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メメント・モリ  作者: 渡り烏
第二章 「イリュージョン」
14/30

14 裏

「久しぶり、シュン君」


 その声と共に風に乗って流れてきた芳香が鼻孔をくすぐり、脳内で記憶のかけらが明滅した。

 柔らかな笑みを浮かべる顔に視線を合わせると、こちらも自然と顔が緩んだ。


「警戒の必要はなかったか」

「いきなり襲いかかるかもよ?」


 悪戯っぽく笑う顔を横目に緊張を解き、開いていた文庫本を閉じ、ベンチの上に置くと組んだ膝の上に肘を置き、手のひらで頭を支える。双方正面を向き直り、静かに言葉を交わす。


「二年と三カ月かな? 最後に会ってから」

「正確には二年と三カ月と四日と……二時間八分だな」

「男が細かいことにこだわるとモテないよ?」


 くすくすと笑う少女に対し、シュンは肩をすくめる。


「今更モテる必要もないさ。さて? まさか、本当に顔合わせだけってことはないんだろ?」


 本当に同志討ちを避けるための確認であるのならば写真でも事足りる。戦力確認だったとしても、零番街の人間が多すぎるこの中では正確な戦力は把握できず、目的が達成できないのならば長居する必要はない。――彼女の場合は必ずしも当てはまるわけではないだろうが。


「一応『絵師』の情報を引き出せ、とは言われたけどね。そんなに分かってることがないんじゃないかな、って思って」


 今度は少女が肩をすくめて見せる。シュンの方を振り向き、怪訝な顔をしているシュンに説明を補足する。


「ほら、シュン君も攻撃されたでしょ? あのゴブリンを使う宿主」

「なるほど、あいつか」


 シュンの脳裏に先日の苦い出来事が再度よみがえる。ゴブリン、サイクロプス。それら伝説上の生物を実際に現実に出現させ、カズを奪い去った宿主。その記憶は未だに苦々しい感情を思い起こさせる。


「……確かに、俺はあいつ――絵師だったか――の姿も、能力の詳細も把握できていない。聞かれたところで、ろくな情報は持ってないな」

「私の方でも目撃情報はあるんだけど、正体がつかめないんだよね。何人かやられてるからそろそろ潰しておきたいんだけど」

「まだ情報が圧倒的に足りない。双方で情報収集する必要があるだろうな。それに――」


 シュンはふと言葉を切り、公園の中を寄り添って歩いて行くカップルたちを目で追う。――もしも『あれ』がなければ、自分も彼女とあのような幸福の中にいたのだろうか?

 ふと浮かんだ雑念を軽く頭を振って振り払う。所詮、それは望むべくもない幻想に過ぎない。少なくとも、現時点では。

 突然言葉を切った自分に不思議そうな視線を向ける少女に気付き、シュンは言いかけていた言葉を続けた。


「――『絵師』だけじゃなく、相手になっている組織の正体すらつかめていない。俺たちのような小さな組織でないことは確かだろうがな……」


 それだけのことを言い終わると、シュンは息を吐き立ち上がった。軽く体を伸ばし、少女に向き直る。


「今日はここまでにしよう。そっちに被害が出てるならさっさと決着をつける必要がある。

友好関係にある以上、双方で情報収集に向かうべきだろうしな。その方も効率がいい」


 肩をすくめるシュンに対し、少女は口元に手を当て柔らかく微笑んだ。


「そんなに淡白だから女の子と仲良く出来ないんだよ?」

「はいはい、分かったよ。じゃあ、また今度な。ハク、で良いんだろ? 今まで通り」

「うん。じゃあね」


 軽く手を上げ去っていくシュンの背中に手を振り、見送る。

 シュンの去った数分後、どこかで破裂音が響いた。それを期に徐々に公園内を巡回していた人影は減っていく。


「ふふっ、シュン君全然変わってないんだね――よかった」


 ハクと呼ばれた少女は減っていく人通りの中で変わらず演奏を続けるリョウの演奏を聴きながら微笑し、公園を後にした。

 人取りの半減した公園の中で、リョウの演奏する旋律が大きく木霊した。


                           ▼


 スーツ姿の会社員が造り出す雑踏の中を、周囲とは明らかに浮いた眼帯が歩みを進めていた。彼の生み出す空気の問題なのか、その周囲一m以内には誰一人近寄ろうとはしない。街中を歩く獣を警戒して危険から身を遠ざける。そんな本能的な動きが、彼を避ける人々にはあった。

