27 戦友
「悪いが、もう殺しは止めてくれ」
何を言ってるんだ、こいつは。
「あんな奴の言いなりになってるのは、お前たちだって気分が悪いだろ?」
それはそうだ。仕事料の何割かはあの男に持って行かれているのだろうし、第一人の心を見透かしたようなあの口調。気に食わない。だが――他のどんな生き方をしろと言うんだ? 親なしばかりの俺たちに。この嫌われ者どもに。
「俺がこの街を正常に戻す。お前らに協力してほしいんだよ。まとめ役なんだろ?」
勝手なことを。当然答えはノーだ。
「じゃあなにか。実力行使のほうが、お好みか?」
望むところだ。二対一で負けるはずはない。いや……なかった。
だが、俺は負けた。リョウに、やつのリズムを教える間もなく。
それ以来、あいつは零番街に住みつき皆が出来るだけまともな職業につけるように手を回し、さらには警察とも話をつけた。
そして、俺たちは対等の存在として零番街に住みついたこいつに助けられながら、落ち着いた今を手に入れた。
こいつは約束通り殺しをせずとも生きていける環境を作り上げ、俺たちは約束通り殺しはしないと約束した。もとより好きでしていたわけではない。止められるならそれに越したことはない。
だが――雇い主の意向には逆らえない。俺が仕事を辞めれば弟達、妹達は……。
それなら俺はお前たちを裏切る。それが、俺の能力を得るための代償であるなら。
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剣と刀が交錯し、その場にそぐわぬ澄んだ音を響かせた。互いにその長大なリーチを生かすことなく殴り合うような攻防が繰り返される。
唐竹を逆風が、袈裟斬りを逆袈裟斬りが受け止める。受けなどという消極的なものは存在せず、一撃が交わるたび火花が飛び交う。
双方の唐竹がぶつかり、鍔競り合いへともつれこむ。その時、シュンの耳が音叉を鳴らしたような甲高い音を捉えた。
隙を見てレンの剣を受け流し、体勢の崩れたレンを蹴り飛ばす。レンは力に抗わず前転、体を起こす。その背中に部屋の壁が当たった。
「狭えなあ、この部屋」
レンは半ばあきれたように言った。この部屋はおおよそ四m四方。その部屋の中で互いに二mを超す武器を振りまわしているのだ。一歩踏み出せば互いに必殺の間合いに入るこの部屋で、至近距離の戦いは必至だった。
「……?」
シュンは刀を構え直そうとして、眉をひそめた。この狭い部屋ではその狭さ故、剣が壁や床に触れることを警戒して双方満足に剣を振れず、その威力は十分とは言えない。にもかかわらず、シュンの長刀にはところどころ大きな刃こぼれが生じていた。
刀は西洋剣とは違い、相手の攻撃を真正面から力によって受け止めることには向いていない。もしただ力任せに打ち合えば歪みや刃こぼれを引き起こし、下手をすれば折れる可能性もある。だがいくら攻撃的な打ち合いを続けていたとはいえ、シュンは僅かに力を逃がすよう刀を振っていた。加えて、この刀はもとより高速で対象物を切りつけることを前提としており、通常の刀とは違う鍛え方をしている。そうそう簡単に刃こぼれするようには出来ていない。
「厄介な能力だな」
「殺しても死なないのとどっちがだよ」
シュンの言葉に苦笑を返しながら、レンは床に剣を突き立てた。
レンが大した力を込めているように見えないにもかかわらず、剣は沈むように床を貫いていく。
「お前ならこれで分かったんじゃないか?」
「なるほどな。そいつはどうしようもない」
レンが床から剣を軽々と引き抜くまでを観察していたシュンは納得したように目を細めた。
刃こぼれした刀、鍔競り合いの際に響いた音、そして床をいとも簡単に貫いた剣。これらを総合した場合導き出される答えは、一つ。
「ほら、行くぞー」
レンは友人に言葉をかけるような緊張感の欠けた言葉と共に突進、手にした長大な刃を大きく振り抜いた。
巨大な弧を描きながら大剣はそう高くない天井に食い込み、しかし豆腐を切るような容易さで天井に深く傷を残しながらシュンの左肩に振り下ろされる。
それを横に払うように逸らし、シュンは上からレンの剣を抑え込んだ。再び音叉を鳴らしたかのような甲高い音が部屋中に鳴り響く。
「わざわざ能力を隠してたのか」
「俺たちにとって情報は何よりの武器だからな!」
「――っ!?」
レンは叫ぶように返答し、シュンに抑え込まれた大剣を床に向かって切りつける。そのまま勢いを利用して回転、反発力が消失したことで体勢を崩したシュンに向かって斬りつける。
シュンは無理に姿勢を戻すことなく前方に身を投げ出しこれを回避。さらに横に転がり、レンの追撃から逃れる。
さらに追撃を加えようとするレンに銃口が突き付けられたのは次の瞬間だった。
「そいつは反則だろ!」
言いながらレンは体の前に剣を斜めに構える。一瞬遅れて剣に銃弾が跳ね、奇妙な音と共に連続して火花を散らした。
