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メメント・モリ  作者: 渡り烏
最終章 「贖罪」
29/30

29 龍の血

 弾の切れた対戦車ライフルを放り出し、拳銃に切り替えた。感覚に任せて照準を合わせ、引き金を引く。弾丸は狙いたがわずロンの額を貫き、その脳漿を床へとぶちまけた。

 しかしその現象は能力によってかき消され、龍は立ち上がりながら改めて酷薄な笑みを見せた。


「銃じゃ俺は殺せねえ、って言ってんだろうが!」


 龍の手にしたリボルバー式の拳銃から吐き出された弾丸がシュンのこめかみをかすめ、髪の焦げる臭いが漂う。

 射線から体を逸らして続く銃撃を避けながら引き金を引く。発射された弾丸は龍の胸部に着弾。その背面へ抜ける。それを気にした風もなく龍は弾倉を取り換え、銃口をシュンへ向けた。

 咄嗟にコートの裾を引き寄せ、頭部を守る。エネルギーを吸収するという奇跡ミラクルの前に弾丸は無力化され、澄んだ音をたてて床ではねた。

 このままでは埒があかないどころか、状況はこちらに不利なのは明らかだった。加勢を頼みたいところだが、こちらにそんな都合のいい人材はいない。なにか策を――そう考えていたシュンの足元に、床から白い手が伸びた。

 その手は床の穴から自身の本体を引き上げ、シュンに視線を合わせた。


「やっと見つけたよ」


 あまりに突然にしかも自然に登場したハクに、龍の銃を手にしたまま動きを止めていた。

 固まった龍とシュンを見比べ、ハクは首を傾げた。


「敵なの?」

「ああ、過去の亡霊ってとこだ」


 そう返しながらシュンは再びコートを持ち上げた。受け止められた弾丸が束の間停止し、重量を思い出して地面に落ちる。


「戦場に女を連れてくるなんざいい御身分だなあ、おい」


 調子を取り戻した龍はからかうような口調で言い、さらに銃撃。シュンとハクは左右に分かれ、それぞれ弓と銃で龍に照準を定めた。

 龍の頭部が弾け飛び、それを追うように両足に矢が突き刺さる。上体がのけぞり後方に体が倒れるより早く、パーツに分かれた頭部が時をさかのぼり始めた。


「時間回帰みたいね」

「ああ。しかも代償らしき行動をとってない。能力でカバーできない部分はあるらしいが……接近できないことにはどうしようもない。あいつの射撃はかなり正確な部類だ」


 シュンは言いながら立ち上がろうとした龍を銃撃。再度頭部を吹き飛ばした。


「相手の弾切れを待ったら?」

「確かにそれも手だが、あいつが遊んでいるうちに倒しておきたい。見ろ。あいつが陣取っている場所は隣の部屋のすぐ近くだ。隣の部屋に爆薬でもあれば、また死ぬことになる」


 言われてハクは龍の倒れている位置に目を向けた。彼のすぐ横には隣の部屋があると思しき扉がある。もしその部屋に非常用として自爆用に大量の爆薬等が用意されていた場合、爆発が生じても龍はその能力故にほぼ無傷だろう。だがシュンとハク、そして共にいる他のメンバーは確実に無事では済まない。

 さらに、シュンとハクは確実に一度死ぬことになるだろう。それだけは何としても避けなければならない。


「相談は終わったのか? ストリップ始めるってんならもうちょっと待ってやるよ」


 足に刺さった矢を引き抜き、下品に笑いながら、龍は再三銃口を持ち上げた。


「じゃあ久しぶりだけど、やる?」

「仕方がない。一応緊急事態だしな。伯爵も納得するだろう」


 龍に対してハクが矢を放ち、その腕を貫いた。腱を切られた龍の腕から、拳銃がこぼれおちる。


「始めよう」


 シュンは無表情にそう宣言すると、ハクの肩に手を置きその体を引き寄せた。僅かに背の低いハクに合わせて膝を折り、その首筋へと口を近づける。ハクの吐息が首筋にかかるのを感じながら、口を開く。

 紅い味が口腔を濡らした。鉄臭さの滲むそれは彼女の体温を内包したまま五臓六腑に染みわたる。

 必要なだけを摂取し、互いの首筋から口を離す。傷口から溢れた血のしずくが首筋を伝い、流れ落ちる。


「何を……やってやがる」


 龍の当惑したその声に、シュンとハクは揃った動きで向き直った。そして開いた口から同時に言葉が紡がれる。


『同種との接触、及び同一認識上における障害を確認。障害の排除確認までシンクロ状態を維持。肉体強化、無制限アンリミット。状況、開始』


 機械のごとき無情な声音が重なって響き、一瞬の静寂。そして次の瞬間、人間という枠を超え、残像すら引きつれてシュンとハクが疾駆する。龍は銃を持ったシュンをより危険と判断し銃撃。その銃声に合わせて連続して空中で火花が散った。空中で衝突した弾丸が本来の軌道をそれ、壁や床にめり込む。シュンが弾丸を吐き切った銃を捨て、さらに銃を抜き放つ。吐き出された弾丸が龍の持った銃を宙に飛ばした。

