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メメント・モリ  作者: 渡り烏
第一章「切る者」
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8  経験と償い

「お前ら、ニンニク平気か?」


 返事を受けてから油をフライパンにしき、少し温めてからニンニク丸一つ、四本分のニンジン、キャベツ一個半、もやし二袋の順番で刻んでおいた材料を放り込み、ふたをして振るう。

 野菜に焦げ目が付いてきたところで適当に塩を振い、オイスターソースと絡めて大皿に盛り付ける。


「いっちょ上がり、と」


 一人呟き、皿を持って居間――といってもほぼ一部屋だが――に戻る。ちゃぶ台の中心に山盛りに野菜炒めをのせた大皿を置き、白飯をよそっておいた茶碗と箸を取り上げる。


「いただきます」


 声をそろえて手を合わせ、それぞれおかずに手を付ける。適度な塩味と野菜の旨みが絡み合い、出来は上々。――全体として通常とは言えない量ではあるが。

 にわか雨だったらしく雨はとうに上がっており、シュンの前に座る少女二人は帰ることも出来るのだが……話を聞いてみればどうやら帰る場所がないらしい。

 彼女たちの施設は現在までなんとか潰れることなく存続していたケースの一つらしい。しかし、つい先日施設の解体が決定。それぞれが身の振り方を決めるように指示された。それまでと同じように養子として引き取られるか、零番街に移住する。もしくは奉公のような形で住み込みで働く以外に道はないのだが、彼女たちは盲目の鈴音のこともあり、決めかねていたのだろう。

 そして、今日。施設から離れる前日、学校――通っている中学校の一学期終業式でもあった――の帰りに雨に降られ、雨宿りをしているところにシュンが声をかけた、ということらしい。傘も忘れたわけではなく、一人一本ないという状況で、ジャンケンに負けたために手ぶらだったそうだ。


「なるほど。だが、いくら困ってたからって、いきなり声掛けてきた男について行くってのはもうよせ。いくら施設がいい加減でも、『知らない人について行くな』ぐらいは言われたろ?」

「はひ、ふひはへむ。へも――」

「口が変形するほど物を詰め込んでしゃべろうとするな。呑み込め」


 限界まで口に食料を詰め込み、まともに動かない口で荒々しく咀嚼すると、今度は喉を変形させて呑み込む。肉食獣でもここまで豪快な食事はしない、そう思わせる食事風景だった。

 口の中身をあらかた呑み込んでから、若葉が改めて口を開く。


「非常識だとは思ったんですけど、父さんに――あっ、施設の管理者なんですけど――『善い人に出会ったら迷わずついて行って幸せになりなさい』って言われてるんです」


 シュンは思わず額に手を当て、ため息をついた。

 確かに、食いぶちは減らしたいところだろう。彼女たちを中学に通わせているのは恐らく一食分が安いにもかかわらず、十分な栄養を取ることのできる給食を食べさせるためと、子供たちを追い払い、自分たちが出稼ぎをするためだ。その施設にいた子供たちも放課後や休日はどこかで働いていたはずだ。

 シュンは若葉から視線を外し、鈴音に視線を向ける。鈴音は再度野性的な食事を開始した若葉とは対照的に、料理を静かに口に運んでいく。そして、シュンが視線を向けると彼女もまた振り向いた。


「どうかしましたか?」

「いや、お前の目……見えるのか? 盲目だと思っていたんだが」


 人によっては無礼だと感じるような質問を、シュンはあえて鈴音に尋ねた。それは、彼女の反応が、まるで見えているかのような動きだったためだ。「視線を感じる」とはよく言うが、まさか見られたことに瞬時に気付くわけではあるまい。

