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メメント・モリ  作者: 渡り烏
第一章「切る者」
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9  情報

 陰気な部屋。

 カビ臭さの漂う室内は灰色のコンクリートで覆われ、中にいるものに強い圧迫感を与える。裸電球が一つだけ下がった薄暗い室内に、中央の机を挟んで二人の男が向かい合って座っていた。

 しかし、その二人が対等の関係ないことは明らかだ。スキンヘッドの男は椅子に縛り付けられており、椅子に座りなおすことすら難しいだろう。

 対する男は室内にもかかわらず黒い帽子を被り、顔を隠すかのように斜め下を向いている。


「(あなたもしぶとい。普通の人間なら、この部屋に長時間いるだけでプレッシャーに負けるでしょうに)」

「(俺を軟なジャップどもと一緒にするんじゃねえ、チキン野郎が)」

「(まったく、可愛げなのない)」


 男は困ったように肩をすくめ、腕を組む。そこでその会話を打ち切るように、室内にノックの音が響く。

 室内の二人が扉へと目を向けると、返事をするよりも早く、扉が内側に向けて開いた。


「なんのためのノックだったのかね?」

「室内にいるかどうかの確認のためだ」


 シュンはスタスタとなんの躊躇いもなく部屋に踏みこんだ。ミリガンに一瞥を投げ、机の上に紙袋を放り投げた。着地の衝撃で袋の中身が僅かにはみ出る。写真だった。


「さて、俺は少しこのタコと話がしたい。出てくれるか?」


 銀はどうぞご自由に、と言った風情でなめらかに腕を動かすと、席を立つ。開けたままの扉から外に出ると、後ろ手に扉を閉めた。

 銀の腰かけていた椅子に腰を下ろすと、机の上に散らばりかけている写真を手に取った。


「(さて、お前に話を聞きたいんだが、どうせ素直に喋らないだろう? だから、ひとまず俺のコレクションを鑑賞しようと思ってな。持ってきた)」


 そう言うと手に取った写真を一枚ずつ、丁寧に机の上に配置していく。写真を一枚、また一枚とおく度に、ミリガンのうすら笑いが硬直していく。そして、シュンは配置を終えた写真を一枚を手に取った。赤い液体の中に、拳のようなモノが映りこんでいる。


「(さて、まずこれだが……ふむ、多分回転式のやすりで指を削り取った写真だな。やすりの音がうるさくて五指を全部削るまできづかなかったっけ)」


 ミリガンによく見える位置まで写真を持ちあげ、数秒間見せてから自分で眺めなおす。薄く笑いを漏らしてから紙袋に収め、次の写真を手に取る。床で全裸の女性が口を空け、虚ろに天井を見上げている。


「(これは少し分かりにくいが、全身の関節を外したやつだな。顎の関節を先に外してたから、情報吐き切る前に気絶してた気がするな。こいつは――)」


 次々とその凄惨な収集品コレクションをミリガンに説明していき、シュンが自慢話を終えたころには、ミリガンの表情筋は長時間の硬直に引きつったように痙攣を見せていた。

 そして、最後にシュンがにこやかに問うた。


「(さあ、どれで拷問されたい? ……まあ、準備するまでゆっくりしてな)」


 シュンはそのまま立ち上がり、ミリガンの腕に注射針を突き刺した。


                       ▼


 数十分後。灰色の扉が開き、シュンが姿を見せた。先ほどの部屋とは対照的に広々と、明るい雰囲気を見せる部屋の中に、丸いこげ茶のテーブルが一つ、パイプ椅子が四つ、人影が二つ。


「どうだった?」


 椅子の背もたれにこれ以上ないほどに浅く腰かけ、文庫本を読んでいる。その横に置かれている椅子に座り、シュンが息を吐いた。


「ひとまずだが必要な情報は引き出せた。あいつはまだ薬の効果で朦朧としてるよ」


 シュンがミリガンに注射したのは自白剤。

 自白剤とは、フィクションに見られるような、投与すれば何でも喋り出すような便利なものではない。投与することで大脳上皮を麻痺させ、判断力を低下させるだけであり、薬物に対する抵抗が身に付いていればもちろん、意思の力ででもどうにかなる程度の代物だ。また、真っ先に最重要の要件を引き出そうとしてもうまくいかないなど、コツもいる。

