表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
メメント・モリ  作者: 渡り烏
最終章 「贖罪」
28/30

28 教育者

 コートを全身に巻きつけるようにして攻撃に備えるが、予想に反して攻撃が仕掛けられることはなかった。即座に武器を構えられるように手をかけ、シュンは周囲に視線を走らせた

 その部屋は先ほどと同じ建物の中だとは思えないほど広く、長方形の部屋の広さは床面積で約六倍、高さは約二倍と運動場として使えそうな広さがあった。内装の欠けた寒々しい部屋の中で鉄筋がむき出しになっている天井だけが、その整然とした空間を乱している。

 その広い部屋の中を先ほどの男はシュンに背を向けたまま警戒した様子も見せずに歩いて行き、なんの前触れもなく振りかえった。

 武器に手をかけたままのシュンと向き合い、なおその笑みを崩さずに語りかける。


「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。まったく、臆病な」


 よほど実力に自身があるのか、それともただ危険を認識できていないのか。武器に手をかけている相手に丸腰で挑発する様は、喜劇のピエロを演じているようですらある。

 そんな明らかな隙を目にしながら、シュンの警戒は微塵も揺らがない。

 自身とは対照的に隙を見せようとしないシュンをしばらく観察していた男の笑みが、突如として肉食獣を思わせるような獰猛なものへと変わった。


「俺を殺した奴の一人にガキが混じっていると聞いたからどんな奴かと思えば。結局他の連中と同じ、警戒心ばかり強いノロマ野郎か」


 嘲笑へ表情をと変化させながら男は顔に指をかけ、その表面を引きはがした。続いて口の中から綿をつまみ出す。

 最後に髪を後方へかきあげ出来あがったのは、鋭い眼光と肉を削ぎ落したような頬に細い顎を持った男。肉食の蛇をより獰猛にしたような、それはまるで――


ロンか」

「ほう、覚えてんのか。珍しいなあ。え? 大抵のやつはすぐに忘れるもんだが」


 中国マフィアに裏切り者として認知され、シュンが以前標的とした男。だが、それ自体は問題ではない。標的を取り逃がした経験は数回だが、ある。この男もその内の一人だ。だが――


「お前は、俺が殺したはずだ」


 そう、『標的を逃がした』とは言えそれは所詮一時的なもの。逃がした人間は全員一日を経たず抹殺した。したはずだった。

 シュンの拳銃にかけていた手がその奥へと滑った。首をかしげながらどの死に方だったか、などと思案する龍を睨みながらシュンは言葉を付け加えた。


「船の上にいるところを対戦車ライフルで狙撃してバラバラにしたはずだが」

「あー、あれがお前か。対戦車ライフルで狙撃されるなんて何度も命を狙われてるが初めての経験だったぜ。まあ、いずれにしろその程度で俺は死な――」


 得意気に説明していた龍の声が、突如轟音にかき消された。

 龍の頭部が内部から破裂したかのようにはじけ飛び、肉片や骨片が血潮と共に床にぶちまけられる。ごっそりと抉られた傷口をさらしたまま、龍は後方へ倒れた。

 対戦車ライフルを構えたまま、倒れた肉体を眺めるシュンの目の前で奇妙な現象が起き始めた。はじけ飛んだ破片が、まるでテープを巻き戻すかのように首の欠けた肉塊へ引きと戻されていく。まるでパズルを組み立てるようにして組み合わされたそれは破壊されたはずの頭部を再生させた。


「おいおい、死んだらどうする? お前、人殺しはできないんだろ?」


 体を起こしながら冗談めかした口調で言う龍に向かって、さらに必殺の弾丸が飛来。その胴体を上下に分離させた。しかし、先ほどと寸分変わることなく同じ結果が繰り返され、龍の顔に血に飢えた笑みが浮かぶ。


「ククッ、どんな攻撃を俺に何発当てようが、無意味なんだよ。いい加減理解しろよ、なあ」

「……時間回帰か」


 ミリガンのように武器を防ぐわけでも、シュンのように回復速度を異常に上げるわけでもない。ただ起きた現象をそれが起きる前まで巻き戻す。その能力の前では銃で撃とうが、切り刻もうが、火をつけようがまるで問題にはならない。その事象がなかったことになるのだから。

