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メメント・モリ  作者: 渡り烏
序章
5/30

5  宿主

「いや~、流石ですねぇ。腕は鈍っていないようだ」


 その場にそぐわぬ間延びした声を流し、帽子で顔を隠した黒いスーツ姿の男がシュンにスタスタと軽快に歩み寄る。顔は分からないものの、その声が、姿がシュンの嫌悪する依頼主であることを示していた。


「『仕事場』を見学か? 随分と仕事熱心だな。いつ改心したんだ?」

「雇用主が人を雇う際には、相手を吟味するものだろう?」


 シュンの言葉に答えた言葉はそれまでの軽い口調が嘘であるように、深い落着きと共に発せられた。

 帽子を深くかぶり、ふざけたような軽い口調で必要なことだけを告げ、消える。依頼の報酬はいつでも帰りついた家に置かれている。帽子の陰から見える口元だけが、この男の唯一見える・・・部分だった。


「だが、雇われる側も雇い主が信用できない場合、色よい返事はしない。特に、顔も見せない不審者相手で、散々こき使ってきた相手となれば、な。そう思わないか?」


 シュンの言葉を聞いた口元が柔らかな弧を描き、あっさりとうなずいて見せる。

 軽い動作で頭に乗った帽子を取り、その見覚えのあるハンサムな顔をさらけ出す。

 『オリーブ』の経営者、肩書きを述べるならばそれで事足りる。しかし、彼を見知っている者からすれば、平静を保つことは難しい。しかしその顔を目にした途端、シュンはそれまでの渋面を崩し、カタカタと笑い出した。


「どうかしたか?」

「いや、泣き黒子の位置が左右逆だ」

「おっと、うっかりした。失敬」


 言いながら顔を一瞬掌で覆い、再度その顔を見せた時には、黒子の位置は移動を終えていた。

 薄く笑い、二十面相と呼んでみるか? などと嘯く。くるくると帽子を手で弄びながら、試すような視線をシュンへと向けた。


「俺は依頼を受ける気がないことを忘れたのか? 今回は例外だ」

「全く、目ざとい。いや、耳ざといと言うべきかな?」


 口調こそ変わったものの、警戒心を抱かせぬその飄々とした雰囲気は変わらない。同意を求めるように向けられた視線に、リョウが戸惑った表情で視線をさまよわせた。


「いや、まあ確かに。だけど、シュンの言う通り、雇われる気はないぜ」


 シュン同様拒否の姿勢を示す彼の姿のどこが滑稽なのか、含み笑いをもらして帽子をかぶる。


「まあいいでしょう。ただ、報酬を渡すついでに話をしたいので、ご足労願いますね?」


 帽子をかぶった途端に再び聞きなれた、からかうような口調がもどり、出口に体を向けながらシュンとリョウに言葉を投げる。


「まあ、ご友人の死体を回収する時間ぐらいは差し上げますが」


 リョウはその言葉を聞いた途端、失念していた事実を再認識する。灰色の床に落ちるレンの肉体に沈鬱な表情で近づき、身を屈める。シュンはその背中に歩み寄り、肩を軽くたたく。


「何沈んだ顔してんだ? ばかばかしい」


 シュンの不謹慎な言葉に理解が至らないという表情のリョウに、シュンがため息を吐きかけた。リョウを後ろへ押しやると、床に倒れているレンの耳を持ち、そのまま持ち上げる。


「いてててて! 耳が取れるだろ!」


 それまで倒れていた姿が嘘だったかのように、レンはシュンの手をつかみ悪態をつきながら立ち上がった。それを見たリョウの思考がようやく目的地へとたどり着いく。


「こいつの基本戦術は『騙し打ち』だ。死んだ振りくらいはお手のもんだよ。つーか、お前は加勢ぐらいしろ」

「仕方ねえだろ! 武器が効かなきゃ俺は生卵と変わらねえんだよ」

「当たれば中身をまき散らしつつ砕け散る、か。否定はしないがな」


 シュンの言葉に深々とため息をつくレンを意識的に無視し、依頼主に対して目配せをする。

 レンの生還に何の感動もなく、ただ肩をすくめると、和やかなふざけあいを続けるレンとリョウ、黙するシュンに対し、付いてくるように合図を送った。


                       ▼


『宿主』、この言葉がまことしやかに囁かれるようになったのは十年ほど前からか。

 特定の行動をすることで超自然的な現象を可能にする超能力者、そんな夢物語は立ち枯れすることなく、人々の話題に一つの種を提供し続けていた。

 チェイサーの助手席から窓を流れ行く町の光に目を向け、取りとめもなく思考を巡らせる。今移動している高速道路も、時間のせいか時折車体を軋ませながら通り過ぎる大型トラックを含めても、道を走る車はほとんどいなかった。