 シュンがミリガンに「写真集」を見せたのも、彼の意思を弱める効果を狙ってのことだ。彼に自白剤を見せなったのも、彼に心の準備をさせないためだ。

 軍隊に所属していた経歴から薬物耐性の心配もあったが、どうやら問題なかったようだ。


「あいつらも邪魔な存在を察知しているらしい。相手方は能力者の数も多いらしい。それと、現在は資金集めに重点を置いているらしいから、どこか潰れた組織が復帰を図ってるのかもしれない」

「そうか、ごくろうだった。こちらも丁度連絡を受けたところだよ」


 そう言って銀は懐から茶色の封筒を取り出し、テーブルに放り出した。シュンが手に取り、中から紙を引き出す。


「どこからだ?」

「警察だ」


 特異な依頼先の名前を聞いても、その場に動揺の類は見られない。

 正直、シュンもリョウもその手の依頼は受けた経験がある。警察は後手に回らざるを得ない。だからこそ、彼らもできる限り様々な方法で情報を集め、予測を立てようとする。

 それ故、犯罪が確実に発生すると考えられる場合――大抵は非合法な情報網にかかった情報からの判断だが――には、彼らのような裏方に依頼することも稀にだがあるのだ。


「で? 内容は?」

「学習塾への潜入護衛と言ったところか。どうやら、拷問集団が絡んでいるらしいが」

「拷問集団ってあれか? 子供を誘拐しちゃ、その子供の悲鳴を聞かせて金を巻き上げるっていう」


 そこで初めて、リョウが文庫本から顔を上げた。

 表沙汰にしないよう情報統制がかけられているようだが、人の口に戸が立てられないのは世の常だ。

 拷問集団。子供――といっても大抵は中学生だが――を誘拐し、身代金を要求する犯罪者集団。この集団には大きな特徴が二つあり、一つはその名の通り被害者に肉体的苦痛を与えることだ。その際の悲鳴を電話越しに聞かせ、身代金をより多くむしり取る。誘拐の対象もある程度の金持ちの子供ばかりで、手当たり次第に誘拐しているわけではないらしい。

 ここまではまだ内容的に納得できる。しかし、この集団の特徴とされるもう一つの点は、その悲鳴を上げていた被害者の肉体に何ら外相が見られないことだった。

 被害者が演技で悲鳴を上げているとは考えにくく、現に発見直後の被害者は肉体、精神ともに疲弊しており、ろくに喋ることすらできない場合が多い。


「そうだ。私の考えでは彼らの特徴からして、『宿主』が関連している可能性が高い。加えて――」

「資金集めに重点を置いている組織、か。関連はありそうだな。だがどうする? 流石に全員を護衛することはできないが」

「それは策がある。彼らの持つ生徒証に小型の発信機を取り付ける。彼らの内、動きのおかしい者だけを追えばいい」


 要は囮捜査だ。生徒を囮とし、事態が発生した際に収集に乗り出す。後手に回らざるを得ないことは変わらないが、警察よりははるかに早く動くことができる。シュンたちの入塾は彼ら自身も囮になるためだ。夏休みのこの期間、彼らが拘束される時間が最も長いのが塾であるため、彼らもそこで待機することが最も望ましい。昼休みの時間中にことが起きる可能性もある。


