6 転機
シュンは全員を乗せたまま鉄二の家まで車を走らせ、銀に運転を代わった。
「では、また明日」
不快な一言を残して去る鉄クズ同然の自動車を見送り、リョウとレンを鉄二の家に入れる。既に床に就いたであろう鉄二に配慮しつつ、廊下を軋ませる。
「おい、シュン。お前どうしてわかったんだ?」
リョウの言葉に振り向き、シュンが視線を送る。その反応を疑問ととらえ、リョウが続ける。
「ミリガンのことだよ。あいつの能力」
「少し声を落とせ。あいつはもともと軍隊に属していた。普通ならナイフなり何なり隠してるもんだ。ボディチェックをする前だったから、武器を持っていたなら俺たちを殺すときに使わないのはおかしい。それだけだ。ナイフを確認のためにやってみた。そしたら、勝手に答えを教えてくれただろ?」
簡単に説明しながら扉をくぐり、一枚しかない布団を敷く。
「じゃんけん、ポン!」
じゃんけんで掛け布団、敷布団、枕の争奪戦を繰り広げたのち、それぞれの分け前を手に寝転がる。
一旦横になると、枕を抱えて不服そうにしていたリョウも疲れが出たのか、何も言うことなく深い眠りに落ちた。
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カーテンのない窓から金色の光が差し込み、部屋を徐々に浸食していく。
リョウは顔にかかった朝日を払うような動作を幾度か繰り返し、瞼を上げた。周囲を見回し、状況を確かめる。昨夜のことを思い出しながら、伸びを一つ。枕のみで固い床の上に寝ていたために痛む節々を擦り、立ち上がる。目をこすりながら改めて見下ろせば、未だぐっすりと眠っている二人が目に映った。
――こうなったらやるしかない!
何故か決意めいたものを内心で呟くと、どこから取り出したものか、油性マジックを握りしめる。
ゆっくりと仰向けに寝転がるレンに近寄り、傍にしゃがみ込むとその顔に手を伸ば――
「何やろうとしてんだよ」
手が別の手に掴まれた。レンも伊達に汚い仕事をしてきたわけではない。常人に比べ、悪意や害意の察知能力ははるかに優れている。とは言え、このような場面で役立つとは思いもしなかっただろうが。
「え、いや、起きぬけのメイクを……」
ごまかそうと目をそらすリョウに、レンが目元をひくつかせ、その横顔を睨みつける。ひとまずその手を離し、伸びをする。リョウと同じように周囲を見回し、腕を枕に未だ正体なく眠り続けてるシュンに目を留めた。そして、リョウからマジックを受け取る。
「シュンには止めとけ」
リョウは冷静にレンを引き留める。そのどこか達観した様子が、僅かな時間レンの行動を引き留めた。
「俺も前やろうとして……まあ、やりゃあ分かる」
ひとり頷くリョウをしり目に、レンがマジックのキャップを外し、シュンの近くにしゃがむと、ゆっくりとその手を伸ばす。レンはシュンの顔を窺いながら慎重に手を近づけていくが、未だ目は閉じられており、起きている様子はない。さらに手を近づけ、その先端が顔に触れようかとした時、ようやくその手が掴まれた。
内心安心しつつその手を戻そうとして、レンは気づいた。シュンは未だ眠っていることに。
疑問を感じるより早く、その腕が強く引かれ、咄嗟のことにバランスを崩したレンの胸元にシュンの手が伸び、さらに強く引きせる。声を上げる暇もなく、レンの体はシュンの体を越え、床に背を打ちつけた。
「な?」
上から覗きこむような姿勢で自身を見下ろすリョウに、レンは口を開けたが、空気の入っていない肺では声を出せるはずもなかった。
リョウは肩をすくめるとシュンに近づき、揺すり始めた。
「おい、起きろ。ユッサユッサ――」
声を出しながら拍子をとり、揺する。しばらく揺すり続けるとシュンがうめき声を上げ、寝返りをうつ。さらに執拗に揺すり続けると、シュンがようやく瞼を上げた。
「なんだ? せめて後――」
「後五分なんて言わせねえぞ!」
「――五時間」
単位が違った。
「そんなに寝かせてられるか!」
リョウは刹那思考停止状態へと移行したが、すぐに声を上げ、さらに強くゆすろうとシュンの体に手をかけた、その時。ドアノブの回る音が室内に響いた。
レンとリョウが勢い良く振りむき、戸口に立つ老人に視線を向けた。
見覚えのない二人組を視界に収めながらも、シュンの姿を確認した鉄二は問題ないと判断したらしい。二人に対し特に声をかけることなく、半分眠っているシュンに目を留めると、手に持っていた玄翁をシュンに投げつけた。
投げ方は適当だが、その質量は十分に凶器となる。しかし、飛来する鉄塊はシュンの掌に収まり、その動きを止めた。
再度目を開けたシュンの眼球に、仁王立ちする鉄二の姿が映った。数秒間かけて脳をゆっくりと回転させ、そうか、と呟いて体を起こす。
「今日が最後でしたね」
先ほどまで眠気の混じっていた声が瞬時に切り替わり、滞りない動作で体を起こし、既にドアから姿を消した鉄二を追いかける。
シュンは鉄二の背を追い廊下を軋ませ、未だ火の気のない鍛冶場を通り抜け、朝日の元へ全身をさらした。昨晩まで何もなかった鉄二の家の前には木製のテーブルが置かれ、その上になにやら液体の詰まった多量の酒瓶が置かれている。
