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メメント・モリ  作者: 渡り烏
最終章 「贖罪」
23/30

23 誘い

 初めて人を殺したのは、初めて死んだ直後だったはずだ。でなければ、若干五歳の子供が躊躇いなく他人を――大人を――殺せるはずがない。肉体的にも、精神的にも。

 そのあとは何人殺したかなんてことを考える余裕も、必要もなくなった。覚えていて一日一人に謝罪していったとしても、何年かかるか分かったものではない。

 零番街に持っていた家にも帰らず、文字通り世界中で『仕事』をしていた。


『まだ、まだやりたい事があるのに……』

『なんでなんだよ? なんで俺が……?』

『いつか、いつか……お前も――』


 死人に責められる夢を見るたびに飛び起きていたのも、始めのうちだけ。幾度も現れる同じ顔ぶれに呆れ、最後は夢の中で殺し直した。だが、出てくる亡者を幾度殺し直したところで、本当に責められるべき相手は何も言わず、未練がましく泣きごとを言う死人どもの後ろで、ただ慰めるように柔らかい笑みを浮かべてこちらを眺めているだけだった。


「責めても良い、あんたたちにはその権利がある。何故、何故そんな笑みを浮かべることが出来る?」


 諦めの悪い死体どもを積み上げ、彼らに向かって問いかけたところでその笑みは変わらず、彼らが口を開くことはなかった。


「何故だ? あんたたちは――」


 ――俺に、消されていながら。


                        ▼


 シュンがふと目を覚ますと、昼の日差しが足元を照らしていた。

 昨晩家に戻り、装備を外すとすぐに眠りに落ちた。そのまま硬い床に寝転がっていたせいか節々が軋み、油を差していない機械のように動きがぎこちない。

 そこで何か違和感があることに気付く。何か足りないような気がするのだが――考えながら上体を起こし、適当に体をほぐしながら立ち上がる。朝食になりそうなものを探して冷蔵庫からニンジンとキュウリを取り出し、刻んで簡単な野菜スティックを作る。後は残り物の唐揚げで十分だろう。

 朝食――と言うよりは昼食か――を腹に収め、昨日穴だらけになった服を着替える。時計を確認すると既に十二時をまわっていた。

 欠伸をしてから、違和感の正体に気づいた。音がしていない。別に悪いことではないのだが、普段であれば若葉が外で鍛錬に励む声なり音なりが聞こえているはずだ。

 窓から庭を覗くが、やはり若葉の姿はない。


「まあ、そういう日もあるか」


 特に気にすることなく窓を閉め、靴を履く。昨晩の戦闘で相手方の戦力はそれなりに減ったはずだ。すぐに行動を起こすとは考えにくい。それならば、散歩がてらハクの居場所を探すのも悪くない。意図的に避けているわけでなければ、適当に歩いていてもそのうち出会えるだろう。その種のつながりが、二人の間にはある。

 ドアノブをひねり、ドアを押しあける。しかしすぐに扉が何かに引っ掛かり、動きを止めた。何か重いものがドアが開くことを妨げているらしい。ドアの軋みを無視して無理に押していくと、徐々に隙間が広がり、体を出せるだけの大きさが出来あがった。


「大家さん、どうしました?」


 シュンは体を外に出すなりそこに倒れていた大家の老婦人を助け起こした。ぐったりとした体からは普段の元気さは微塵も感じられず、気絶しているらしく助け起こした今も、力の抜けた人形のような状態だった。

 シュンは大家を連れて家の中に戻り、料理用に用意してあったブランデーの瓶を取り出した。中身をコップに移し、床に横たえている大家の口へ少量を流し込む。

 ロウ人形のような色合いだった肌が朱を取り戻す。さらにもう数滴を口から流し込み、鎖骨を叩いて呼びかける。

 閉じられていた瞼が薄く開かれ、視線がシュンと交わった。


「大丈夫ですか?」


 意識を取り戻した老婆は、冷静に尋ねるシュンの顔を一瞬呆けたように見つめ、途端凄まじい腹筋力ではねるように体を起こし、シュンの鼻に強烈な頭突きを喰らわせた。


「ど、どんな頭してんですか? いてて、鼻血が……」

「一体何度うちの主人に喰らわせたと思ってるんだい? って、なにのんきなこと言ってんだい! この非常時に!」


 顔を抑えて呻くシュンを気遣うことなく、大家はサイレンのごとくまくし立てた。


「嬢ちゃんたちがさらわれちまったんだよ!」

「……どういうことです?」


 一瞬で人が変わったかのような鋭さを見せたシュンにたじろぎながらも、江戸っ子な老婆は事情を説明し始めた。

 昼少し前、昼ごはんの準備中だった彼女は物音を聞きつけて若葉と鈴音の部屋へと向かった。部屋の中へ呼びかけ、扉を開けようとしたところ扉が開かれ、覆面姿の――男らしき体格をした――人物が鈴音を抱えて飛び出し、当て身によって彼女を昏倒させた。

 話を聞き終えたシュンは苛立たしさに眉をひそめた。

 昨日の失血のせいで今日失態を犯すことになるとは、誰が考えるだろう。しかしそれでも、彼は苛立ちを抑えることが出来なかった。どう言い訳したところで、現在この事態を引き起こしたのは昨晩の自分の不注意なのだ。

