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メメント・モリ  作者: 渡り烏
第二章 「イリュージョン」
22/30

22 種明かし

                      ***


「時刻二〇一一ふたまるひとひと、パラサイト『ジェミニ』の分離を開始する」


 天井から手術用の照明が降り注ぎ、男の手元を照らしだす。手術着をまとった男性が向きあう小さなシャーレは液体で満たされ、男性の覗く顕微鏡の中では蝶を小さくしたような形の生物が沈んでいる。この程度の作業にしては大げさに過ぎる設備を施していながら、男の額には脂汗が浮かんでいた。

 手術室の中を映すモニターの前で、一組の男女が作業の様子を眺めていた。双方白衣を身にまとい、眼鏡越しに真剣なまなざしでモニターを凝視している。

 手術の開始と共に高まる緊張に耐えること数秒、研究者らしき男はモニターに向かって深々とため息を吐きかけた。そのまま緊張に耐えかねたように、声で男は口を開いた。


「出来るかね? 癒着した雌雄を引きはがすなんて」


 椅子の背もたれを軋ませながら姿勢を崩し、緊張を含んだ声で隣に座る同僚に声をかける。

 そんな男の様子を横目に見ながら、姿勢を正したまま女も口を開いた。その声音には、男同様に緊張が漂っている。


「どうかしらね。でも子孫を残す様子はないし、このままでは使い物にならないもの。遺伝子の解析すらできないなんて」

「確かにそうだが、何と言うか無謀だろ、こんなの。せっかくの実験体を死なせるかもしれないのによ」

「それは私じゃなくてお偉いさん達に言いなさいよ。まあ、、無駄でしょうけどね。あの頭の固い中年どもの興味があるのは、役に立つものだけだもの。いくら強力でも、宿主の体がもたないんじゃあ、役に立たないわ。それに、これが失敗しても他の蟲で研究は続けられるわ。でも、もしこれが成功すれば――」

「成功したら、可哀そうな子羊が二匹増えるってわけだ」


 男はおどけた口調で肩をすくめた。言葉を交わしながらも、二人の視線は画面に釘付けにされ、手術室内の様子を監視し続ける。

 画面の中では男が慎重に腕を動かし、彼の作業に没頭していた。


                      ***

「大丈夫?」


 駆け寄ってきたハクが傍らに膝をつき、むせ返るシュンの背中に手を添えた。シュンは口の中の血をつばと一緒に吐きだし、安心させるように手を上げる。


「大丈夫だ。回復の回数も少なかったから」


 シュンはひとしきり血を吐き終え、もう一度つばを吐いて立ち上がった。その様子を見下ろしながら、伯爵が目を細める。


「いつもながら、面白い代償だ」

「……あまり良い趣味とは言えませんね」


 剣を鞘に収めながら言う伯爵に対して、シュンは口元を拭いながら応えた。能力の発動と同時に、今までに負っていた怪我も全て回復するこの能力であれば、血を吐くという代償にもあまり文句は言えない。一時的とはいえ死を克服できるあたり、能力も非常に強力だと言える。あまり何度も使いたい能力ではないのもまた事実だが。

 ごく短時間睨みあうかたちとなったシュンと伯爵の間を取り持つようにして、ハクが疑問を口にした。


「ところで、なんでこんな場所にいるんですか? 確か、用事があると言ってましたよね」

「ああ、これがその用事だ」


 シュンと伯爵の会話に割り込むように聞いたハクの言葉に、伯爵は肩をすくめながら悪びれることなく答えた。


「前にも言ったと思うが、お前たちに宿主を殺されると困る。特に、能力の発動中は制御が出来んだろう?」


 伯爵は、どうだ? というように手のひらを天井に向け、問いかける。事実、死んだあと――正確には瀕死の重傷を負った後――能力の発動が終了するまで自身の能力を含め、肉体の制御をすることはできない。

 伯爵は黙り込んだ二人を見下ろしながら、再び目を細めた。


「用がないのならもう戻るといい。外では、お前たちを待っているだろうからな」


 そう言いながら入口に目を向ける伯爵につられて、シュンも入口に目を向ける。時間からして、確かにそろそろ戻った方が良い。あまりリョウたちを待たせては、無駄に心配させるだけだ。