訳も分からずついてきたリョウとレンはその場に立ったまま成り行きを見守っている。
二人の視線の先で、シュンが鉄二から野太刀を受け取った。
一口に野太刀と言っても、その長さは様々。だが、シュンの手にしているそれは明らかに長く、刀身だけでシュンの身長を上回っている。
大気に刀身をさらすその野太刀をシュンは慎重に数回振り、自身の背後に刀身を向け、腰を落とす。一度制止させてからさらに刃を持ち上げ、地面と刀身が水平になるように構える。
「よく見といてくれよ。後で確認するから」
軽い口調でレンとリョウに向かって言葉を発し、再度口を開く。
シュンの目つきが鋭く研がれ、カミソリのそれと同等の輝きを発する。僅かに風が吹き始め、雲が流れだす。
雲が陽を覆い、瞬間日陰を作りだす。その直後再度降り注いだ日光が瓶に反射した。
「うん?」
レンが疑問に眉を上げた直後、酒瓶の上半分がそろって宙を舞った。数瞬の空中浮遊の後、再度同じ場所に着地した瓶の上部分に収められていた液体がすべて同時にゆっくりと流れ出し、テーブルを伝い地面に滴り落ちる。
シュンは大きく一つ息を吐くと、ゆっくりと姿勢を戻し、振り向いた。
二分された酒瓶はそれぞれが光を反射し、シュンが手に持つ乾いた刀身を照らした。
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「で、なんなんだよ?」
鉄二の家に持ち込んだ荷物を巨大な風呂敷に包み、出立の準備をするシュンにリョウが問いかけた。やや曖昧なその問いに対し、シュンは布団を配置しながら答える。
「お前、剣の切り方を知ってるか?」
「は?」
「切り方の簡単な捉え方として、西洋剣は力で叩き切り、日本刀はその形状を活かして技術で切る。そこまではいいか? で、その両方を取り入れた剣術がさっき俺がやって見せたやつだ。力を速度に置き換え、日本刀の切れ味と形状を活かして切る。そういうことだ。まあ、適性がないと使えないらしいが」
「訳がわからん」
妙に誇らしげな答えにリョウの、シュンは鼻を鳴らした。
「やっぱりお前は二千回ぐらい死ね。もういい、行くぞ」
唐草模様の巨大風呂敷に包まれた巨大荷物を先に窓から下ろし、自身も鉄二から受け取った野太刀を手に、窓から飛び降りる。華麗に着地し、荷物を背負いなおすと、外で待っていたレンに視線を向ける。
その視線を感じたのかレンが振り向き、欠伸をする。
「お前、この後どうすんだ? 俺とリョウは家を持ってるけどよ、お前確か家ないだろ?」
「もう、一軒借りる準備をしてあるよ。万年空き部屋のある貸家だからな。つーかその言い方だと俺が浮浪者みたいだろうが」
レンとリョウは元は零番街の元締め的役割であったため、それぞれ家を確保している。対してシュンは元から住人であったとはいえ、家に帰ること自体が少なかったため家を別の「家族」に占領され、現在は流れのまま、歳月を経て劣化した廃墟に寝泊りをしている。そのため、一月前のような大雨が降ると退避せざるを得ないのが難点ではあったが、他に不自由はしていない。大勢の友人たちから誘いは来るのだが、何故かシュンは断り、ホームレス生活を続けていた。
「まあいいや。じゃあな。多分あいつから連絡が来るだろ。そん時にまたな」
それだけ言うと、もう用はないとばかりに背を向け、適当に手を振りながら別れる。
微かに聞こえたくしゃみに薄く笑うと、シュンは振り返ることなく零番街を後にした。
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零番街の先、と言っても一ブロック離れた位置にある三階建てのアパート――些か以上に古い――の前に辿りつく。
一度外観を確認し、適度に育った雑草の茂る敷地に足を踏み入れようとしたその時。
「こら、待てー!」
怒鳴り声が響き、その声に追い立てられるように、玄関の引き戸が乱暴に開かれた。
開かれた戸口から飛び出る人物の顔に、シュンは思わず嘆息する。
「またお前らか……」
誰にともなくつぶやき、一度脇に避け、ひょいと足をつき出す。逃げることに必死になっているまず一人。シュンのつき出した足に引っ掛かり、バランスを崩す。なんとか踏みとどまろうと宙に泳ぐその背中に、後ろを確認しながら走りこんだ二人目が激突し、倒れこんだ二人に三人目が蹴躓く。
奇妙に絡み合い、もがく三人の横にシュンがしゃがみ込んだ。
「あんたら、懲りないね」
揃ってシュンの方へ向けられた顔が、数分後、揃って付近の交番前に放り出されていた。
まずお礼を。さっそくお気に入り登録ありがとうございます。気づいたら増えており、結構感動しました。
序章はここまでです。また、ここまで読んでくださりありがとうござい ます。今後も末永く……いや、面白いと思っていただける限り、よろしくお願いします。
私の中で、ですが主人公はそこまで「最強」ではありません。後々彼の能力なども登場させますが、まあ色々と制約が。基本能力の高さは認めますが。
まあとにかく、これからも読者の皆様を楽しませることができるよう、見えないところに伏線を張り、先読みできない罠を仕掛けていこうと思います。