剣を斜めに構えることによって威力を逃がしているとはいえ、薄い鉄板であればやすやすと貫通する運動エネルギーを容易に受け止めることは出来ない。レンは数歩後退し、しびれた手を振りながら銃を再びホルスターに収めたシュンに非難めいた言葉を投げかけた。
「流石に銃を使うのは卑怯だろ」
「実戦に卑怯も反則もあるか。今のまま射殺されても文句は言えないぜ」
正論を言いながらもシュンは再度銃を構えることなく刀を持ち直した。
「悪いが、あまり長居も出来ないんでな。そろそろ終わりだ」
「言ってることとやってることが違うじゃねえか」
言いながらレンは微苦笑を浮かべ体を前方に倒すと、右肩に担ぐように剣を構えた。対するシュンは体を大きく捻り、後方に刀身を流す。
双方の殺気によって研ぎ澄まされた空間に、甲高い音が混じる。最大限にまで増加させられた剣の振動数が空気を振動させ、可聴領域内の音を発しているのだ。この状態の刀身に触れれば、それが刃でなくとも骨を破壊される可能性がある。ダメージを負っているシュンの刀など紙に等しいだろう。
勝機は圧倒的にレンに傾いている。だが、彼の脳内にめぐる思考はそれを否定していた。
シュンが銃を使うという確信。しかしそれはシュンが先に言った通り、卑怯でもなんでもない。勝利をもぎ取るためにはいかなる手段も正当化される。それを卑劣だと罵るのは単に「自分の実力が低いわけではない」という言い訳に過ぎない。
故にレンは静かに息を吸い込み――突撃。同時に得物を振りおろす。元より狭い部屋の中だ。弾丸を一、二発受けようが振りおろした剣の攻撃は確実にシュンを斬り伏せる。
そして、銃声。
「――?」
しかし銃声に続くはずの衝撃が来ない。それに代わってコンクリートの塊がレンの頭上から落下してきた。
いくらレンの能力によって大した脅威にならないとはいえ、突如として現れた重量物は一瞬レンの視界を塞いだ。
次の瞬間、再度視界に収まったシュンの全身が動いた。振りおろされる剣と刀が交錯する。
高速で回転するヤスリに金属を押し付けたような甲高い音が響き、刃が宙に舞った。
「俺の勝ちだな」
崩れ落ちるレンの肉体に向かって、シュンは寂しげに声を投げた。
レンを打ちすえたまま停止していた刀を引き戻すと刀身が根元近くで折れ、床に落ちてさらに二つに折れた。傷んだ刀身が峰打ちの衝撃に耐えられなかったらしい。
「ふぅ……」
シュンはその場に膝をつき呼吸を整えレンに視線を移した。
床に倒れたレンの体に傷はなく、その横には持ち手が、そして少し離れた場所に切り落とされた剣身が刺さっていた。
最初に放たれた弾丸は天井に向けてのもの。レンが遠慮なしに剣を振り回したために天井にはいびつな三角形が刻まれていた。そこまで切れ込みが入っていれば後は少しの衝撃でもその部位は崩落する。そこに銃弾を撃ち込むことで天井を落とし、レンの目くらましとして利用したのだ。
そして落ちた天井がレンの視界を塞ぐのと同時にシュンは僅かにその体を横にずらし、振り下ろされる剣の横腹に斬りつけた。刀が弱っているとはいえ、刀身に対する攻撃はその技術と混合し、レンの剣を斬り落としたのだ。さらにその勢いを利用した峰打ちをレンの肩口に叩きつけた。刀を失ったのはやや残念だが、考えてみれば元の装備に逆戻りしただけだ。問題はない。
シュンが立ち上がると、それに合わせたように部屋に間の抜けた拍手の音が響いた。警戒するシュンをよそにしばらく拍手は続き、鳴り始めた時と同じように唐突に止んだ。音源を探ってシュンが天井に目を向けると、先ほどの穴から男が顔をのぞかせていた。
七三分けに整えられた髪に、温和そうな丸みを帯びた輪郭。上下紺色のスーツを着こなすその姿はこの空間にはまるで似合わず、どこかのサラリーマンが紛れ込んだかのような錯覚を覚える。
しかし、彼が堅気であるはずがない。それは本能にも似た直感。僅かでも油断すれば背後から刺されるような危険な匂いを、この男は持っているのだ。
笑うように目を細めたまま、男は口を開いた。
「なかなか面白い戦いをお見せ頂きありがとうございました。どうぞ上へお越しください」
男はそれだけ告げるとあっさりと身を翻し、穴から姿を消した。
「…………」
男が去った後もシュンは神経を研ぎ澄まし、様子をうかがう。この誘いは罠以外の何物でもない。まして、シュンは男に発せられる空気を知っている。その顔は記憶にないが、確かにあの男を知っている。だが……悩んだところでどうしようもない。この連中は明らかに自分を標的としている。それならば、取るべき行動は一つだ。
「潰しておくか」
小さく呟くと、シュンは跳び上がって斬り落とされた上階の床を掴むと、上階に体を引き上げた。
きりがいいのでここまでにしておきます。
もうじき書き始めて一年ですが(投稿を始めてからは約七カ月ぐらいでしょうか)前回よりも技術が向上しているとうれしいなあと。まあ、きっちりした基準がないため何とも言えませんが。
一応は今後もよろしくお願いします。
って書いてますが、今回で終わるわけではないんですがね。