 獰猛に笑いながら、龍は懐から一丁の銃を取り出した。


「さあて、死ぬのはどっちが先だ? え?」


                    ▼


 リョウの顎を掌底がはねあげ、続く回し蹴りがその体を宙に舞わせる。

 蹴り飛ばされたボールのように地面を転がり、立ち上がる。なんとか生きてはいるものの、無事とは言い難い。

 男のリズムによって先読みは出来るものの、小さな隙をつかれて打撃が叩きこまれる。衝撃を逃がしながらなんとか凌いでいるが、的確に急所に打ち込まれる攻撃は確実に肉体深くにダメージを残していた。


「よく耐えている。大したものだ」

「そりゃ、どうも」


 冷静な賞賛の言葉は本心からのものだと分かる。とは言え、リョウにそれを喜んでいる余裕などありはしない。

 リョウの才能であり戦い方の根幹である相手のリズムを利用した先読みは、格闘家を相手にした場合最も効果を発揮できる。刃物とは違い防ぐ場所に制限がないためだ。だが、そもそも相手の動きに自分がついていけなければどうしようもない。

 再度男がリョウに向かって突進。残像すら引きつれるその速度はもはや人間のものではない。

 リョウは数撃を受け止めるが、数瞬後にはなすすべもなく地面に転がった。

 この男の能力――『身体強化』の前では、リョウの先読み能力もほとんど意味をなさない。先を読んだ次の瞬間には既に攻撃が命中しているのだ。幾度か攻撃を受け止めたとしても、その内防御が間に合わず弾き飛ばされる。その繰り返し。

 男はもう一度立ち上がろうとするリョウに向き直り、肩の力を抜いた。


「同じことを繰り返していても、新たな結果が生まれることはない。お前が合わせるべきは私ではない。お前の呼吸はその技術があることを示している」


 言われずとも、リョウにもその考えはある。自身のリズムを利用することで自身の肉体を最大限に活かす。しかし、リョウが合わせられるリズムは一つ。自らのリズムに集中すれば、男の動きを先読みする優位性は失われるのだ。その動きのほとんどを先読みできていながら対応できないほど速いこの男の動きを、見てから行動を起こしていては確実に間に合わない。

 迷うリョウの心を見透かしたように男は軽く息を吐く。


「諦めると言うならそれも良いだろう。だが、邪魔をされるわけにはいかないのでな。気絶はしてもらうぞ」


 そう言って男は右足を引き、構えをとった。先の言葉から、今までのようにリョウが立ち上がるまで待たずに止めをさすだろう。だが、負けると分かっていてもただやられるよりは……できる限りの抵抗を試み、リョウは傷む身体に鞭打ちながら構えをとる。


「ぬ!?」


 極限まで高められた緊張の中で、男の集中が乱れた。

 その隙をついて踏み出そうとしたリョウの目の前で、男に向かって一台のワゴン車が突っ込んだ。それを男は高々と宙に跳んで避けた。

 行きすぎたワゴン車は高く跳んでかわした男を追うようにバック。


「ふっ!」


 後進していた特攻車が唐突に速度を減じた。避けることなく正面からそのエネルギーを受け止めようとしていた男の力が、機械のそれと拮抗しようとしているのだ。

 呆然とそれを見つめるリョウの肩をほっそりとした指が叩いた。

 背後を振り向いた目に映ったのは、おとなしそうな顔立ちの少女。光を映さぬ目がリョウを見つめ返した。


「自分のリズムを聞いてください」

「なんだって?」

「私があの人の――父さんのリズムを奏でます」


 リョウはその鈴音の顔をまじまじと見つめた。その時、乱暴な音が響いた。

 振り向くと、先ほど走り込んできたワゴン車が横倒しになっており、タイヤがむなしく空回りしている。後部を持ち上げられ、転がされたのだろう。それは、既に時間稼ぎする存在がいないことを示していた。


