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メメント・モリ  作者: 渡り烏
第二章 「イリュージョン」
19/30

19 シャル・ウィー・ダンス

 開かれたままの入口。その奥にわだかまる闇を通して響く少女の声は、氷のような冷静さと共にカズの体にまとわりついた。

 眼帯の少女は落ち着いた足取りで暗闇を通り抜け、床に倒れるアヤに目を向けた。


「女の子を痛ぶって楽しむなんて趣味が悪いね、君」


 ハクは呆れたように言いながら、背中に背負われていた矢筒に手を伸ばす。


「避けないの?」


 のんびりとした口調とは裏腹に、引き絞られた弓がギリギリと悲鳴を上げる。

 二条の矢は軽い風切り音を残し、標的に飛来。カズの腕を貫通した。


「早く能力を解いてくれないと、矢がなくなるまで体に穴あけるよ?」


「はっ、馬鹿が!」


 カズは二本の矢が突き立ったままの腕を振り上げ、再度ニキビを押しつぶした。


「あああぁぁああ!」


 二度目の能力行使によって倍加させられた激痛がアヤの全神経を焼き焦がし、理性の枷を引きちぎる。

 だが――


「へえ、面白い能力だね」


 のんきとさえ言える声が通り抜けた直後、ハクの殺気が膨れ上がる。

 柔らかい声を突き抜け放たれた二条の矢が正確にカズの両脚を串刺しにした。腕に矢を受けた時の冷静さは消え去り、カズは悲鳴を上げて崩れ落ちた。

 ハクはゆっくりと倒れたカズに近づき、見下ろした。


「脚は普通に痛いみたいだけど、どうする? もうちょっと遊ぼうか?」

「お前、シュンと――」


 言いかけた言葉は、再度脚を襲った激痛と悲鳴に呑み込まれた。傷口を踏みにじられ、悲鳴を上げて脚を抱え込むカズを見下ろす隻眼に、陰惨な光が宿った。

 ハクはカズの両足に刺さった矢を二本とも握りしめ、無力な少年を見下ろす。


「ほら、は・や・く」

「わ、分かっ――」


 ハクはカズの言葉が耳に入らなかったかのような仕草で彼の脚に突き刺さっていた二本の矢を無造作に引き抜いた。

 矢の返しに引っ掛かっていた筋繊維が引きちぎられ、血潮と共に宙に舞った。広く開けられた

 獣じみた悲鳴を最後に、カズは白目を剥いて動かなくなった。


「アヤ、大丈夫?」


 カズの気絶によって能力が解除されたのだろう。アヤを振り向くと、彼女は肩で呼吸をしながらも、立ち上がりゆっくりとハクの方へ歩いてくる。

 アヤを心配するハクの眼差しは、先のハクと同一人物とは思えないほどに優しく、慈愛に満ちていた。


「う、うん……なんとかね」


 アヤの無事を確認すると、ハクは再びカズに視線を落とした。

 先ほど矢を引き抜いた穴は肉がえぐれ、大量の血液が流れ続けている。それに引き換え、腕は矢を抜いていないとはいえまるで血が流れていない。

 ハクは腕に刺さったままになっていた矢を引き抜いた。が、相変わらず腕から出血している様子はない。


「義手なのかな?」

「違うと思う。義手でニキビを潰すなんて器用なことができるとは思えないし、これも絵師の能力かもね」


 首をかしげて考えながら、ひとまずカズの両足に止血帯――彼の服の袖だったもの――を巻きつけ、止血。ついでに両手両足を縛りあげる。


「じゃあ、アヤはこのまま先にリンのところに戻ってて。後は私が行くから」

「でも……」

「大丈夫。任せて」


 そう言ってハクはアヤに微笑んで見せた。

 彼女の気持ちは分かる。能力の詳細が分からない宿主と戦うことは大きな危険を伴う。その点、アヤの能力があれば危険を回避しつつ情報を集めることができる。

 だが、今の消耗した彼女では能力の発動が自由にできる保証はない。彼女の代償は『呼吸を止める』こと。だが、感覚が消滅している時間中自己を保ち続けるのは相当な集中力を要する。もし自己を保てなければ、実体を取り戻せない可能性もある。