「それと、シュン。君は依頼主クライアントに会いに行ってくれ。なんでも、直接話があるらしい」

「誰からだ?」

「警視総監だ。知り合いだと聞いたが?」

「ああ、なるほど。ところで、リョウ。レンはどうした?」

「さあ? なんか用事でもあんじゃないのか? 電話が通じなくてさ」



 彼に連絡が取れないことはそう珍しいことではない。彼もそれなりに零番街の諸事で忙しい。

 再び文庫本の上で視線を滑らせ始めたリョウは、興味がなさそうに肩をすくめた。

 そんなリョウにため息をつくと、シュンははいってきた時とは反対側の扉を開けた。

 出て行こうとするシュンの背中に、リョウが思い出したように疑問を投げた。


「なあ、今日お前が持ってきてた写真って、お前が実際にやったやつか?」


 シュンはリョウの問いに立ち止まり、その疑問を否定した。


「いや。『拷問屋』から買った。拷問ってのはやるほうも疲れるからな。出来るだけやりたくないんだよ」


 シュンはそう答えながら肩越しに、眼帯をした目をリョウに向けて薄く笑うと、扉を閉めた。


                        ▼


 一定間隔で並ぶ十字路に結ばれた直線の道が続き、左右に二階建て程度の住宅が並ぶ。脇を見やれば芝に水を撒く男性や、子供たちが走り回って遊ぶ様子を見ることができる。高級とはいえないまでも、中の上程度の所得を確保した、中流階級の住宅街を一人、異質な人影が歩いていた。

 治療用の白い眼帯に付け替えてはいるが、やはりその雰囲気を完全に隠すことはできない。彼が通った瞬間、その付近の空気が冷める。

 冷めた空気を周囲に撒きながら、シュンは目的の家にたどり着いた。

 芝は青く刈られ、一階部分に設けられた車庫にはスズキの軽自動車が見える。クリーム色の外壁は落ち着いた雰囲気を見せ、ソーラーパネルを置いた屋根からは環境への配慮もうかがえる。

 中央に設けられた歩道を進み、薄緑の扉の横に設けられたインターホンを押すと、間延びした音が平和に来客を知らせた。


「ガッ――!」


 待ち構えていたかのような、脊椎反射的な反応速度で扉が開かれ、シュンの額との間で固い音をたてた。


「おっと、すまんな」


 顔を見せた初老の男性が、シュンに悪びれた風もなく詫びた。

 最近の似た出来事を思い出し、ため息をつく。手を上げて誠意のない詫びに答えながら、シュンは家主の導きに従って敷居を跨いだ。

 フローリングの床を渡り、背中に付いて進む。無言のまま居間と思われる場所に通され、そこに置かれていたソファに腰掛ける。

 退屈しのぎに簡単に部屋の中を見回す。木のテーブルが台所を区切る壁に備えつけられており、――料理を運ぶ距離を短くする工夫だろう――来客用と思われる対面に配置された革張りのソファ。他にもテレビに向いた大きめのソファが置かれ、窓際には観葉植物も見える。まるでモデルルームのような部屋の構成が、この家の幸福を垣間見せていた。

 その間に先ほど扉を開けた初老の男性が、緑茶と羊羹ようかんを載せた盆を持って再び現れた。

 黄土色のベストと灰色のスラックス。顔にはしわが刻まれ、頭には白髪が見える。しかしその視線は鋭く研ぎ澄まされ、のんびりとした家の雰囲気とは違う職場を持つことが窺える。

 男性が盆を小卓に置き、ソファに深々と腰かけたところでシュンが口を開いた。


「久しぶりですね。順調ですか」

「順調なら、君たちに頼むこともないのだがな」


 男性の凛とした言葉を聞きながら、緑茶を一口すする。甘さすら感じるすっきりとした風味を味わい、羊羹を口に放り込むと、小豆の香りが口腔に漂った。


「久々ですが、どうしたんですか? まさか、彼女たちが標的だと?」

「まさにその通りだ」


 肩をすくめながら投げた問いが、予想外の重さと共に打ち返された。シュンの目が細く、鋭く研がれる。


「要件を聞きましょうか」


もう、一週間のごとの投稿なんて言ってた時期が懐かしいですね。一応受験が存在しないので他の方に比べれば楽なはずなんですが……なんといっても書くのが遅いもので。まあ、今後もがんばります。


それと、前回の反省でもあったのですが、キャラが多い……。読者の皆様に負担をかけないようにしたいのですが、難しいですね。本当に。

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