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メメント・モリ  作者: 渡り烏
第二章 「イリュージョン」
15/30

15 講釈

 自信に満ちた笑みを浮かべ、ゲームに対する未練などは微塵も感じさせない動作で画面を切り替える。

 シュンは『仕事用』に切り替えられた画面に顔を近づけ、要件を伝えた。


「アメリカ、中国、ロシア、日本の機密組織で宿主の発生に伴って編成された部隊、それも宿主を主に戦闘に利用している部隊だ。最低限敵の正体だけはつかんでくれ」


 『宿主』の存在は表沙汰にされていない。つまり、宿主対策として編成された部隊が存在したとしても、それらの部隊は機密として扱われるはずだ。それならば初めから機密事項に絞ったほうが調べやすくなる。


「こりゃまた厳重そうな場所だな。じゃなきゃ俺には頼まないか」


 機密と呼ばれる類の情報は本来インターネットでハッキングをしたからと言って簡単に手に入れられるわけではない。サイバー攻撃に対する対策もさることながら、外部に回線を開いていなければ、ハッキングするために接続することすらできない。

 だが、賢吾はそれを可能にする。

 賢吾は本来USBのプラグを差し込むべき場所に指を入れ、固定する。顔をパソコンデスクにつき、意識を指先へと集中させる。

 次の瞬間賢吾の意識は途絶え、全身の筋肉が弛緩した。先ほど固定した指先を除く四肢が、重力に引かれてだらりとぶら下がった。

 彼の能力の詳細は分からない。しかし、彼の能力を利用すれば外部に回線の開かれていない電子機器内に侵入し、そこから情報を引き出すことが可能となる。本人曰く電流や電子に意識をのせている感覚らしいが、いずれにしろ、宿主としての彼の能力はこのような際には他に代え難い価値を持っている。

 賢吾の意識が途絶えてから一時間。賢吾の体がぴくり、と小さく痙攣した。そのまま何事もなかったかのように体を起こす。


「ふぅ、やたらと情報量が多かった」

「どこまでできた?」

「とりあえずアメリカの分は取り終わったけど、他はまだ全然手を付けてない。なんでオフラインなのにあんなにガード固いんだよ……」


 彼の能力の発動限界はおおよそ一時間。彼の意思が存在するせいなのかCPU本来の性能を発揮させることはできず、通信速度は落ちる。能力の発動中でしか回線をつなぐことはできないため、情報量が多ければ時間内に作業が終わらない場合もあるのだ。


「緊急で必要なわけじゃないから問題ないさ。全体でどれくらいかかりそうだ?」

「どうだろうな。暗号解読の時間も含めると……二、三カ月ってとこかな~?」


 機密文書を手に入れたからと言ってそうそう簡単に中身を覗けるわけではない。職員が持ち出した場合の対策なのか、情報を引き出す際に暗号化されるようになっているものも多々あるのだ。


「まあ、見れるようになったらいつも通りの方法で連絡するから、気長……に……」


 のんきに話していた賢吾の顔が突如ひきつる。何かを恐れるようにそろそろと整腸剤の瓶に手を伸ばし、続いてデスクの上に置かれていた水をつかむ。

 そろそろと立ち上がり、パソコンの前を通り過ぎる。ゴロゴロ何かが移動するようなと不吉な音を発しながら、足音を忍ばせて入口とは別の扉の前にたどり着く。扉をゆっくりと押しあけ――。

 飛び込んだ。

 その巨体をどのように動かしたらそこまでの速度を出せるのか。まさに電光石火と言うにふさわしい俊敏さで、僅かに開けた扉の隙間から体を滑り込ませ扉を閉めた。

 僅かな時間金属の触れ合う音が聞こえ、直後それは湿った音にかき消された。

 賢吾の飛び込んだ部屋から漂う悪臭に顔をしかめながら、シュンは内心賢吾に同情する。

 宿主は特定の条件や動作を行うことで能力の発動を可能にするが、時にその順番が逆である個体が存在する。能力を発動するのは自由だが、後からその『代償』を払わせられるというわけだ。

 この代償自体、宿主同様謎だらけなのだが、賢吾の場合は疑問よりも同情が先に立つ。

 賢吾の能力の代償は『発動後数分以内に下痢をおこす』こと。

 シュンが依頼の際に整腸剤を渡すのも、下痢からの回復を早めることを意図してのことなのだが、あまり効果は確認できていない。

 情報を入手する本来の困難さや、その代償の酷さから報酬をはずむようにしている。のだが、毎度彼の惨状を目にする側としてはいたたまれない気分にもなる。


「頼んだぞ」


 彼には聞こえないであろう声で呟くと、賢吾の呻き声を背に受けながら、シュンは日差しのもとへと帰って行った。

 後日、今回の仕事を終えた賢吾。体重計に乗った彼は減っていた体重から瞬く間に回復した自身の体重を目撃することになるのだった。

 場所を移し、零番街。シュンは銀のいると思しき建物の前にいた。

 零番街の住人達に聞き込み、彼の足跡を追った結果だった。

 見覚えのない倉庫の前。通常の建物で考えれば三階ほどの高さに、普通の一軒家よりもやや広い敷地。零番街の他の建物同様壁面はすすで黒く汚れ、まだら模様を作りだしている。

 正面の巨大な引き戸を避けるように倉庫の側面に回り込み、人間用の扉を開く。

 中に入ると、そこは通常の家屋と大差ない構造だった。正面にあった大きな扉は見えず、壁で部屋分けがされており、扉も取り付けられている。倉庫と言う外観からは想像しにくい内装だった。