「あなたのリズムで体を動かしてください」


 念を押すようにもう一度同じ言葉をささやいてから、少女はリョウから離れた。すぐに戦闘が始まることを理解しているのだろう。

 リョウの顔に緊張が戻る。だが、その顔には同時に迷いも浮かんでいた。

 あの少女に従うべきなのだろう。だが、リョウは少女が目の前の男と面識があるらしいことを見ていた。敵か味方か、安易に判断することはできない。しかも、あの男のリズムを奏でる、と少女は言った。それがリョウの捉えたものと同じだという保証はないのだ。


「まあ、いいか」


 どちらにしろ結果は変わらない。ならば彼女を信頼するほうが勝率は高い。諦めたように小さく呟き、リョウは目を閉じた。

 心臓の鼓動、呼吸、内臓の動き、血流。それらの奏でる旋律に耳を傾け、構えをつくる。深く深く己の内に沈み込み、曲に耳を傾ける。


「行くぞ」


 男はその言葉を発すると同時に距離を詰め、正拳を繰り出す。その動きに合わせるように、勇壮な調べが場を満たした。

 身体からだは自然に動いていた。相手の手首を掴み身体を回転させながら回避。脇腹に肘を打ちこみ、手首を引いて体勢を崩す。そのまま相手を投げ飛ばし、衝撃を逃がしながら立ち上がった相手に全身をぶつけるように、右フックを見舞う。

 鈍い音が響き、男が一歩後退した。


「ぐっ――」


 さらに一歩を後退して距離をとる。男の口端から血が泡を作ってこぼれた。先にリョウに殴られた肋骨を再び叩かれ、折れた肋骨が肺に刺さっているのだろう。それまで顔色一つ変えなかった男の顔が、青白く色を失っていた。


「…………」


 しかしリョウは無表情のまま、焦点の合わぬ瞳が虚空を捉えている。男のことも景色の一部としてしか見えていないだろう。己の内に沈んだ意識は現実とリョウとの間に敷居を作り、鈴音の奏でる旋律が蛇使いの蛇のようにリョウの本能に直接呼びかけていた。

 再び響いた速く鋭い音色は、戦いの調べ。


「『剣の舞』か」


 鈴音の持つピッコロから流れ出る旋律に耳を傾け、男は呟いた。その呟きを塗りつぶすようにリョウが動き、舞う。

 踊るような、それを見るものを幻惑する動き。男の攻撃をすり抜け、紛れ込ませるようにして打撃が打ち込まれる。

 折られた肋骨へ肘がめり込み、男の口から血がこぼれる。


「越えて……見せろ。お前たちの力で。さあ、来い!」


 血と共に、男の口から、言葉がこぼれた。リョウの攻撃に血を吐きながら、なおその顔に喜色が浮かぶ。

 リョウの一撃が顎を捉え、男の体が傾いだ。いつの間にか黄昏に染まった空を見つめ、満足そうな表情を浮かべた男の口が言葉を紡ぐ。


「そうだ。障害を打ち払い、乗り越え、前へ進め。お前たちの友が、そうしたようにな」


 無表情に男を見下ろすリョウの肩を、白い手が揺さぶった。その動きが彼を現実へと引き戻した。

 リョウは数秒間寝ぼけているように目をしばたかせていたが、足元に倒れる男に目を向けた。


「おっと。やばいやばい、潜りすぎた」


 頭を振って意識が自分の内にあると確かめ、自分を揺さぶっていた少女を振りかえる。


「サンキュー。おかげで何とかなった」

「いえ、私こそありがとうございます。これで、父さんが考えていたことが分かりました」

「は?」

「やっぱり、私達を裏切ったわけではなかったんですね。父さん」


 わけがわからず戸惑うリョウの目の前で、鈴音の瞳から涙がこぼれおちた。それを見てさらに戸惑うリョウの横に、一つの気配が生じた。

 振りかえったリョウが目にしたのは、銀髪に白い顔の吸血鬼を思わせるような長身の男性だった。


後二、三話で完結予定です。

今更ながらなんも考えてないなあと思ったりしてますが、多分矛盾はないでしょう。

最後までお付き合い願えれば幸いです。

では――

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