「そうですね。では……もう、帰ったのか」

「いつも気付いたらいないよね。来る時もいきなりだし。じゃあ、私達も行こう?」


 ハクはシュンの言葉に微苦笑を浮かべ、通路に足を向けた。それに続いてシュンも一歩足を踏み出す。


「ちょっと待て。絵師を――」


 連れて行こう、そう言おうとして、シュンは視線を彷徨わせた。すぐそばに転がっていたはずの絵師が、いない。


「伯爵が連れて行っちゃったみたいだね」


 ハクは大したことではないといった風に軽い調子で答え、そのまま先を進んでいく。

 その背中を追いながら、シュンは軽く頭を振って意識にかかったもやを振り払った。些か血を流しすぎたらしい。注意力が散漫になっている。

 暗い廊下を抜け、リョウがミリガンと戦った部屋へと辿りつく。そこに転がっているはずのミリガンは、やはりいない。

 無人の部屋を通り抜け、次の廊下へ進む。無言のうちに足を進め、出口が目前に迫ったころ、ハクが静かに静寂を破った。


「ねえ、シュン君」

「どうした?」


 足を止めたハクの言葉に、シュンは穏やかに問い返す。数歩先を進んでいるハクが振りかえり、シュンと視線を合わせた。


「シュン君は、死ぬのが怖い?」


 死を克服したはずの者に対する問い。それは、彼女自身も同様に持つ心理であり、同様に持つ――恐怖。


「……ああ。俺は、一人では死ねそうにないからな。あの時、何があったのか分かるまでは、幾度も死ぬわけにはいかない」


 苦々しげに言うシュンの顔を見て、ハクは頬を緩めた。他人であるはずの彼と、自分。その間にある一本の『糸』が、不思議な安心感を生んだ。


「シュン君は優しいんだね」


 怪訝そうな顔をしたシュンに、言い訳するように微笑みかけ、ハクは再びシュンに背を向けた。


「優しい、か」


 シュンは投げかけられた言葉を噛みしめるよう呟き、ハク同様に小さく微笑み、扉を開けて待つハクに向かって歩き出した。

 残りの道のりを無言で歩き、ワゴン車の泊められた場所にたどり着く。そこでは――


「じゃあ、今度暇なときにつき合ってくれよ! なんかおごるからさ!」

「い、いえ、あの……」


 公然とナンパを仕掛けているリョウと、彼の猛攻撃に動揺しまくるリンの姿があった。アヤは疲労が強いのか、姿が見えない。

 シュンとハクに気づいたリンがあからさまにほっとした様子を見せ、大きく手を振る。


「おい、お前何やってんだ」

「決まってんだろう? 男のロマ……いや、親睦を深めようと」


 得意げに己のダンディズムを語ろうとしたリョウの表情が引きつり、言い訳がましく親指を立てて見せる。

 腰の引けたリョウにシュンが大きく一歩を踏み出す。


「仕事中にナンパとは、良い身分だな? 相応の身分になるまでとりあえず百兆回ほど殺してやろうか?」

「よ、よせ、話せば分か――」


 その後数カ月、ワゴン車に引きずられるミイラ男の都市伝説が、噂好きの暇人たちの耳を楽しませることになるのは、また後の話だ。


「絵師の生みだすのが幻想なら、どうやってカズを連れてったんだよ? あんときはゴブリンが引きずりだした、って言ってたよな?」


 ようやく車内に引き上げられ、助手席でシュンの解説を聞いたリョウが疑問を口にしする。

 シュンはチラリと横目でリョウを一瞥すると、短く息を吐いた。


「そりゃあ簡単だ。多分俺が気付かなかっただけで、あいつの脚に釣り針かなんかが引っかけてたんだろう。幻想はそれを隠す意味も持ってたって訳だ。あいつの能力は気付かれれた後は効果が薄いからな」


 絵師に限らず彼らの闘争において、能力の正体は最重要機密とでも言うべきウィークポイントだ。一見万能に見えるミリガンの能力でさえ、その能力が看破される前後では、能力がもつ威力は大きく異なる。

 シュンの解説を聞き、リョウは深くため息をついた。


「なんだ、そんなことかよ」


 呆れの混じったリョウの言葉を聞き、シュンはニヤリと愉快そうに笑った。


「確かに、聞けば簡単な能力だろうな。だが、イリュージョンなんて案外そんなもんだ。手品と同じでな」


今回で三章は終りで、ここからは若干駆け足の予定です。

前にも言ったと思いますが、取りあえず大学は決定したので、このまま書き続けていられます。では、また次回に――。

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