 とは言え、当の本人にはそんな些細なことを気にするような繊細な精神は持ち合わせていない。自然と避けてくれる人々の動きに感謝しながらマイペースに歩みを進めていく。

 六本木の高層ビル群を縫うように進みながら、目的の場所へと向かう。普段なら兄姉の二人でこと足りるのだが、今回のように手掛かりの少ない場合は彼らには少々荷が重い。

 文化の中心地であることを誇るような次世代の建築物の谷間で、肩身が狭そうに佇む一軒の本屋の前で、シュンは足を止めた。

 土地開発の際に買い取られなかったことが不思議な程にすすやヒビに覆われた壁面、誰一人立ち寄ることのない建物の内部は暗く、荒んだ雰囲気をより一層濃いものとしていた。

 そこにはなにも存在しないとでも言いたげな態度で通り過ぎていく人々をよそに、シュンは引き戸を開け、躊躇いなく店内へと足を踏み入れた。

 左右に並ぶ本棚にはろくに分類されずに本が並べられている。長年にわたり堆積した埃は、その中に収められた知識に対する一種の冒涜のようにも感じられた。

 大した広さもない店内は数mでレジにたどり着ける。が、レジにも本棚同様埃が積もっており、少なくとも半年は使うどころか触れられてすらいないだろうことが窺えた。

 シュンは断りもなく無人のレジを回り込み、その裏にあるドアを押しあけた。

 ドアを開いた先、そこには唐突に地下へと続く階段があった。通常思い浮かべるような通路や、休憩室は存在せず、ただ地下に続く階段だけがあった。しかしそこだけは、足元を照らす程度に蛍光灯が取り付けられており、使用された形跡がある。シュンは後ろ手にドアを閉めると、一段ずつ確かめるような足取りで徐々に高度を下げていった。

 目線の高さにまで上がってきた扉を開こうとドアノブを捻りながら押しこむ。

 詰まった。

 わずか数ミリ動かしただけで扉は何かにつかえ、止まった。多少強く押そうと大した変化はない。


「あのデブ……またこもってやがるな……」


 苦々しげに呟き、シュンは開けかけた木製の扉を強くノックする。鈍い音が狭い階段に反響し、むなしく虚空に溶けていった。もう一度繰り返すが奥の部屋から返答はない。

 半ば予想はしていたものの毎度腕力に頼るのはいかがなものか、などと思いつつも実際に躊躇うのはコンマ数秒程度。今しがた下りたばかりの階段を一段上り、扉に背を向ける。その姿勢のまま右足を曲げ――。

 振り向きざまに放たれた蹴りは上部の蝶つがい付近に直撃し、扉は派手な音を立てながら吹き飛んだ。

 砕け散ったドアの破片や壁の漆喰が遅れて地面に落ちる。それらの残骸を踏みつけ、先ほどまでは扉だった木の板を乗り越えて部屋へ侵入する。

 その部屋で最初に目につくのはコード、そしてサーバー。ついさっきまで扉がつかえていたのも、どうやらこのコードらしい。床一面足の踏み場がないほどに張り巡らされたケーブルをできる限り踏まないように足を下ろし、部屋の奥に進む。左右でサーバーのあげる唸りはその大きさも相まって、薄暗い中では獣の威嚇のように、侵入者に対する警告に感じられる。

 サーバーとコードで形作られた通路を抜け、その先で光を発する物体に向かって歩みを進める。

 一人称視点で銃を構える姿が映し出されるディスプレイの前で、シュンの目標は無防備に背中をさらしていた。扉が破壊されたことに気づいていないのか無視しているのか、その巨大な背中は微動だにしない。

 脂肪の塊のようなその体へと距離を詰めていくにしたがって、ヘッドホンから漏れる音楽が聞こえ始める。この音量では付近で爆発でもない限り外界へ意識が割かれることはないだろう。

 シュンは十分に近寄ると、ヘッドホンを頭から勢いよく引き抜いた。


「ひゃああぁあ!?」


 奇妙に甲高い悲鳴を上げながら体を硬直させ、重量感のある音と共に椅子から落下した。


「何やってんだ、お前」


 呻きながら腰のあたりを押さえる巨体に対し、シュンはあきれたようにため息をついた。


「まあいい。それより、お前またこもってやがったな? せめて週一で外に出ろって言ってんだろ、賢吾」

「あいてててて……良いじゃんかよ別に」


 拗ねたような声で応えながら、賢吾と呼ばれた青年はその外見に見合ったのっそりとした動きで立ち上がった。その動作に連動して全身にまんべんなく蓄えられた脂肪がゆさり、と揺れる。

 賢吾は巨体を揺らしながら椅子を引き寄せ、勢いよく腰を下ろした。それにつれて椅子のスプリングが悲痛な叫びを上げた。

 

「で? なんだよ? まさかドアを壊しに来たんじゃないんだろ?」


 賢吾はちらりと入口に視線を向け、わざとらしく顔をしかめた後、シュンに向き直った。

 渋面を作る賢吾を無視し、シュンはポケットから取り出した物を彼の膝の上に放り投げた。それは賢吾のふとももの上で一度はね、小さな音をたてた。

 シュンの投げた物を見た途端、賢吾の顔色が目に見えて変化した。褐色の瓶。表面にはラベルが貼られ、色のついたガラス面から僅かに見える内部は小さな錠剤と思しき円形の粒が見えている。そして、そのラベルに書かれている文字、『整腸剤』。

 はたから見れば何のことはない、ただの薬の受け渡しであったかもしれない。だが、それは彼らの、いや賢吾に対しては特別な意味を持つ合図。


「……何を調べればいいんだ?」


 次に彼が声を発した時、それまで駄々をこねる子供のようだったその目が、鋭利な刃物を思わせる光をたたえていた。

今回は遅れ方が異常でしたね。申し訳ありません。テスト期間挟んでたんでそれも一因ではあるんですが……本当に申し訳ない。


それと一応高校三年なんですが、付属校なんで特に受験で書くことを止める、なんて時期はありません。その点、ご安心を。

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