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メメント・モリ  作者: 渡り烏
最終章 「贖罪」
24/30

24 闘士

 銀が操縦するヘリがGPSの示す目標に向かって移動しているころ、首都高速の中で一台のトラックが北に向かう道を辿っていた。追い抜き車線を走る小さな車を見下ろしながら、他の車を縫うように悠々とその中に溶け込んでいる。

 外観はどこにでもある貨物運搬用の車両でありながら、その中に座る二人は場違いな雰囲気を感じさせずにはいられない。

 運転を担当しているのは作業着の男性。しかし、その肉体は作業着という隠れ蓑の上からでも容易に視認できるほどの筋肉の鎧をまとい、棒をのみ込んだかのように伸ばした背筋や端々の仕草は見るものが見れば軍人のそれと分かるだろう。

 そして助手席に座る和服の男性。武士を彷彿とさせるような羽織袴姿は、近代的なトラックの座席の上だけがタイムスリップしたかのように錯覚させる。

 ここ一時間ほど、双方視線を合わせることもなく無言のまま高速道路を辿り、ただ前のみを見据えている。その均衡を破ったのは、突如画面に現れた一つの光点だった。

 そのトラックの中でもう一つ異色なもの。本来カーナビが取り付けられているであろう場所に、同心円の描かれたモニターが取り付けられ、地図が表示されていた。

 中心に向かってゆっくりと接近する光点を目で追いながら、和服姿の男が口を開いた。


「初動が早いな。流石と言うべきか」

「…………」


 その言葉を独り言と判断したのか、運転席の男は無言のまま前方に視線を戻した。

 和服の男は気にした風もなくさらに独り言を続けた。


「では、そろそろ俺の出番ということだな」


                    ▼


「あっち~……」


 自分の家の畳に寝転がり、リョウは本日数十回目になる愚痴を吐いていた。じきに九月とはいえ、近頃の夏の暑さはそんなことで和らいではくれない。

 文明の利器を買えないわけではないが、零番街の実情から考えて、買った日の翌日からこの家は零番街共有になることはまず間違いない。

 そんな事情で、リョウは中古の小さな扇風機をフル稼働させ、下着一枚で畳に寝転がり、両手の団扇をせわしなく動かしながら、汗を滴らせていた。

 一歩でも動きたくないこの現状で、大抵の場合邪魔が入るのは一種の嫌がらせなのだろうか。

 リョウの足元でジリジリと暑苦しい音を立てて、ダイヤル式の電話が着信を告げた。顔をしかめながら電話を睨みつけるリョウ。


「……無視するか」


 何とも不真面目な選択をして、再度、リョウはぐったりと畳に後頭部を落とした。だが、いくら待っても電話が鳴りやむ気配がない。じりじりと、暑さを増長するような音を繰り返し、狭い部屋にセミが紛れ込んだかのような錯覚をさせる。


「でぇい、畜生!」


 二分ほどの死闘の末、ついに根負けしたリョウは悪態をつきながら体を起こした。電話をかけてきた相手と、留守番機能の付いていない電話を呪いながら、荒々しく受話器を取り上げる。


「おせぇぞこの大ボケ野郎! 緊急事態なんだよ!」

「え、は? いや、何と言うか、その……で、どうした賢吾?」


 受話器を取り上げて早々吐き出された怒声に気圧されたリョウは、どもりながら聞き返した。


「お前のとこにシュン行ってねえか?」

「いや、来てねえよ。なんで?」

「……どこ行ってんだよ、あいつ。無線も通じねえし――」


 リョウの声が聞こえないかのように独り言を漏らし、沈黙。数秒待ってから、リョウは再び受話器に向かって語りかけた。


「どうした? なんかやばいことでもあったのか?」

「ああ。実は頼まれてた解読が終わってな」

「あれ? 早すぎねえか?」


 リョウもシュンからその話については聞いていた。何やら、気になることがあるから賢吾に調査を依頼していると。しかし、解読には二、三カ月はかかるのが常だ。まだあれから二週間ほどしか経過していない。


「たまたま前作った解析ソフトで解読できたからな。って、そんなことはどうでもいいんだよ。リョウ、出来るだけ早くシュンを捜して、今から言うことを伝えるんだ。いいな? この回線は暗号化しといたから、相手がかぎつける可能性は低い。だから、相手がこっちの動きに気づく前に――」

「おいおい、なに大げさなこと言ってんだよ」


 軽い口調をそのままに、リョウの言葉に震えが走った。

 リョウを襲う嫌な予感に答えるように、賢吾の言葉が続く。


「いいか、お前らが相手をしてたのは――」


                     ▼


「シュン、あれだ」


 ヘッドホンを通した銀の声に従って下を走る道路に目を向けると、血管のようにして伸びる高速道路の上を走る無数の車が目に入った。その中に混じる数台の宅配便トラックの中で、何のロゴも取り付けられていないトラックが一台。他の自動車の間を縫うように走る様子は、明らかに急いでいることが見て取れる。

 トラックを目で追いながら数秒思案し、シュンはマイクに向かって問いかけた。


「狙撃ライフルはあるか?」

「ああ、座席の下にあるだろう?」


 銀の言葉通り、座席の下に細長い箱が置かれていた。留め金を外し、ふたをはね上げると、黒く無骨な武器が目に映った。

 いくつかに分解されていたそれを素早く組み立て、構える。数年のブランクがあろうと、体がその動作を忘れぬ程に繰り返された動作。シュンはある一時期は狙撃を中心に仕事をこなしてきた。しかし、宿主が主な相手になった時、より柔軟な対応をするために現在の装備に切り替えたのだ。その時の名残で、現在でも対戦車ライフルによる狙撃をしていたが、この場所で使用するには威力が高すぎる。

