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メメント・モリ  作者: 渡り烏
第二章 「イリュージョン」
21/30

21 未だ死は訪れず

                    ***


 赤い。白かった壁面は飛び散った肉片や血液で赤く染まり、ところどころ凝固を始めた血液の黒が、悪趣味なアクセントを添えていた。

 そんな吐き気を催しかねない光景の中で、ぶら下がる肉塊が一つ。いやそれは、彼はまだ生きていた。

 同年代の少年であれば、全身の血を流しい尽くしていたとしてもおかしくない量の血液をまき散らし、骨や内臓までもが覗く程に肉をまき散らしていながら、彼は死ねずにいた。

 これが当たり前。これが日常。

 実験動物に人権などという高尚なものは与えられていない。何をされても文句は言えない――それこそが存在価値。


「最終フェイズを終了。被験者の生存を確認。治療に移る」


 大仰な防護服の中で無線機に向かって報告し、男は近くに伸びているホースを手に取った。

 ホースに付属しているレバーを引き、少年に液体を浴びせかける。

 噴射された消毒液は少年の体に付着していた血糊を洗い流し、滅菌も完了する。

 ほとんどの汚れが落ちたことを確認し、男は少年を吊り下げていた巨大なかぎ針から少年を外した。少々乱暴にしすぎたせいか、少年の手の穴が余計に裂ける。

 治療と言うには乱暴に過ぎる行為を受けながら、少年には既に呻くだけの力も残ってはいなかった。

 男は防護服を着たまま少年を収容場所に放り込む。

 ベッドが二つと便器が一つ。必要最低限、牢屋にも劣るような設備――その檻の中のベッドに少年を投げ出し、男は立ち去った。

 ざらつくベッドの感触は凝固した自分の体液。痛みは感じられる限界をとうに超えている。寝返りもうてず、指一本碌に動かせぬ死体同然の肉体。

 自分の体とは思えぬほどに無感覚な肉の塊に、無意味にまとわりつく疲労に引きずられ、少年の意識は闇に落ちた。

 次に目が覚めたのは三日後。起きて周囲を見回すと、相変わらず隣のベッドは空だった。空のベッドが呼び起こす不安も空腹は殺せず、空っぽの胃袋は栄養を求め、獣のような唸りを発した。

 彼が起きるのを見計らったようなタイミングで、料理の乗った盆が突き出された。

 出された料理が何かなど気にする余裕もなく、胃の中に押し込む。料理は冷たかったが、そんな些細なことが気になるはずもない。あっという間にたいらげ、お代わり。酷い扱いを受けているが、食事だけは十分に――一時期は注射だったこともあるが――出てくる。食事によって傷の回復に必要なタンパク質を摂取させる。そんな目的があることを、この少年が気付くはずもなかったが。

 食事を終えた途端、強烈な眠気を感じてベッドに戻る。体を横たえ、再び眠りにつく。

 次に目が覚めて、体を見回す。既に傷はなく、傷痕すらもほとんど残っていない。横のベッドを見ると、「彼女」が戻ってきていた。

 彼女の全身を覆う傷は先日前までは自分も負っていたものだ。今では慣れたものの、以前は吐き気を催したものだった。――また自分もこうなるのか、と。

 そんな過去を思い出したところで何にもなりはしない。その聞きなれた足音は、現在も響いて来るのだから。

 檻が開く音が、また「それ」が始まることを彼に告げていた。

 今回はいつにもまして酷かった。徐々に感じなくなっていた痛みが、また戻ってくるほどに。電動のヤスリで首から下の皮膚をはがれ、脂肪や筋肉がまき散らされる。

 いつも通り、全身の血が流れつくしたかと思う頃、ようやくそれは――


「フェイズ九を終了。被験者の生存を確認。フェイズ十に移る」


 防護服の男は手にしていたヤスリを台に置き、代わりにメスを取り上げた。微塵の躊躇も介在しない、よどみない動きで、男は手にした手術用具を少年の胸部に突きたてた。


「……げ……ぐぇ」


 刃が生体に食い込み、死にかけの肉体は再度死に抗うように痙攣する。だが、そんな微々たる抵抗をあざ笑うかのようにメスは進み、筋肉を切り進む。

 三辺を切断された胸筋がめくれ、血濡れの肋骨が露出した。外気にさらされた肺が、独自の生き物のように小さく膨張と収縮を繰り返す。

 最後に唯一肉体とつながっている下辺に刃を走らせ――


「――っとと」


 僅かにずらした足が床の血糊で滑り、男の体勢が崩れた。その動きに合わせて、メスが本来の軌道から大きくずれる。瞬間、防護服のバイザーに液体が吹きつけた。


「緊急事態発生! 動脈を傷つけた! パラサイト摘出の用意を!」


 ただでさえ血を流していた肉体は、死に向かって急速に加速した。

 心臓の鼓動が弱まり、呼吸はさらに細くなる。

 やっと、死ぬ……的のずれた安心感と共に、少年の意識は闇に堕ちた。


                     ***


 作戦は成功した。敵の注意を幻想に向けさせ、罠におびき寄せる。瓶を狙撃する車線上に『彼ら』がいたことは残念だが、これでもう一人に気付かれたとしても近づかれる前に狙撃出来る。

 スナイパーとしての技術を利用した戦術。大抵の人間は幻想で攻撃し続ければ痛みによって発狂するが、それがない彼らに対するにはそれなりの戦略が必要だった。彼の――絵師の能力を看破したことは称賛に値するが、それを利用した罠に気付くのは遅すぎたようだ。

