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メメント・モリ  作者: 渡り烏
第二章 「イリュージョン」
17/30

17 ガールズ

 夕日が町並みを照らし、ビルの谷間へと落ち消えてゆく。

 人々の足は家路を辿り、終わりへと進む一日の残り時間を有効活用しようと足を速めた。

 だが一日の終わりを告げるはずの夕暮れも、今日の彼女にとっては逆に、別の一日の始まりを意味していた。

 七畳ほどの部屋に食卓、椅子数脚とソファ、そしてテレビ。奥には観葉植物とオープンキッチン。特に豪華な様子もない、「憩いの場」とでも言えばしっくりくるような一室だった。

 そこにある出入り口付近の椅子に座り、ハクは手にした書類に目を通していた。

 『絵師』に関する目撃情報、及び彼あるいは彼女が関係していると思われる事件をまとめたものだ。

 ため息をついて読んでいた書類から手を離し、一度伸びをして体をほぐす。『絵師』に関する目撃情報は少ない。正確には、ないに等しい。シュンにすら顔はおろか体すらも晒さずにカズを奪還する実力、そして異常なまでの用心深さが『絵師』の正体を不透明な物にしているのだ。

 外していた眼帯をつけ直し、扉の方を振り返る。


「どうしたの? 入っていいよ」


 ふすま――正確にはふすまの向こうの人物――に声をかけるが、開く気配はない。

 小さく首を傾げ、椅子を引いて静かに立ち上がる。その動作につれて柔らかな黒髪が僅かに波打った。

 特に警戒せずにふすまを引きあけると、そこにはお盆をもったままおろおろとうろたえる少女が一人。

 優しげな顔立ちにやや垂れ眼気味の目はどこか小動物な印象を与え、おどおどとした仕草がその印象をより確かなものとしている。

 少女は目の前の道が開いたことにも気付かず、しゃがむように腰を曲げては伸ばし、お盆から片手を離してみようと力を抜いてはお盆が傾き始めて慌てて支える。まるで要領の悪い子供のように、解決法を見いだせずまごついている少女にハクは優しく声をかけた。


「どうしたの、リン?」


 リンと呼ばれた少女は柔らかな声にも跳び上がり、ひっくり返しそうになったお盆を慌てて支える。長々とため息をつき、手を水平に保ちながら慎重に顔を上げた。


「えっと……あの……紅茶を、淹れたから、その……ハクもいるかな、って」

「うん、ありがと。じゃあ、後は私が運ぶからいいよ。入る時気をつけてね」


 おどおどしたリンの言葉に微笑みながら応え、ハクはリンの持ってきたお盆を取り上げた。

 強引なその動きにリンは大きく目を見開き、目を瞬かせる。数秒間その姿勢のまま瞬きを続け、結局気にしないことにしたのかハクに続いて部屋に一歩を踏み出す――


「きゃっ!?」


 ――敷居につまづいた。

 バランスを崩した体を支えようと残りの足を踏み出そうとして、今度は自分の足につまづき前のめりに倒れる。

 顔面から床に突っ込むことは避けたものの、先ほどまでハクが座っていた椅子にこれでもかと頭突きを喰らわせた。

 お盆をテーブルに置きリンの介護に向かいながら、ハクは小さくため息をついた。

 彼女が来た部屋とこの部屋はふすまによって仕切られており、当然そこには敷居が設けられている。それはどうやら彼女にとって地雷であるらしい。

 しかも――


「お茶入れるなら台所で入れればいいのに」

「あいたた……だ、だって、なんだか恥ずかしいし……」


 ハクのもっともな言葉に、リンは頬を赤らめながら反論する。

 何故だかは分からないが、彼女は紅茶を淹れる際には必ず姿を隠すという奇癖があり、それ専用のコンロまで持っている徹底ぶり。

 普段でさえつまずくのだから、お盆を持って足元が見えなければ言うに及ばず。部屋を移動しようとしてお茶の用意を犠牲にするという悲劇を生むことになる。

 とはいえ、彼女の淹れる紅茶が非常に美味であることもまた事実であるため、多少の犠牲は許容出来てしまうのだが。

 なんとか椅子に頭突きを見舞ったダメージから回復して立ち上がり、腰を下ろす。そしてテーブルに置かれたポットのふたに触れ温度を確かめると、温められたカップに紅茶を注ぐ。