 彼女が盲目らしいという判断は、一瞬だったとはいえ間違っている可能性は低い。

 再度豪快に料理を腹に押し込み、若葉が口を開く。


「……良く分かりましたね。鈴音の目が見えないことに気付く人はほとんどいないんですけど」

「ええ、見えません」

「なら、どうしてそこまで正確に周囲のことを把握できる? さっきから動きが盲人とは思えないんだが」

「……音です」

「音、か。だが、どこまで把握できるんだ?」

「大体全部です。さっきなら、首の関節が鳴った音で私のほうを振り向いたことが分かりました」


 シュンはその言葉に首を傾げた。首の関節の音で首を巡らせたことは判断できるとしても、どのようにして首がどの方向にどれだけ動いたかを判断するのだろうか。

 盲人は常人に比べ聴覚が発達し、通常の三倍の速度で発せられる音声を聞き取れるとも言われるが、それほどなのか。いづれにしろ、通常をはるかに凌ぐ聴覚であることは間違いない。

 再度質問のために口を開いたシュンが問いかけるよりも早く、若葉が口を開いた。


「鈴音は耳がすごくいいんですよ。黒板に書いた文字も音だけで判別できるんです!」

「……となると、盲学校じゃないのか?」

「はい、私と同じです」


 若葉はそう言ってにこにこと笑いながら誇らしげに自分を指さす。仲の良い二人なのだろうが、「群れて」いるという印象ではない。同じ施設で育ったこともあり、どちらかと言えば姉妹といった感覚なのだろう。

 他にも、体育の授業にも他の生徒と同様に参加するなど、テストを口頭で行う以外に特別な待遇は受けていないらしい。


「そりゃすげえな」


 大量の料理の大半を腹におさめ、シュンは後方に手をついて体を支える。来客二人も箸を置き、落ち着いた様子だ。

 緩んだ空気の中、頃合いを見計らってシュンは最重要の質問を繰り出した。


「ところで、お前らどうするんだ? じきに居場所がなくなるんだろ?」

「そうなんです、よね」


 今まで朗らかな表情を見せていた若葉の顔が、ここで初めて曇った。実際、居場所がなくなるという恐怖にも似た不安は、人を蝕む。

 彼――シュンが頼めば零番街の連中は確実に、彼女たちの引き取りを了承するだろう。その感覚を零番街出身者の多くが経験したことがあるため――排他的であることもまた事実だが――彼らは同じ経験を持つ者に対しては協力的であることが多い。そうすれば彼女たちの居場所は確保できる。しかし、問題もある。第一は、金だ。

 既に彼女たちが自分の食いぶちを稼ぐための仕事場は周囲には無い。周囲の求人広告は零番街の住人でとっくに満員状態だった。

 となると、二人は居候状態することになる。零番街のグループで、資金は増えず二人を引き取ることのできるほど生活に余裕があるグループは、ない。

 分離させて別々のグループに分けるのも一つだが、この二人を引き離すのは気が進まない。鉄二に預けるという選択肢もあるが、彼に迷惑をかけるのも気が引ける。

 しばらく優柔不断に思考を巡回させ、別の方策を探す。しばらく顎に手を当てたまま硬直していたシュンが、ふと顔を上げる。あまり気の乗らない考えではあるが、まあ仕方あるまい。


「ちょっとついてきてくれ。ああ、その前に制服に着替えろ」


 それだけ言うと、自分はそそくさと外に出る。

 ドアを閉め、待つこと数分。未だ乾ききっていない制服に着替え、二人が姿を現す。体にまとわりつく衣服が不快なのか、時折制服の各所を引っ張り上げている。

 シュンはついて来いと手で合図し、階段に向かう。

 雨上がりの湿った匂いが鼻にまとわりつき、思い出したかのように足元の水たまりへ雨どいから水滴が落ちた。雲の切れ間からは太陽がのぞいている。

 一階に足を下ろし、少し先のインターホンを押すと、短く甲高い音が響き、来客を知らせた。曇りガラスの張られた、昔ながらといった風情の引き戸を前に数秒。ガラス戸を影がはい上り、濃くなった影が戸を引きあける。