 絵師は照準越しにシュンの様子を確認する。その体の周囲には血の池が広がり、肉体から生命そのものが流れ出しているようにも見えた。

 照準器から眼を離し、時計を確認する。直に狙撃から三十秒が経過する。『死を目にしてからから三十秒間は殺害の実施に強烈な恐怖を覚える』、なんとも厄介な代償だ。幻想が目隠しにならなければ、反撃によって死ぬ可能性は非常に高い。

 時計の秒針が半月を描き、代償の支払いを終える。照準を少女に合わせる。ふと、絵師はその口元に目を向けた。

 少女は倒れた仲間に目を向けたまま、何事か呟いた。

――『また、なんだね』。

 少女は少年を見つめながら、道を開けるようにわきに避けた。少女の視線が徐々に上昇する。

 なんにせよ、眼前の少女も殺す必要がある。M16を構え直し、少女のこめかみに照準を合わせる。引き金に指をかけ、息を吐きながら――


「なん、だと……!?」


 照準器の端に移った影に、絵師は思わず声を漏らした。慌てて照準を横にずらす。そこには、ゆっくりと身を起こす少年の姿があった。


                       ▼


宿主ホストの生命力低下を確認。能力の発動を開始。肉体強化、無制限アンリミット


 シュンの口から発せられる機械的な言葉が、ハクの耳に届いた。彼女は悲しげに顔を伏せ、その身を横へと避けながら、彼の体に起こる現象を眺めていた。

 大きく広がっていた血の池が、意思を持つようにシュンの肉体に引き寄せられ、傷口から血管へと流れ込む。床に広がっていた血だまりは消え、血管が再び閉じられる。

 体を引きずるように持ち上げ、立ち上がる。彼の肉体にめり込んでいた金属球が、続けざまに床ではね返る。


「対象を確認。眼前敵の生命活動停止までの間、能力発動を維持。状況開始」


 足を踏み出したシュンの胸に弾丸が直撃し、再び心臓に穴を穿つ。貫通した弾丸がミラクルにからめとられ、床ではねて涼やかな音をたてた。

 シュンは自身の体に開いた穴を、まるで人ごとのように見下ろした。しかし、傷口は血をこぼすことなく再生、瞬く間にふさがった。

 さらに一歩を踏み出したシュンの腹に、ゴブリンの持った棍棒が直撃した。その一撃は脳に幻想の衝撃を伝達し、その足を止めさせた。そのあとに続くように、周囲の異形が一斉にシュンへと殺到する。

 これだけの攻撃を一度に受ければ回復能力など関係なく、過剰な信号を送られた神経細胞が崩壊する。

 状況を理解していないかのようなゆっくりとした動き。シュンの双腕が花開くように弧を描き、六本の凶刃が宙に舞う。

 棍棒で攻撃を仕掛けた一体を蹴り上げ、手にしたナイフを振う。小鬼の消滅を確認することなく一閃、振われた腕に追随して、宙を舞う刃が意思を持つ。

 一閃。一閃。一閃。

 腕を一振りするごとに複数の刃が従い、無数の敵を薙ぎ払う。そして、銃声。顔をそらしながら手に持ったナイフで空を切り、飛来した弾丸を弾く。


「…………」


 額に傷が走り、血が宙に舞った。そらした弾丸が僅かに額をかすめ、眼帯が切れ落ちる。眼帯に覆われていたそれが、白日のもとへ晒される。

 赤く、白目はなくただ血色に染め上げられた眼球。そしてその中心、瞳孔から覗く、蟲。十字の口を開閉させ、獲物を求めるかのように蠢く異形。蟲の動きに合わせて眼球が無秩序に眼窩を動き回り、狙撃者へ向いて動きを止める。目玉が向いた方向へ、人形のような無表情を張り付けた顔が向く。

 スコープ越しにそれ・・を目にしたか、撃ち手の恐怖を表現したかのように銃声が連続する。しかしシュンは全ての弾丸を冷静にミラクルで受け止め、全てのナイフを投擲した。

 彼を包んでいた囲いが解け、その視界に弾倉を交換する人影が映る。絵師の動きは早く、慣れた手つきで弾倉交換の交換を終え、再度銃を構え直す。

 しかし、それに対した神速の抜き打ち。絵師の指が空中にはじけ飛ぶ。さらに銃弾を送り込もうとシュンの指が屈伸、だが最後の一弾を送りだした拳銃は沈黙。

 シュンは躊躇いなく弾切れの銃を投げ捨て、絵師に呻く間も与えずに突進、長大な刃を抜き放つ。

 一瞬後には絵師の目前にまで到達した死神の一閃。何の躊躇いもなく振われた袈裟掛けの一閃が絵師の生命そのものを刈り取る、死神の鎌となる。


「久々に死んだな? シュン」


 場にそぐわぬ冷静な声音が、シュンの刃を受け流す。独特の反りを持った剣を携えて立つ白銀の人影が、徐々にその形貌を確かなものとしていく。『伯爵』は再び刃を振りかざすシュンに、冷めた視線を送ると冷然と言葉を叩きつけた。


「能力の発動を停止しろ」

「上位種からの命令を受諾。能力を停止」


 『伯爵』の言葉が、その場の狂気を溶解させる。シュンの機械的な言葉が響き、能力の停止を宣言した。


「……よく会いますね、最近。ゴホッ!」


 表情を取り戻したシュンは小さくそう呟き肩をすくめると、咳のような音とともに床へ大量の血塊を撒き散らした。


やっと、やっと能力を出せましたよ。予定では残り三万字ぐらいで終わりの予定なのに……。ちょっと、引っ張りすぎた感が強いですね。


これも次回の参考にします。


次回色々と説明する予定なので、まあ、あんまり面白くないかも……。

出来れば、このまま最後までお付き合いお願いします。

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