「いつもありがとう。頂きます」


 ハクはリンに微笑みかけ、ストレートのまま紅茶を口にする。

 絶妙のタイミングで淹れられたダージリンはほんのりと甘く、飲むだけで吐息が漏れる。

 リンは温められたミルクを加えてから口をつけ、満足そうに微笑んだ。

 しばらくの間沈黙の内に至福の時を味わい、カップを空けてテーブルに置く。するとリンはそそくさと立ち上がり、再度敷居につまずいて元来た部屋へと戻っていく。

 戻ってくるときには流石に注意している様子で、慎重に敷居を跨ぐ。

 無事に部屋に戻ると、持ってきたヤカンでポットにお湯を注ぐ。

 彼女が台所にヤカンを置き、戻ってきたところでハクが口を開いた。


「あのあとはどこからも情報がないの?」

「うん……手掛かりが少なくて苦戦してるみたい。伯爵は知ってそうだけど教えてくれないし……」


 申し訳なさそうにうつむきながら答えるリン。ハクも黙り込み、数分。

 リンは再度カップに紅茶を注ぎ、気まずい沈黙を保ったまま腰かける。


「たっだいまー!」


 勢いよく開かれたドアの音と、底抜けに明るいその声が沈んでいる空気を弾けさせた。

 豪快に廊下を走る音が家中に響き、部屋の前で停止。リンが入ってきたものとは反対側の扉が勢いよく開かれる。

 満面の笑みを浮かべた少女が高々とスキップをしながら部屋を横断してくる。

 小麦色の肌に男と見まがう短い髪、細身のデニムと組み合わされたノースリーブのトップスは彼女がスキップする度に彼女のへそを外気に晒していた。

 そのままテーブルの傍まで移動し動きを止めると、そこに置かれた紅茶セットに目を留める。


「あー! ズルイよ!」

「あっ……それ私の……」


 突然現れた少女はリンの前に置かれていたカップを取り上げると、ミルクを投入。次いで砂糖つぼを傾けて中身を流し込み、ティースプーンでカップ内に渦潮を生む。


「頂きまーす」


 数々の暴挙を行いながら、きちんと挨拶だけは済ませ、紅茶を口に流しいれる。

 横では止める間もなく紅茶を強奪されたリンが慌てて取り返そうと立ち上がり、椅子の脚につまずいて椅子ごと倒れた。

 そんなリンの様子を横目で見ながら、少女は流し込んだ最初の一口を飲みこむ。ゆっくりと持っていたティーカップをテーブルの上に置き――。


「うっ……おえっ……」


 芝居がかった仕草で喉を押さえ、リンの上に折り重なるようにして倒れた。

 体を起しかけていたリンは再度床に押し付けられ、うめき声を上げる。


「あ、アヤ……お、重い……」

「だって、あれのダメージはちょっとやそっとじゃ……って、重いって言うな!」


 その言葉と共に身軽に立ち上がると、次いでリンの座っていた椅子を起こし、腰を下ろした。


「ねえ……私の淹れた紅茶、そんなに……美味しくなかった?」

「飲んでみれば?」


 リンはなんとか自力で立ち上がり、服をはたきながらアヤに問いかけるが、アヤの返事はなんともそっけない。しかたなしにテーブルの上に残されたティーカップにそろそろと口をつける。

 紅茶を口の中で転がし、飲み込む。すると、そのたれ気味の目が大きく見開かれた。


「……え、あれ? 前の、まま……?」

「一昨日も同じ目にあったよ。なんで砂糖つぼに塩入れるかなぁ!? あやうく高血圧で死ぬとこだったよ。大体――」


 椅子の上で腕を組んでふんぞり返り、出来の悪い部下を叱る上司のような調子でリンに文句を言うアヤ。その小言を、リンは問題を起こした部下のようにしおらしくなって聞いている。