 運転席に目をやると、そこにハンドルを握る男の姿が。何故か車の中であるにもかかわらず帽子を被り、顔を隠したまま運転している。この男の場合、前が見えているかを心配する必要はないにしろ、やはり確認したくなるのは一種の危機管理能力なのだろうか。しかしその前に、告げておくべきであろうことが、シュンの頭に浮かんでいた。


「つけられてるぞ」

「そのようですね」


 それだけの短い会話を交わし、サイドミラーを覗く。見受けられるのがトラックばかりだ、と言っても普通の乗用車もいないわけではない。例えば、現在後方に見受けられる黒のセドリック。一度高速道路を下り、再度入りなおしたにもかかわらず、まだ後ろにいるのはどう贔屓目に見ても不自然だった。


 狙いは順当に考えればシュン達自身だろうが、この場合ミリガンの回収ということも考えられる。『宿主』はやはり貴重な戦力なのだ。


「撒けるか?」

「先ほどから試してはいるんですがねぇ、遮蔽物となる普通車がないのはどうも……」

「だろうな。スピードを上げろ」


 シュンの言葉と共にエンジンの回転数が急激に増加し、体がシートへ押し付けられる。それと共に後方のセドリックも速度を上げ、やはり距離が開くことはない。

 覗いていたサイドミラーに後方の車内で会話する姿が映った。何やらせわしなくゼスチャーを交えながら会話がなされ、運転席の人間が頷く姿が目に入る。


「一応聞いておくが、撒く気はあるか?」

「まあ、それはそうですね」

「この車がスクラップになってもいいか?」

「……仕方ないでしょうね、この際」

「なら、次の分岐を左に曲がってから、運転を代われ」


 しぶしぶながらも承諾し、男はシュンの指示通りに分岐点を左に進む。シュンがハンドルを握ったことを確認すると、男は座席を後方に目一杯に倒し、そのまま後部座席に移り、空いた席にシュンが体を滑り込ませる。

 しばらく速度を変えずに進んでいた車のアクセルを、シュンが目一杯に踏み込んだ。左右の窓から流れる景色が目で追える速度を超え、飛び去っていく。後方のセドリックも変わらずにその速度に追いつき、もはや追っていることを隠そうともしていない。


 左折注意の看板が飛ぶ景色の中を流れ去り、前方から明滅する左向きの矢印が急速に近づいてくる。

 リョウが慌ててシュンに速度を落とすようにと、運転席に顔を出した瞬間。


「つかまれ」


 淡白な一言が耳に届いたと同時に、ふと視線を上げたリョウの目に映った光景が、彼の脳を麻痺させた。数m先には矢印とコンクリートの壁。このスピードじゃ止まれないだろ、停止した思考に浮かんだのんきな考え。事実、止まらなかった。


 ためらいも、減速も存在しない急激なハンドル操作は強引に進行方向を捻じ曲げ、その鼻先を再度道へと向けた。しかし、慣性の法則に従い、車体は速度をそのままに、横倒しに回転する。さらに車体といういびつな形が路上で回転を続けることは叶わず、虚空へとその重量を跳ねあげ、乱回転しながら再度重力に引き寄せられる。車体は回転する棺桶と化し、下を走る道路に直行した。


                           ▼


 ぼんやりと霞のかかったような頭を振い、思考をはっきりさせようと試みる。ゆっくりと視線を上げると、天井が異様に近く感じられた。横に目を向ければ、歪んで開きそうにないドアと、割れた窓ガラスが目に入った。


「起きたか?」


 シュンの声らしき音声を認識し前を向くと、こちらもクモの巣のようにヒビの走るフロントガラスが。そこまで状況を確認し、ようやくリョウの脳が正常に活動を開始する。


「あれ? どうなった?」


 勢いよく体を起こし、最も詳しいであろうシュンに状況を尋ねる。左右を見れば、未だ眠りについているレンと、つぶれた帽子を直す男の姿が目に映った。


「着地が予想外にうまくいってな。車軸やなんかの走行に必要な部分が、走れる程度には無事だったんだ」

「まったく、自殺でもしたのかと思ったが、まさかあそこまできれいに下のに着地するとはね。新しいスタントとして売り込んだらどうだ?」


 どうやらシュンはある程度下の状況を把握したうえであの行動を取ったらしい。しかし、その程度の説明で納得するほどの寛容さを、リョウは備えていなかった。正直、頭部のコブはコブ取り爺さんを呼びたいサイズだ。


