれたのかもしれない。それがありがたいと思った。
被っていた毛布を側に置き、その場を立ち去る、なるだけ人と関わりたくはない。
無関係ならば尚更、だ。誰も、自分という人間を知らないとそう言ってくれた方が楽に感じる。
その人たちも、きっとその方がしあわせなんだ、エレンはそう思う。
こんな自分なんかと関わった方が、きっと幸せになれない。不幸になってしまうのではないか。
だったら最初から、関わらなければいいと、そう思っている。だから人を遠ざけるのだ。
右肩をそっと触ると船室から甲板に出る階段に足をかけた。
甲板に出ると、見たことのない風景が広がっていた。辺りは白に染まっていた。
あまりの美しさと、寒さに身震いしてしまう。
(きれい、でも。凄く、寒い……)
初めての真っさらな風景にぼんやりと思う、過去に見た光景とは全く違う。
色が変わるだけで全然違うのだと、そう思った。一面が同色に染まったのを知っているのは、闇色と深紅だけだ。
思い出すだけでも、ぞっとする。それは恐怖、としか言いようがない。
だから、初めて知った白は、とても美しく感じると共に寂しくも感じられた。
(このまま、白にのまれてしまいそうだ――)
のまれてしまい、全てなくなってしまえばどれだけ楽だろう。こんなこと、考えてはいけない。
わかっている、忘れてはいけない。けれど、そういう風に望んでしまうのだ。
(自分に嘘はつけない、か)
がくん、と船が揺れ岸についた。船員達や乗客たちがざわめいている、雪国の港町アールズに到着したようだ。
海を眺めていたが直ぐに我に返り、船員が誘導している降り口に導かれた。
港町は予想以上に賑わっている、ここには自分の目的を果たすものがあるのだろうか。
少しでも、この旅のおわりに近づく事が出来るのだろうか。彼女は船を後にし、そう思った。
雪は静かに降りしきり、彼女の足跡を消していった。