 シュンは窓から身を乗り出しながら左側にライフルを構え、トラックのタイヤに照準を定めた。距離約300m。この程度の距離ならばスコープなどに頼る必要はない。

 時間さえも狂わせる、極限の集中。シュンの口から絞り出された空気が漏れる。

 銃撃。

 初弾、次弾共に確実にトラックのタイヤに命中した。だが、トラックは何の支障もなくそのまま道路を進行していく。


「……なるほど、これで確実だな」


 支障なく走行し続ける目標を見たシュンの言葉に、動揺は欠片も存在しなかった。これはあくまで簡単な確認。非パンクタイヤを使用している時点で、あれは普通のトラックではない。ある意味ではこちらを誘い出している以上は当然の措置ともいえる。


「さて、困ったな。まさか運転手を狙撃するわけにもいかないだろう? 特に、ここは高速道路だ」


 大して困った様子のない、むしろ楽しんでいるかのような銀の声に、シュンも抑揚のない声で答えた。


「トラックの前に出てから高度を上げろ」


 狙撃銃を再度分解してケースに収め、座席の下に押し込む。何を思ったか、シュンはヘリの扉を引き開けた。風が唸りを上げながら機内に侵入し、行き場を捜すように吹き荒れた。


「まさか、そこまで命知らずだとはね。まあ、死なない身だから感覚が違うのかもしれないがね」

「早くしろ」


 呆れたような口調で言う銀の言葉を冷淡に跳ね返し、目標のトラックを目で追う。道路は丁度直線に変わっている。

 ヘリはトラックを追い抜くようにして前進、さらに高度を上げ、道路までの高さ約40m、トラックの前方12m程の位置を維持する。


「ハクへの連絡を頼む」


 マイクに向かってそれだけ告げると、シュンはヘッドホンを外した。今までくぐもっていた外部の音が、現実を示すかのようにはっきりと耳に届く。

 シュンは操縦に集中する銀の背中に一瞥を投げ、飛んだ。

 姿勢を変えながら受ける風を調節し、コートを下にして運転席の屋根に背中から着地、落下の衝撃はミラクルに吸収させる。


「さてと、いるとすれば荷台か」


 立ち上がりながら小さく呟き、シュンは荷台の上を後方に向かって歩き出した。

 今回の目的は若葉と鈴音を救出することにある。誘い出されたとはいえ、最後までその挑発に乗る必要はない、のだが――


「流石にそういう訳にもいかないか」


 荷台の中ほどまで歩いたところで、肩越しに背後を確認する。運転席の屋根の上に立つ、和服姿の男。現代で仕事中に完全な和服姿をしているとすれば落語家か、あるいは――


「分かりやすい『代償』だな。だが――」

「――それだけに能力を封じ込めることは難しい」


 恐らく、この男の代償は『和装』。しかし、それは単純な代償であるだけに、ミリガンのように代償を封じることや、シュンの能力の場合のように発動させない工夫をすることはできない。加えて能力も判明していない、単純だが最も厄介な種類の相手。

 しかも、相手に背を向けているシュンは圧倒的に不利。しかし有利な立場にあるにもかかわらず、対する男は様子を見るようにただ立ち尽くすのみ。

 張り詰めたままの時間が流れ、道は再びカーブへとさしかかる。

 車体が速度を僅かに落とし、角を曲がる。瞬間、シュンは遠心力を利用して体を旋回、抜き放った拳銃を発砲する。しかし男もシュンの動きを読んでいた。シュンの回転方向と同じ向きに移動しながら、取り出した棒状の金属を投げつける。

 飛来する手裏剣を銃で弾き、さらに銃を引き抜き連射する。だが、男は弾丸を視認しているかのような動作で射線から体をそらしながら、シュンに接近する。

 後から抜いた銃の撃鉄が空を叩き、弾切れを知らせる。致命的な一瞬。


「あまい」


 前に伸ばされていたシュンの腕をつかむと、男は背負い投げの要領でシュンを引き上げ、投げた。背中からトラックの荷台に叩きつける。

 シュンは叩きつけられた勢いを利用して前方に移動し、距離を取る。


「っ!?」


 しかし、顔をゆがめたのは和服の男だった。ふとももに目を落とすと、えぐられた傷口から一瞬遅れて、思い出したかのように血が滲みだす。

 シュンはわざとタイミングをずらして発砲することで、双方が弾切れを起こしたと誤認させたのだ。

 だが攻撃を加えることには成功したものの、受けたダメージも大きい。肋骨が折れたと思しき痛みを意識しながら立ち上がり、ナイフを引き抜く。刀身に刻まれた溝が光をいびつに反射し、シュンの顔に光の模様を刻んだ。


「予想以上だ。少年と聞いて侮っていたか」


 傷口から眼を離し、男は薄く笑みを浮かべた。余裕を内包した、不気味な笑み。


「だが、この場は私に有利なようだな」


 そう言ってから、男は再び突進。それに合わせるようにシュンもナイフを振るう。

 瞬間、人間ではありえない急激な加速と共に接近した男の拳が、シュンの意識を刈り取った。

 意識を失い、前のめりに倒れるシュンの体を支え、男は小さく呟いた。


「おしかったな、少年」


 敵として相対した男の、教育者としての言葉は、誰にも聞かれることなくその場に溶けた。


 やっと、課題が終わりましたよ。本当にやっと。

 一週間ほど遅れまして、申し訳ありません。

 次回もそんなに早く書けるとは思えませんが、長くはかからないはずなので、お楽しみに。

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