 苦々しげに顔をしかめるシュンの顔の横で、何の前触れもなく電話がけたたましくわめきだした。

 一瞬取ることを躊躇い、次の瞬間に受話器を持ち上げ耳に当てると、見計らったかのように聞きなれた声が喋り始めた。


「ご機嫌いかがかな? 今日はひどく寝坊していたようだが」

「……何の用だ?」

「相変わらず連れないな。まあいい、君に依頼だよ。君の近隣住人が人質に取られているとも聞いた」

「依頼はどこからだ?」

「敵だよ」


 甘かった。恐らく昨日の戦闘すら囮。宿主を三人投入してまでこちらを消耗させ、仕留める。それは恐らく、半ば玉砕覚悟の作戦だった。

 だが、そこまでしてこの小さな組織を潰す意味があるのか。実際、メリットはあまりない。そこまでせずとも、作戦行動中に妨害を行うだけで簡単に潰すことが出来るだろう。


「シュン、聞いているか?」


 絡まったひもを解こうとするかのようにもがく思考を、銀の声が中断させた。思考の行き先に納得できないまま、その声に返事をする。


「ああ。内容は?」

「今回の依頼はいわゆる挑発だ。細かいことはこちらに来てから話そう」


 銀はそれだけ言うと、そのまま電話を切った。シュンも受話器を置き、事情が飲み込めていない老婆に向き直った。


「大家さん、少し出てきます。急用が出来たので」

「なんだい、もしかして――?」


 シュンは大家の言葉に首を振り遮ると、外に出るように促した。幸い、準備はできている。


「鍵は、お願いします。では」


 そう頼みながら軽く頭を下げ、我が家に背を向けた。


「家賃」

「は?」


 去ろうとする背中に唐突に投げかけられた言葉に、訳も分からずシュンは問い返した。振り向くと、両手を老婆は腰に当て、玄関に仁王立ちしていた。


「家賃の支払い、明日だからね。二部屋分、耳をそろえて払ってもらうよ!」


 空を仰いで考えること数秒、確かに、明日は若葉と鈴音が越してきてから初めての家賃回収日だった。シュンは空に向けていた視線を小柄な老婆に移した。

 恐らく、この老婆に事情は理解できていない。しかし、去り際のシュンの背中が、老婆に何らかの悟りをもたらしたのだろう。大家である彼女の表情は、どこか無理に不安を打ち消そうとしているように見えた。


「なーに下らねえこと心配してやがる。金見て目ぇ回さねえように首洗って待ってな、このもうろくばばあ!」


 最後に威勢よく啖呵を切ると、シュンは今度こそ我が家に背を向けた。


                   ▼


 先日銀が引っ越した建物に足を向け、早足で歩いて行く。今日に限って道に人影はなく、零番街は死んだように静まり返っていた。

 倉庫型の建物に近づいていくと、視線が倉庫の屋上へと引き寄せられた。倉庫の上にヘリが止まっているのだ。それの用途は聞くまでもない。シュンは建物の裏側にまわると、設置されている階段を駆け上がった。

 最上段に飛び上がり、ヘリへと歩いて近づく。

 中では兄姉の『兄』の顔を保持した銀が操縦桿を握り、各機器の確認を行っていた。

 スライド式のドアを引き開け、背負っていた装備を外して後部座席に腰かける。一度死線を向けたきりの銀に向かって、シュンは口を開いた。


「銀、一つ聞いておきたいことがある」

「どうかしたかい? 珍しいな、君が必要以上の疑問を持つなんて」


 銀はからかうような口調でシュンの言葉に応えた。口調から雑談の一種であることを感じ取ったらしい。


「お前、いつもどこから金を仕入れていた?」

「なんだいいまさら? まさか、汚い金は受け取らないとでも、言うつもりかい?」


 銀は相変わらずからかうような口調でしゃべりながら、無反応で答えたシュンに苦笑して見せる。


「伯爵だ。君も知っているだろう? 彼については何かと謎が多い。死んだ後の君に命令できる程にな。それは私に対しても例外ではない。彼にもなにかしらの思惑があり、我々を使っている。それがなんであろうと、従うしかないのが現状だ」

「……だろうな」


 小さく答えたシュンの言葉をかき消すように、プロペラが回転を始めた。回転数が上がるに従って周囲の音が呑まれていき、プロペラの音が世の中の音すべてを支配する。

 最後に僅かな揺れと浮遊感を残し、ヘリは支えなき空中に浮き上がった。

 しばらく高度を上げ、前進を始める。零番街の町並みが後方に向かって流れ、見る間に一つの景色として町の中に溶け込んだ。

 シュンは名残惜しげに後方へ視線を流すと気持ちを切り替え、座席近くにぶら下がっていたヘッドホンを頭にかぶせた。突き出たマイクに向かって声をかける。


「目的地は分かってるのか?」

「ああ。二tトラック『デュトロ ハイブリッド』。首都高を外環自動車道に向かって北上中、だそうだ。連絡の直後にGPS発信機まで届けられていたよ。中々念を入れた挑発だろう?」

「挑発と分かっていながら、何故受けた?」


 苦笑する銀の声に、無感情なシュンの声がそう問いかける。

 当然、挑発してくるからには罠を仕掛けるなり、待ち伏せするなり、こちら側に不利な状況が用意されているだろう。それを分かっていながら相手の挑発に乗るなど――シュンのように人質を取られていたとしても――思慮が浅いと言わざるを得ない。


「いずれ全面的に決着をつけなければならない相手だ。ここまで我々を狙って来るとなればね。それに――」


 真顔で話していた銀の顔がシュンを振り向き、明らかな悦楽に顔を歪ませた。


「その方がドラマチックだろう?」


更新が遅れて申し訳ありません。やや無理やりな展開な気がしますが、もう終了に向かって突っ走っていきます。


今プレゼンやら、大学に向けた論文やら問題山積でして、また遅れるかもしれません。先に謝っておきます。すみません。


とはいえ、最初のコンセプトに変更はないので、今後も楽しんでいただければ幸いです。

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