「はいよー。……なんだい、あんたかい。なんか用かい?」


 鈴のような、とはお世辞にも言えないだみ声と共に、老婆が姿を現す。身長はシュンの腰程度と小柄ながら、その釣り上がった目から妙な凄みを受ける。


「いえ、ちょっと相談が」

「なんだい? 同棲は別にいいけど、二人も侍らせるなんてねえ。この色男」

「いや、そうなるんですか。この二人が家を探しているそうなんです」

「それで? どうしたいんだい?」

「いや、それが金がないようで――」

「そいつぁ、気の毒に。でも、タダはだめだね」

「でも、俺しか住んでないじゃないですか。空き部屋ばかりで。その中の一つくらい……」

「そうはいってもねえ、うちも慈善事業じゃあないんだよ?」


 そこをなんとか、いいやだめだ、そんなやり取りを繰り返すこと十数回。ついにシュンが業を煮やした。


「ええい、もう面倒くせえ! だったら俺がこいつらの分も家賃払ってやろうじゃねえか!」

「シュンさん――」

「へえ、中々粋な啖呵切ってくれるじゃないか、気にいった。畳の張り替えは私が面倒見てやるよ」


 突如敬語をかなぐり捨て、威勢の良い啖呵を切ったシュンと老婆のやり取りは、困ったように首をかしげる鈴音と、好転した状況に顔を輝かせる若葉を完全に蚊帳の外に放り出し、会話を進展させていく。

 シュンが保障者としてサインをし、若葉と鈴音にサインを求める。


「さすがにそこまでしてもらうのは……」


 ためらいがちに口を開いた鈴音の意見にシュンが振り向き、肩をすくめる。


「どうせ月四千円しか払わないんだ。問題ない」

「そうそう、良いってことさ。困ってるんだったら、このお人よしに甘えときなって」


 老婆は満面の笑みを浮かべ、胸を張り、ためらうような面持ちの鈴音に書類を押し付けた。

 にやりと笑うシュンの顔が鈴音の眼球に映りこむ。


「同じ境遇のやつらを見つけると助けたくなるのさ。零番街出身の馬鹿どもはな」


                     ▼


 同時刻、零番街で鎚の音が響く場所。

 相変わらず無心に鎚を振う鉄二の横に、長身の人影が佇んでいた。


「――そうか、試験を終えたか。お前よりも速かったな」


 囁くような静かな口調で鉄二に向けられたその言葉は、若干のからかいを帯びて彼の耳に届いた。


「お前ぇさんも食えねえな。全部を見通してるみてえなこと言って、しかも全部見通してやがる。シュンが来るようにしむけたのもお前ぇか?」

「ふふっ、お前が名前で呼ぶとは随分と信用されているな、あの坊やも。で、どうだ?」


 それまでのからかうような口調が消え、落ち着いた口調に変わる。その変化が、雑談から本題に入ったことを告げていた。


「まだだな。あの習得法は所詮そのコツをつかむだけだ。実物を切るにゃあ、経験が足りねえよ。とは言え、あいつの『蟲』の力か、才能があることに違いはねえがな」


 そこまで言って鉄二は顔を上げると、不敵な笑みを長身の男に向けた。


「俺が十年以上かかってやっと完成できた技術を一カ月で修得されちゃあ、かなわねえよ」

「ふっ、そうだな。ご苦労だった」

「あんたの頼みじゃなきゃ引き受けやしなかったがな」


 鉄二の返答に再度笑いをもらし、長身の人影は空気に溶けるようにしてかき消えた。


「……まったく、どこまで見えてやがるんだかな」


 老人の呟きと共に、鍛冶場は再び日常を取り戻した。


結構遅れて申し訳ありません。実はまだ夏休みの宿題を終えておらず、現在もレポートを書いております。正直こんなことしている場合ではありません。いや、本当に。

文化祭も近く、そっちの台本にも手を出す予定のため、非常にシビアです。あ、でも無責任に放りだしたりはしませんので。

(無責任に執筆を延長したりはしますが)今後もよろしくお願いします。

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