「……分かった。先に帰ってる。気をつけてね」

「うん。ここまでありがとう。この宿主は私が後で運ぶからいいよ」


 アヤは心配そうに一度だけ振り向き、入口の闇に消えた。

 彼女が戻ったことを見届け、ハクは無線機を取り出した。

 周波数を確認し、通信ボタンを押しこむ。

 ほどなくして、小さくおさえられた声がざらついた雑音を伴ってシュンの声が流れ出た。


『どうした? 絵師も片付いたか?』

「そんなわけないでしょ。神経に作用する宿主は倒したよ。シュン君の方は?」

『こっちは今格闘技の試合を観戦中だよ』


 ハクの問いに、答えたシュンの声はひどく楽しそうにはずんでいた。



 無線に向けて話しながらも、シュンは眼前で行われる肉弾戦から目を離そうとしない。


「じゃあ、後でな」


 それだけ言うと、シュンは無線を腰のホルスターに戻した。

 廊下の暗闇から見える部屋の様子はひどく簡単なものだった。

 驚愕に顔を歪めるミリガンと、楽しむように体を揺すりながら攻撃を的確に命中させていくリョウ。

 右ストレートを脇に反らしながら顔面に裏拳。怯んだところを左脇腹、顔面へ二段蹴りを見舞う。

 ミリガンはよろけながら牽制に足を突き出すが、リョウはそれを掻い潜って鳩尾に掌底を叩き込む。

 リョウは一度距離を離し、体全体でリズムを刻む。

 リズム。人が何かと戦う時、そこにはある一定のリズムが生まれる。それは音楽のリズムと同様に、ある一定の間隔で繰り返され、リョウの持つ音楽の才能は人がつくりだすそのリズムすら読み取ることができる。

 再び突っ込んできたミリガンに向けて、リョウはニヤリと不敵に笑う。


「お前のリズムはもう知ってんだぜ!」


 左脇に向けられた回し蹴りに合わせて踏み込み、カウンターで左フックを合わせる。

 顎への攻撃はその振動を直接脳へと伝え、脳震盪を引き起こす。

 ミリガンはたたらを踏んで後方へ尻もちをついた。


「(そろそろ降参したらどうだ? 捕虜にゃあするけど、拷問とかするつもりはないぜ)」


 声をかけながらも構えは解かず、リズムを刻み続ける。

 ミリガンは頭を振って立ち上がると、ポケットからB5版の紙片を取り出し、開いた。


「おっとっと~?」


 リョウはふざけたような口調で驚きを表現する。だがその口調ほど、彼の驚きは浅くはなかった。

 大型のサバイバルナイフが中空から現れ、ミリガンの手に収まる。

 ミリガンは数度凶器を振って感覚を確かめ、不敵に笑いリョウめがけて突進した。

 リョウは横なぎの攻撃を上体を反らしてかわし、続く唐竹割りを弾いて反らす。しかし、直後に振り抜かれた巨木のような蹴りを受けたリョウの体は、あっけなく後方へ弾き飛ばされた。


「くそったれ、リズムが変わっちまった」


 リョウは弾かれた勢いを利用して立ち上がりながら、悔しげに呟いた。

 リョウの技術はあくまでも相手の動きからリズムを読み取り、それを『曲』に仕上げることで行動を先読みするものだ。そのリズムは、武器の所持や心理変化などの簡単な要因で大きく変化することがある。