 エンドレスに続く説教に、リンの目に涙が膜を張り始めたころ、穏やかな声が間に割り込んだ。


「アヤ、何かあったの? 機嫌良かったみたいだけど」


 その何気ない一言が、アヤが体を起こす。リンに向いていた注意が瞬時にハクへと移り変わり、その顔に笑顔が戻る。


「そう! 『あいつ』につながる物が見つかったんだよ!」


 喜色満面、自慢げに胸を張って見せる。

 彼女達の『絵師』に関する依頼を受けていたメインの情報屋は、現在精神病院に入院している。

 そのため、それ以上の余計な被害を出さないためにも慎重に捜索していたのだが、今日まで手に入った情報は大して役に立つようなものではなかったのだ。


「じゃーん、これでーす!」


 アヤは派手な身振りで尻ポケットに入っていた封筒を取り出し、二人に向かってつきつける。白い封筒の表面には何も記載されておらず、郵便番号を書くための赤い四角形が並んでいるのみ。


「触ってみた感じだと、中にあるのは紙だけだから大丈夫だよ」


 封をされたままの封筒をひらひらと振りながらアヤが言う。ハクは数秒上下する封筒を眺めていたが、やがて口を開いた。


「じゃあ、リンが開けてくれる?」

「え? 私が?」


 リンの問いかけに笑顔でうなずき、テーブルの上に乗っていたティーセットを台所へと片付ける。

 元の位置に戻ると、ハクは視線でリンを促す。

 リンは丁寧に封を切り、中から一枚の折りたたまれた紙を取り出すと、広げながら全員が見やすいように食卓に置いた。

 その紙に描かれたいた『形』を見た瞬間、ハクは体を回転させた。横なぎの蹴りがテーブルの上に現れたそれを蹴り飛ばし、壁に叩きつける。

 さらにハクは動きを止めることなく体を旋回、手の内に隠していた包丁を投げつける。

 小鬼は眉間に飛来した包丁を受け、壁に串刺しにされ消滅した。


「やっぱりね」


 身動きを取れずに固まっていた二人をよそに、ハクはのんびりとした感想を漏らした。

 広げられた紙に目を落とすと、間隔をおいて配置された文字によってゴブリンが描かれている。

 改めてそこに描かれている文字に目を滑らせ、内容に目を通していると、リンが不安げな声で問いかけた。


「な、なんで……こんなものが……?」

「挑発だと思うよ。もし今ので一人でも怪我させられたら、お得だし。それに――」


 一旦言葉を切り、視線をさまよわせているリンに紙を見せる。

 そこには今日の日時と、場所が記されていた。簡単な地図まで付属している。

 何も口にしないリンの横から紙をのぞきこんでいたアヤが、代わりに口を開いた。


「今のうちに潰しておくつもりなんだよ。でも、なんでわざわざ?」


 邪魔ならば不意打ちで殺せばいい。わざわざ場所を指定して招待する必要はない。この家を爆破することも、狙撃で殺害することも出来るのだ。


「多分、仲間に引き入れたいんじゃないかな? そうすれば楽だし、なにより戦力拡大につながるからね。それにか、正面からりあっても勝自信があるんとか」


 言いながらハクは部屋を出る。

 彼女が電話に手を伸ばしたところで、電話のベルがけたたましい音を響かせた。


「はい。……ああ、シュン君? よく番号分かったね。……うん、ああやっぱり。じゃあ、工場の手前一キロのコンビニの前でいい? ……うん、じゃあ後でね」


 短い会話を交わして受話器を置き、二人を振り帰る。


「じゃあ、準備して。待ち合わせしたから」


 そう言って、ハクは再び柔らかく微笑みを漏らした。

珍しく、いや初めてですね。女性がちゃんと出てくるのは。実際どこまで合っているかは分かりませんが、大きな間違いがないことを願います。


ここから後は少し戦闘重視です。シュン以外もちゃんと戦いますので、若干期待していてください。


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