 空中でシュンの腕がつぼみをほどくように左右に展開。八本の刃が全て宙に舞った。ナイフの絵から伸びる極細のワイヤーが電灯からの光を反射し、銀糸のごとくきらめく。

 その輝きを引きつれたまま跳躍。それを目で追った龍の額に一本の矢が突き立った。矢を無視して懐にさしこんだ左手がサーベルによって斬りおとされる。続いて右肘、両足に閃光が通過する。

 四肢の再生も間に合わぬまま鳩尾に剣が突き刺さり、身軽になった龍の肉体が宙を舞った。

 再生を始めた手足を引き連れて空中に投げ上げられた龍の体にナイフが突き刺さり、鋼線が再生した手足をまとめて縛り上げた。

 シュンはそれ以上攻撃を加えることなくハクの傍らに着地。その口から小さく機械的な言葉が発せられた。


『障害の排除を認識。シンクロ、及び能力の限定解除を終了』


 言葉が途切れると同時に二人の口から血の塊が吐き出された。むせ込みながらさらに唾液混じりの血を吐きだす。

 天井の鉄骨に縛り付けられたままその様子を眺めていた龍がからからと笑い声を上げた。


「はっはっはっ、相手に攻撃して自分がそれ以上のダメージを受けてたんじゃ世話ねえな!」

「ふっ……だといいな」


 龍の言葉に意味ありげに返しながら、シュンはお返しとばかりに口角をつり上げた。


「俺たちの心配じゃなく、自分の心配をした方がいいと思うが?」


 シュンの言葉に促されるように龍が自身の体の下へと目を向ける。だが、天井を向くように縛られろくに身動きのできない体では、完全に直下を見ることはできなかった。だが――龍の目に、シュンの言葉の意味が否応なく広がり始めた。

 音もなく広がっていく赤い水たまり。それはとどまることなく平面の床に広がり続ける。


「てっめぇ――!」

「お前の能力は『自身の肉体に起こった現象に対する時間回帰』。現状で起こり続ける現象には対処できない。そして、お前の能力の例外。それが、血液だ」


 そう言いながらシュンは横の壁に目を走らせた。そこには赤黒く変色しつつある大量の血液が不可解な絵画を描いていた。

 壁面に飛び散っている血液は見た目によらず意外に少ない。それは平面であるが故に薄く広がり、量を多く見せるのだ。つまり、一見大量に見えてもその程度の量では人を死に至らしめることはできない。飛び散った破片から血液が流れ出す以前に時間が戻り始めるとなれば、なおさらだ。だが――


「俺のナイフには刺さった対象から血液を絞り出すための特殊な溝が彫られている。殺しを止めた時から、そいつを使って徐々に血液を減らして弱らせることを目的に加工したものだ」


 数分後、シュンは龍の下方に血液を流す鋼線を引いた。抜け落ちたナイフから血を払い、鞘に収める。

 さらにホルスターに収められていた銃を抜き、引き金を引く。弾丸が起点となる鋼線を切断し、龍の体は解放され、糸の切れた人形のように血の池に落ちた。


「くそ……がぁ」

「疲弊してるとこ悪いが、お前の雇い主を教えてもらうぞ」

「へっ、拷問でもするか? 悪いが俺は触覚がないんでな。痛みも感じない」

「それがお前の代償か。まあいいさ。拷問ってのは何も痛みを与えるだけじゃあない。帰ってじっくり遊ばせてもらおう」


 シュンはそう言ってハクに頷き、龍を担ぎあげた。


『残念だが、そこまでだよ』


 天井からスピーカー越しに言葉が発せられたのは、そんな時だった。

 瞬時に龍を落とし、ホルスターから銃を取り上げる。ハクもサーベルを抜き放ち、周囲に視線を走らせる。その様子をどこからか監視しているのか、声が続けた。


『私を探したところで無駄だよ。その部屋はおろか、その建物の中にも私はいない』

「要件はなんだ?」

『気が早いな。だが、君達に頼むのはごく簡単なことだ』


 緊張を緩めぬ二人に、声は静かに先を続けた。


『もう一度死んでもらいたいのだよ』


 その言葉と同時に隣の部屋に続く扉と出入り口の扉が開き、ありの群れのようにキャタピラ式の小型ロボットが部屋に侵入を始めた。


「くそったれ」


 小さな樽から筒が突き出たような形状の自動機械が出入り口を固めるように並び、その銃身を緩慢な動きで二人に向けた。


 短めになったのに遅れるとは……本当にどうしようもないな。

 多分次回で終わるかな? といった曖昧なところです。

 まあ、いづれにしろここまでお付き合いいただきありがとうございました。

では――

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