 『曲』によって相手の行動を読めない時のリョウは武術の心得があるただの人間と変わらない。 


「(捕虜にしてやろうか?)」

「(冗談。リズムってのは、俺にもあるんだぜ?)」


 あざけるようなミリガンの言葉に、リョウは唇を舐めながら答えた。口の中に広がる鉄臭さが生の実感と共に彼に覚悟を決めさせる。

 ミリガンは様子を見ながらステップを踏み、攻撃のタイミングを計る。その視線の先でリョウは自身の肉体の持つリズムに耳を傾ける。

 先ほどとは違う、楽器を演奏するような動きで、全身を使ってリズムを刻む。

 自身のリズム、それは格闘技において達人と称される人物であれば鍛錬の中で自然に実感するものだ。肉体のリズムを知ることは、肉体の望む攻撃を望むタイミングで繰り出すことにつながる。


「shall we dance?」


 そう言って腰を曲げるリョウの滑らかな動きは、この場がダンスホールででもあるような錯覚を抱かせた。

 突進。

 リョウは直線を描きミリガンに突進、その勢いをのせた横なぎの蹴り。

 ミリガンは余裕のある動きで胴を狙った蹴りを受け、再度ナイフを振った。

 その斬撃をリョウは避けることなく左腕で受け止めた。振われた大型ナイフは前腕を切り裂いた。

 それを引き抜こうとしたミリガンの腕が止まる。リョウが力を込めてナイフを抑え込んだのだ。


「オラ!」


 裂帛の気合と共に放たれた上段蹴りがミリガンの喉仏に直撃。強力な力で押し込まれた喉仏は気道を圧迫、瞬間的な呼吸困難を引き起こし、激痛が動きを鈍らせ生まれる、決定的な隙。

 喉蹴りに続く最上段蹴りは、ミリガンのこめかみに炸裂、その意識を闇の中へ突き落した。

 倒れるミリガンの手に握られたナイフに引きずられるようにバランスを崩し、リョウも地面に倒れた。


「ふう、痛って~」

「大丈夫か?」

「なんだよ、高みの見物かよ~。いてて……」


 リョウはナイフの刺さっている腕を庇いながら慎重にミリガンの手からナイフを抜き取った。

 大きく切り裂かれた腕の傷口からは絶えず流れ続ける紅色の液体は床に水たまりを作り、独特の生臭いにおいを周囲に振りまいている。

 シュンは傷口に顔を寄せ、傷の具合を確認。顎に手を当てしばらく考えてるような仕草を見せた後、刀を抜いた。


「ちょ、ちょちょ、ちょっと待った。いくらなんでもそりゃあ……」


 シュンは傷ついた腕を後方に庇いながらじりじりと後ずさる臆病な少年を見下ろし、刀を峰に返し、一振り。何の躊躇もなく怪我人を気絶させた。

 気を失ったリョウの腕を伸ばし狙いをつける。刀を大上段に振り上げ、一閃。リョウの腕から突き出たナイフの刃を切断した。

 未だに引っ掛かるような違和感を伝える手応えに若干イラつきながら、ミリガンの着ている服を裂き、止血帯を作る。

 リョウの腕の治療をしようとしゃがみ込んで、シュンは違和感を覚えた。

 何かがおかしい。血の匂いも、血の色も確かに本物だ。だが、何か足りないものがある。

 リョウの腕を止血しながら、自然彼の顔へと視線を移す。

 

「これか……」


 違和感の正体。それは、色。

 本来、血だまりを作るほどに出血していれば痛みや失血によってその顔は青ざめる。だが、リョウの顔は大量の失血をしたとは思えないほどに健康的な色をしている。

 ミリガンを彼の服だった布切れで縛り上げ、立ち上がる。何かがおかしい。


「どういうことだ……?」


 『絵師』の正体。それがすぐ間近にまで来ている。しかし、小さなことを見落としているせいで解答へと辿りつけない。

 そんなもどかしさを抱えたまま、シュンは天井を振り仰いだ。


少々遅れましたが、「リョウ活躍編」です。あんまり活躍しない彼ですが、彼のようなキャラは好きで前回のやつにも登場してますね。


まあ、あと二、三回は戦闘です。というより、今後は予定では戦闘頻度が増え、そのまま最後まで。って感じです。

では、よろしければ今後もお付き合いをお願いします。

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