「ただ逃げるためだけにあんな飛び降り自殺未遂するんじゃねえ!」

「俺だって何の考えもなしに飛び降りたわけじゃねえよ。あいつらが追っかけてきたってことは、何らかの発信機が取り付けられている可能性もある。そいつの破壊。加えて、俺たちと同程度の速度で追いかけてきてたとすれば、壁に追突したかもしれない。厄払いだよ」

「……ああ、そうですか」


 信じられるか、とその表情に浮かぶ不審を眼の端に捉えながら、左折する。ふとそこでリョウの頭に疑問が一つ、顔をのぞかせた。


「そういや、お前。行き先分かってんのか?」

「いや。全く」


 あたかも当然であると言わんばかりのシュンの返答に納得しかけ、ふと気付く。


「ああ、なるほど――って、はぁ? じゃあどこに向かってんだよ?」

「どこにも。そいつが起きるのを待ってたんだよ」


 バックミラー越しにリョウの顔を見つめ、親指で未だ帽子を弄っている男を指す。


「話すことがあるのはそいつだ。用があるならここで言えばいい」


 車を走らせながら鏡越しに目を向け、男の表情を窺う。男はあきらめたようにため息をつき、帽子を弄っていた手を止めた。帽子を膝の上に置くと、指を合わせ、シュンからの視線を見返す。


「まず銀、と名乗っておこう。いつまでも代名詞では困る」

「で? あんたの用ってのは?」


 全く変わらぬ呼称にため息をつき、失望を払うかのように首を軽く振った。隣ではリョウがレンを起こそうと、耳を引っ張っているが起きる気配はない。打ちどころでも悪かったのかもしれないが、そう心配する必要があるほど、貧弱な連中ではないと銀は十分に理解している。


「君たちを雇いたいと言ったのは他でもない。今回のような事態を想定してのことだ。シュン、君はどうやら知っていたようだが、『宿主』と呼ばれる連中のことだ」

「出鼻くじいて悪いんだけどさ。何だ、『宿主』って?」


 レンの耳を引っ張って遊んでいたリョウが顔を上げ、いかにもついでと言わんばかりの適当な口調で質問を投げた。話を早々に中断され鼻白む銀に代わり、シュンが口を開く。


 『宿主』の全体数は不明。極端な話、全人類が宿主である可能性もある。彼らは能力を発動させる際、引き金となる行動を行う、またはその状態を維持する必要があり、それが分かっていなければどのような能力だろうと発動することはない。つまり、それを偶然発見した者だけが超自然的な現象の使用が可能となる。


「だから、厄介な能力の保持者でも、能力のカギが分かれば対策がとれる。ミリガンみたいにな。まあ、例外もいるが」

「そう。さらに、ある程度『制限』もかかる。もういいだろう、本題だ。最近、『宿主』が大量に存在しているとされる地域が確認された。当然、さまざまな組織が宿主の力を欲する現在、その地域が標的になることは目に見えている。さて、ここまで話せばいいかな?」

「なるほどな」


 応えたシュンの返事は重く、状況の深刻さを推し量ることができる。――はずなのだが。


「え? それだけ? 遮った意味ね~! つーか説明のほうが長――」

「リョウ」


 一人状況を理解せずに騒ぐリョウに対し、シュンはハンドルを操作しながら至って冷静に呼びかけた。はい、と何故か礼儀正しく聞き返すリョウに対し、シュンは冷たく先を続ける。


「とりあえず二千万回ほど死んでバカを治せ」


 多いだろ、流石のリョウもその一言を口にすることはできなかった。

今更ながら説明を。▼は短い時間経過を*は長めの時間経過を指します。確たる基準を設けていないのでかなり曖昧なんですが。

さて、もうじき序章が終わります。自分でも面白いかどうか自身が持てないモノを投稿しているのは何とも不安ですが、読んでくださる方がいる限り書ききる覚悟ですので、どうかお付き合い願いたいと思います。

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