 手近にある扉を開き、中を確認する。部屋は灰色の壁に灰色の椅子、机といった必要最低限のもので、非常に殺風景な印象を受ける。

 次の部屋も形式の変化はほとんどないが、こちらには壁の上部に窓が見える。

 その調子で目についた扉の中身を確認していき、二階へあがる階段に足をかける。

 階段を上ろうと最初の一段に足をかけたところで、シュンは動きを止めた。

 何か違和感がつきまとう。外観と内装とがまるで一致していないこともそうなのだが、それに加えて別のなにかが感覚の隅に引っ掛かっている。

 確認のため一度外に出ようと振り返ると、ゴトンと何か硬いものが落ちるような音。そして振り返った先――至近距離でこちらを狙う銃口。

 それらを認識し思考や感情が反応する前に、肉体は刻みつけられた動作を始めていた。

 自分の体を右に傾けながら、それとは逆方向に銃口を払う。払いながら銃、相手の手首をつかみ捻り上げる。

 相手の取り落とした銃を蹴り飛ばし、手の届かない場所へと弾いてから、ようやく相手を確認する。


「冗談のつもりか? だとしたら笑えないが」

「そうでもなかったんだがね」


 腕を捻られたまま、苦しそうに銀が返答する。苦痛のためなのか、その額には油汗が浮かんでいる。

 相手が銀だと確認したにもかかわらず、シュンはその手を離そうとせず、そのまま問いかける。


「返答次第でこのまま折るかどうか決めるが。何か言うことはあるか?」

「侵入者を確認し、隠し部屋に隠れた。だがその隠し部屋にはのぞき窓がない。そこで相手の様子を確認しようと扉を開くとそこに人影があり、念のため銃を向けた。そういうことだ」

「そうか」


 銀の返答に納得したのか、シュンはその手を離した。銀は一歩距離をとり、手首をなでながら振り返った。

 彼の背後では彼の言っていた隠し部屋だろう。壁の一部が抜け落ちたように穴が開き、そこに空間があることを示していた。

 どうやら、シュンが感じていた違和感の正体はこれだったようだ。隠し部屋があるために、この建物は外部から見た場合よりも内部が狭くなっているのだ。


「なるほど。レンの裏切り、それに伴う襲撃に備えた引越しに、避難用の部屋か。手回しがいいな」

「これでも何年もこの業界でやっているんだ。これくらいは当然だろう」


 隠し部屋の中を覗き込むと、簡単な照明設備と備品が入っていると思われる箱が置かれている。隠し部屋だけあって中は狭く、どう押し込んでも四人入るのが限度だろう。

 それだけ確認して隠し部屋から顔を引き抜き、銀に向き直る。


「あんたに聞きたいことがある」

「いいだろう。では、適当な部屋に入るとしようか」


 そう言いながら隠し部屋の扉を閉じ、銀は階段に最も近い扉を開いた。

 シュンも銀の後に続き、手近な椅子を引き寄せ、腰を下ろす。


「さて、要件はなんだね?」

「こいつのことだよ」


 シュンが差し出して見せたのは、以前『絵師』に襲撃された時に身につけていたコート。手榴弾の破片からシュンを守った布だ。


「ああ、それか。それについては私も詳しく把握しているわけではない。伯爵からの預かり物でね。その繊維は便宜上の名前しかついていない。それは――」


 奇跡ミラクル。銀はそう言った。些か大げさな名前ではあるが、その性能からすれば、妥当とも言える。

 単位面積当たりにある一定以上の運動エネルギーを受けた場合、そのエネルギーを全て吸収する。

 つまり、高い運動エネルギーを持つ物体――例えば射出された銃弾や砲弾、それらの持つ運動エネルギーはこの繊維、奇跡ミラクルに当たった瞬間に吸収され、その奥にある物体を破壊することはできない。


「とはいえ、限度はあるらしいがね」

「なるほど、それで手榴弾の破片も無効化できたわけか。とは言え――」


 不安定であることは否めない。エネルギーの処理をどう行っているかは分からない上、限度を予め把握できないとなれば補助としてしか利用価値はないだろう。最初の銃弾を防げたとしても、二発目を防げる保障はない。


「加えて、水に濡れると効力を失うらしい。気をつけることだな」

「覚えておこう。俺はしばらくは休ませてもらう。敵に動きがあれば伝えてくれ」

 

 シュンは言いながら立ち上がり、返事を待たずに部屋を出た。

 単純な構造の廊下を通り、外に出る。

 倉庫の外観をした建物を出ると、左右の道に視線を走らせる。


「……なんだ、休めそうにないな」


 シュンは小さく呟き、頭を掻いた。

 周辺に人の気配がない。もとより人が少ないことも事実だが、先ほどまで最低数人は常に視界に入っていたのだが、現在はゼロだ。食事の時間帯でもない現在、この減り方はおかしい。

 理由として考えられる理由は、どこかに集合する必要に迫られたこと。『街』としての問題が起きた場合、彼らの中で協力を惜しむ者はいない。

 シュンは適当な廃ビルの屋上に上ると、周囲を見回した。


「……あれか」


 北東の方角、距離にして五百m程の位置に、人だかりができている。

 シュンはしばらくの間その方向を眺めてから、発生した目的地に向けて移動を始めた。


今回はほぼ予定通りの期間でできましたね。よかった。


友人から「文体診断」なんてのを聞いて今更ながらやってみました。

今回の文章……個性が「平凡」。若干ショックでした。説明回なので仕方ないとは思いますが。


まあ、気を取り直してまた次回頑張ります。

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